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コンコード ソナタ・・ELBPHILHARMONIE HAMBURG ・・2018/10/1 [コンサート・リサイタル]

 ミュンヘンの次は3日のハンブルク『アルチーナ』が目的とあって、1日、2日とどうするかがまた悩みどころでした。パリで興味のある公演があったので、1年前だったら間違いなくパリに行ったのですが、再度頭に浮かんだのがチコちゃん。しんどい思いをしたらまた叱られる。ということでチコちゃんのお陰でエルプフィルハーモニー初体験!

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Adam Walker Flöte
Tabea Zimmermann Viola
Pierre-Laurent Aimard Klavier

PROGRAMM
Edgard Varèse
Density 21.5
Dmitri Schostakowitsch
Sonate für Viola und Klavier op. 147
- Pause -
Elliott Carter
Scrivo in vento
Charles Ives
Sonate Nr. 2 Concord, Mass., 1840-1860

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 馴染みの薄い曲ばかりでしたが、卓越したテクニックに裏打ちされた名演を堪能。最後のアイヴズのコンコードソナタはエマールが来日した折にも演奏していたようですが、途中フルートがホール上方で奏で、ピアノと重なったのは更なる広がりと透明感をもたらした演出でした。
 
 惜しむらくは観客のマナー。フルートの独奏は技術を駆使してさまざまな音色で表現する曲でしたが、客席からこともあろうに笑い声。ピアノ演奏が盛り上がりを見せた場面では曲の途中であるにもかかわらず拍手。入口付近でチケットを配っているツアコンらしき人がいて嫌な予感はしたのですが、[猫]は久々に身も心もペッタンコの脱力平目状態でめげそうでした[もうやだ~(悲しい顔)]

 『ネコちゃんに誉められる』とタイトルを変えたからにはブツブツと言いたくはないのです。常日頃そのために苦手な劇場や演目にはなるべく足を運ばないように心がけているのですが、観客のマナーは如何ともしがたし。ホール内まで観光地化しているかのようでなんとも残念でした。

 次の日はお天気が悪かったのですが、その次の日は晴れたのでプラザレベルからの眺望を楽しみに再訪。入口付近がごった返す中、係員がいてバーコード付き入場券を配布してました。
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 入口を入ると長いエスカレーターを利用。バリアフリーの時代にエレベーターがないわけないだろうと思って帰りはエレベーターを使ってみたところ、正面の出入口とは別で、建物の右側面に出ました。(正面入り口に向かって右)

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 尚、コンサートの休憩時には化粧室が少なくて大行列。この日のプラザレベルも同様。コンサートのときはそれほど内部をくまなく探したわけではないので、どこか他にもあるはずです。次回機会があったら時間に余裕をもってきてあちこち見ることにします。




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ニュルンベルクのマイスタージンガー・・Bayerische Staatsoper・・2018/9/30 [オペラ]

 前日にザックス役のコッホが降板、代役はフォレとのメールあり。フォレなら文句なしとは思ったものの、考えてみるとこの日はベルリンでバラクを歌っているはずで、翌日ザックスは辛そうでしたが・・・。
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Musikalische Leitung Kirill Petrenko
Inszenierung David Bösch

Hans Sachs Michael Volle
Veit Pogner Georg Zeppenfeld
Kunz Vogelgesang Kevin Conners
Konrad Nachtigall Carsten Sabrowski
Sixtus Beckmesser Markus Eiche
Fritz Kothner Michael Kupfer-Radecky
Balthasar Zorn Ulrich Reß
Ulrich Eißlinger Stefan Heibach
Augustin Moser Thorsten Scharnke
Hermann Ortel Levente Páll
Hans Schwarz Peter Lobert
Hans Foltz Timo Riihonen
Walther von Stolzing Klaus Florian Vogt
David Daniel Behle
Eva Julia Kleiter
Magdalene Claudia Mahnke
Nachtwächter Milan Siljanov

 開演前にもコッホの代わりにフォレが歌うとアナウンスがあり、さらに、フォークトが風邪、え~~~聞いてないよとばかり観客の失望の声、でも歌うということで拍手でした。

 バイロイトのコスキーの演出はワーグナーの生涯と反ユダヤ主義に焦点を当てながらもコメディとしての作品を損なうことなく描きだしたものでしたが、今回のベッシュの演出もベックメッサーへの苛めが酷く、大戦前の反ユダヤを連想せずにはいられませんでした。ただし、コミカルな部分はあっても、その結末はとてもコメディとは言えるものではありません。ベッシュはドイツ人だからこそ過去にあった事実を辛辣に描いたのかもしれません。一方でナチスに利用されたことでこの作品に付きまとう影の部分を払拭するために、反ユダヤ主義批判に利用した、つまり作品そのものの中立性を示したとも取れ、さらには現代のさまざまな虐め問題に通じるものがあるようにも思えました。
 当時、反ユダヤの状況に疑問や後ろめたさを感じていたドイツ人は少なからずいたに違いありません。しかし、皆自らの保身のために見て見ぬふりをしていた。それだけでなくジレンマをかかえながらも反ユダヤに加担した人もいたかもしれません。暴力が蔓延る荒廃した街でフォレ演ずるザックスはそんな人物の一人に見えました。
 ところで、この日の公演は開演が午後3時と早く、ベルリンから移動して準備できたことは舞台上での動きの確認が主で、音楽的な面は多くを求めることはできなかったのではないでしょうか。もちろん変更が観客に連絡があったのは前日でもフォレにはそれより早く連絡がいったはずで、なんらかの方法で演出のコンセプトや音楽的要点は説明していたことでしょう。それにフォレは元ここバイエルンのアンサンブルで、勝手知ったる劇場です。とはいえ、ここ数年はベルリンで歌うことが多く、ペトレンコともそれほど多くの共演機会はなさそうです。ペトレンコとしては多くを要求することはせず、要点のみで、こちらが後は合わせますというところではなかったかと。そう推測してしまうほどフォレは自然体で見事に演じ歌い、ペトレンコ指揮の演奏はフォレが歌う場面では優しく寄り添うかのようでした。それでも終了後には激しく突き放すような演奏の印象が残ったのは演出のコンセプトと重なるもので、ペトレンコがフォレを上手く公演に溶け込ませたとも言えそうです。
 
 始まる前に不調のアナウンスがあったフォークトは確かに終盤ハラッとするようなときがなきにしもあらず。それでもその緊張感は劇的信憑性にも通じて、この役は少し調子悪いくらいで歌った方が良いくらいではないかと思えたのですが、それは少々贔屓目なのかもしれません。
 ツェッペンフェルトはこの日も盤石。今やドイツ人バスの双璧はこの人とパーペ、しかも調子の悪いときがあるのかと思うくらい、いつも上質の歌声を披露してくれます。
 ベックメッサーをコミカルな演技を交えながら上手く演じていたアイヒェですが、散々苛められた上に、歌合戦の舞台に上がる階段が壊れるというアクシデントに転びそうになって踏んだり蹴ったり。なんでよりによってベックメッサーの番で壊れるかなー。
 以前聴いた時よりも声が細く感じたのがクライターとベーレ。これは劇場の違いということなのか、あるいは役柄設定の違いということなのか分かりませんが、クライターはシラーで聴いたときよりも年齢的に若い少女のようで、ベーレはバイロイトのときと異なり少しトボけた感じのダフィットという印象でした。
 嫌悪感を抱いたとき、反吐が出ると表現するときがあります。歌合戦の余興で酔っぱらったダフィットが最後に取った行動こそベッシュが伝えたかったことかもしれません。

 フォレを代役として得た公演は、音楽的にはペトレンコの元々の構想が全てに行き届いたか否か分からず、辛辣な演出に感動という言葉は使い難くもありましたが、妙を得たと言っても良いような一期一会の公演でした。
 カーテンコールは称賛に溢れ、特にフォレには最大級の称賛が送られました。
 
 
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ラ・ボエーム・・・Opernhaus Zürich・・・2018/9/29 [オペラ]

 一生見なくてもよいと思っている演目。懲りずに見てブツブツ言うようなことがあったら学習能力のなさに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」とまたまたチコちゃんに叱られてしまいます。一年前だったらこの日はバーデンバーデンへ行ってラ・ルペッジャータ&サバドゥスの公演に間違いなく足を運んでいたのですが、あちこち行ってしんどい思いをしてもやはり「ボーっと生きてんじゃねえよ!」という羽目になるので、いずれにせよ叱られるなら身体が楽な方が良しとしました。それに見なくても良いといっても見たくないわけではありません。
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Musikalische Leitung Speranza Scappucci
Inszenierung Ole Anders Tandberg

Rodolfo Benjamin Bernheim
Marcello Yuriy Yurchuk
Schaunard Huw Montague Rendall
Colline Stanislav Vorobyov
Mimì Guanqun Yu
Musetta Georgia Jarman
Benoît Pavel Daniluk
Alcindoro Valeriy Murga
Parpignol Tae-Jin Park
Doganiere Arjen Veenhuizen
Sergente dei Doganieri Arthur Pirvu

 ロドルフォと仲間達は演劇仲間、小さな劇場は彼らの住まい、ロドルフォは劇作家兼演出家、マルチェロは舞台美術担当という設定。少々無理のある場面もありましたが、途中コミカルなアイデアもあり、あったり前田のクラッカー的演出、つまり、このギャグが流行った60年代から大して変化のない眠気をもよおすような演出よりは良い気はしました。
 ロドルフォ役はついドイツ語読みでベルンハイムと書きたくなるのですが、フランス人。調べるとベルネームと出てくるのでベルネームがフランス語読みなのでしょう。元チューリッヒのアンサンブルということで以前ここで聴いたことがあり、良いテノールと思ってはいたのですが、順調に活躍の場を広げてこのところあちこちの有名歌劇場で名前を目にするようになりました。確かに大劇場でも歌える豊かな声量、感情表現と言った面でも秀で、今回の歌手の中では抜きんでた存在でした。
 調べるとミミ役のユもザルツブルク『二人のフォスカリ』で聴いていたのですが、興味のない演目だったこともあってか忘れてました<(_ _)>。今回のミミは中低音に素朴な柔らかさがあって好印象。
 演奏もその他の出演者も活き活きとしてチームワークよく、なにより最後は泣けたので納得。

 ブツブツ文句を言うようなことも無く、チコちゃんに叱られずにすんだかとホッとしているような感があるのが我ながら笑えます。どうもチコちゃんが脳裏に焼き付いて離れません。脳裏チコちゃん焼き付けの刑に処されているようです<(_ _)>



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試練の中の真実・・Opernhaus Zürich ・・・2018/9/28 [オペラ]

 相変わらずの放置。単に怠惰なだけというのは否めませんが、帰ってからすぐに書く気がしないのは次の遠征計画を定めないと落ち着かないというところ。10月上旬には帰国したにもかかわらず、今回は次がなかなか決まらず四苦八苦(大袈裟<(_ _)>)、ようやく決めたのでボチボチ書くとします。5公演溜まってるので全て書くのに年を越してしまうのは間違いないのですが、なんとか次の旅行の前までには書きあげたいものです。

 秋の旅行は古楽&ワーグナー。ただ最初の二日をベルリンにするか、チューリッヒにするかが迷いどころでした。結局、直行便があるということと、その後ミュンヘンに移動することを考えてチューリッヒに入りましたが、ベルリンでは指揮のミンコフスキが怪我のため降板ということで、後ろ髪を引かれる理由は減少した気がしました。
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Musikalische Leitung Ottavio Dantone
Inszenierung Jan Philipp Gloger

Rosane Anna Devin
Rustena Liliana Nikiteanu
Melindo Christophe Dumaux
Damira Delphine Galou
Zelim Deniz Uzun
Mamud Richard Croft
Orchestra La Scintilla
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 ヴィヴァルディはヘンデルと共に歌唱技術を堪能できる作品が多いので聞き逃せません。ただそれほど上演機会は多くないせいか、あらすじを調べてもネット上では大まかなものしかありませんでした。
 君主マムードには第一夫人ルステナと第二夫人ダミラがいて二人同時期に出産。ダミラを愛しているマムードはダミラの子に後を継がせようと生まれてすぐ二人の子を入れ替えたことが悲劇の始まり。子供が長じ、いざ遺産相続となるとルステナの産んだ子ゼリムが不憫でならなくなったマムード。全てを明かしてゼリムに財産を譲るとしたからドッロドッロの顛末に。さらにメリンドの恋人ロザーヌは元ゼリムの恋人というのもドッロドッロ感を増す要素ですが、オリジナルの話は上手く折り合いをつけてハッピーエンドというのがいかにも古楽の作品であります。
 今回の公演は時代を現代に設定した演出で、ハッピーエンドなど、そうは問屋が卸すはずはありません。登場人物一人一人の個性が際立つ演出で分かりやすく、シニカルな面白さで楽しめましたが、最後はハッピーエンドではないと予想しつつも・・・ガーン!・・・でした。

 ロザーヌ役はオリジナルの話よりも更にしたたかな役柄設定で、なんと父親のマムードにまでアプローチするという大胆さ。いつもここチューリッヒで活躍しているフックスがご出産のため降板したのは残念でしたが、代役のデヴィンが実に上手く演じ歌っていて好印象。したたかでありながら最後はオリジナルの話どおりにメリンドへの愛を貫くのですが、その結末がガーン・・・でした。
 ゼリム役はチューリッヒの若手アンサンブル。バイエルンの若手育成プログラム出身で『炎の天使』に出演していた人でした。その時のことはほんのチョイ役だったとあって覚えてないのですが、物憂げでまろやかな歌声で好演。役作りが非常に上手く、愛人の子、さらには恋人も去ってしまったということで暗く寂し気なニュアンスに溢れて適役でした。
 メリンド役のデュモーは見事なアジリタ三昧を披露。ゼリムが後を継ぐとなった後のブチギレ状態は強烈で、声質といい雰囲気といい、悪役だけでなく、ブチギレ役も独特の存在感を示せる人です。 
 ダミラはメイドで愛人という設定。いつまでたっても結婚してくれないマムードに対して不満を爆発させてかなり激しく演技をしても様式感を逸脱しない歌唱だったのがガルー。
 諸悪の根源とでもいったマムードは品は良いけど優柔不断で少々情けないオッサン。正妻のルスティナはおっとりと上品な雰囲気で実子ではないと分かった後でもメリンドに対しても実子であるセリムに対しても愛情溢れる人。それぞれベテランとあってそつなく演じたのがクロフトとニキテアヌ。

 ダントーネ指揮チューリッヒの古楽オケ、ラ・シンティッラの演奏は演出や歌手に添ったテンポの変化や間合いで完成度が高く、結末に愕然としながらも楽しめた公演でした。
 
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アディーナ・・・TEATRO ROSSINI・・2018/8/21 [オペラ]

 チケットを取るにあたり、リピーターの多い音楽祭ということが念頭にあったので、席の多いカテゴリーで申し込んだほうが取れる確率が高いと思い、アリーナの二公演はカテゴリーB、テアトロ・ロッシーニはカテゴリーAで申し込んだのですが、やはり座席数の少ないテアトロ・ロッシーニは常連さんたちで一杯だったようで50ユーロの席しか取れませんでした。それでもお目当ての公演は『リッチャルドとゾライデ』で他の二公演はオマケということもあり、劇場に入れただけでも\(^o^)/。

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Direttore DIEGO MATHEUZ
Regia ROSETTA CUCCHI

Califo VITO PRIANTE
Adina LISETTE OROPESA
Selimo LEVY SEKGAPANE
Alì MATTEO MACCHIONI
Mustafà DAVIDE GIANGREGORIO
ORCHESTRA SINFONICA G. ROSSINI
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 御殿先生曰く凡作。仰る通り良く言って凡作。ブンチャッチャアレルギー発症とまでは至らないものの、少々ブンチャッチャ感もある作品でした。このように書くと[猫]の凡作の基準はブンチャッチャなのか?という感じですが、当たらずとも遠からじ。加えてブンチャッブンチャッも凡作要素。そんなことはどうでも良いとして、秀作から凡作までやってこそ本場のロッシーニ音楽祭という気はします。
 
 劇場に入ると少々変わった服装の人がちらほら。何故か戦闘機のスクランブルのように横にピタッとつきまとい、何者なんだろうと思っていたらコーラスで出演する人でした。その辺は演目が凡作ということもあってか劇場に入った瞬間から楽しんでもらおうという狙いが見え見えでした。

 歌手はテノールが好印象。考えてみると8月の旅行はグラインドボーンから始まって全四公演、テノールは上々だった感があります。
 セリーモ役セクガパーネが清々しい声でアジリタも軽快。前日のイェンデと同じ南アフリカ出身ということですが、思い出すのは今は亡きボータ!他にもフランクフルトのアンサンブルだったファン・デン・ヘーヴァーもいるし、ボータは後輩の活躍に天国で喜んでいるでしょうか。
 タイトルロールの人は声質に透明感が希薄で今一つ。でもご一緒した方によると他の役で聴いたときはもっと透明感があったということなので、コンディションによるものだったかもしれません。

 演出はウェディングケーキの形の家のセットで楽しくやってましたが、演出や演奏、歌手がどうであれ、凡作は凡作。休憩なし1時間20分くらいの短い作品なのでちょいと息抜きに楽しむにはちょうど良い演目かもしれません。
 
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リッチャルドとゾライデ・・・ADRIATIC ARENA・・・2018/8/20 [オペラ]

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写真はカメラの設定を変更し忘れて失敗
Direttore GIACOMO SAGRIPANTI
Regia MARSHALL PYNKOSKI

Agorante SERGEY ROMANOVSKY
Zoraide PRETTY YENDE
Ricciardo JUAN DIEGO FLÓREZ
Ircano NICOLA ULIVIERI
Zomira VICTORIA YAROVAYA
Ernesto XABIER ANDUAGA
Fatima SOFIA MCHEDLISHVILI
Elmira MARTINIANA ANTONIE
Zamorre RUZIL GATIN

 ロッシーニ没後150年という記念の年にあたって新制作した『リッチャルドとゾライデ』はテノール好きにとってはお宝公演でした。良いテノールが少なくとも二人、できたら三人必要な作品で、そのせいもあって上演機会が少ないのかもしれませんが、今回は見事に三人揃えてくれました。作品の魅力はそれだけでなく、登場人物が多くさまざまな聴きごたえのある重唱が満載というところ。そういった面でも歌手全員適材適所の逸材を揃えたといった感があり、この公演を鑑賞できただけでペーザロに来た甲斐があったというものです。

 演出のほうは新制作とはいうもののジャネット・リンかカタリーナ・ヴィット。つまり1970年代か80年代のプロダクションを持ってきたかという雰囲気。しかし滅多に上演されない作品は読み替えなしでそのままのほうが分かりやすいので良いのかもしれません。そうは言っても歌の合間で優雅なだけのバレエのシーンになるとボーッとしてきて、これが長い間続いたら脳みそが豆腐化してあの世に一歩近づいてしまう気がしたのですが、幸いそれほど長くは続かず、次から次へと聴きごたえのあるアリアや重唱があり、あの世には一歩たりとも近づかずにすんだような気がします。

 お目当てのフローレスは外見も声も歳月が経ったのは否めない感はあったのですが、それでも技術的にさすがの安定感で抜きんでた存在であることは何ら変わりなし。なぜか休憩後は指に包帯をしていたのが気になりましたが、歌にも演技にも何ら影響なさそうだったのでそれほど大きな怪我ではなさそうでした。
 アゴランテ役のテノールはリッチャルドより歌う場面が多いのではないかという重要な役。ロマノフスキーがこれまた見事な歌いっぷり。フローレスが歳をとっても王子声なのに対し、威厳のある王様声で少し傲慢な雰囲気を醸し出してハマリ役。悪役という印象は希薄でゾライデはこちらになびいても良いんじゃない?と思えてしまったくらい渋い魅力ある王様でした。
 そして驚いたのが第三のテノール、エルネスト役のシャビエル・アンドゥアーガ。歌うのは他の二人のテノールに比べるとずっと少ないのでアジリタなどの技術面ではなんとも言えないですが、豊かな声量で伸びやかな美声、舞台姿も美しく観客を魅了。2016年にロッシーニ・アカデミーの一員として音楽祭に出演して以降、昨年、今年とここで活躍しているようですが、1995年生まれなのでまだ23歳。ロッシーニだけでなく、もう少し重めの役でも力を発揮できそうな声質で、既にオッカケ族もいそうなイケメンです。今後あちこちで活躍するであろう逸材といった感がありました。
 ゾライデ役のイェンデは6年前スカラの『フィガロの結婚』でバルバリーナ役を聴いたことがあります。公演自体は今一つでしたが、愛らしい声で丁寧に美しく歌っていたのが好印象でした。その後着実にステップアップして今や引っ張りだこの様相。若々しくキュートでまろやかな歌声は安定感抜群の心地よさ。舞台姿もチャーミングでフローレスの相手役を担うに相応しい活躍でした。
 アゴランテの奥さん、ゾミーラは旦那の浮気に心穏やかならず策力をめぐらすという役。ヤロヴァヤが潤いのあるたっぷりとした声でプライド高く、物語に波乱をもたらすキーパーソンとして好演。技術的にもしっかりとしてディクションが綺麗な気がして、てっきりイタリアの人かと思いきやキャスト表をみると名前がロシアの人でした。
 主要登場人物で唯一イタリア人だったのがウリヴィエッリ。この人はイェンデと同じスカラの公演でフィガロを歌ってました。今回はその時とイメージをガラリと変えて別人だったのはさすがプロフェッショナル。娘を助けるために謎の騎士として登場し物語は佳境を迎えるのですが、堂々と品格のある歌いっぷりで存在感を示してました。

 主要登場人物以外の歌手の人達を含め、それぞれの声の個性が際立っていただけでなく、重唱ではどの組み合わせでも声の相性が良くてロッシーニの醍醐味をたっぷりと味合わせてもらいました。歌手の好演を引き出したサグリパンティ指揮の演奏も文句があろうはずがありません。

 尚、さまざまな資料をネット上で提供してくださっている皆様にはいつもありがたく拝見させていただいてますが、今回は特に御殿先生、ありがとうございます。





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セビリアの理髪師・・・ADRIATIC ARENA・・・2018/8/19 [オペラ]

 フローレスが上演機会の少ない『リッチャルドとゾライデ』に出演、それにフローレスも最近レパートリーが変わってきているのでペーザロで歌う機会が今後あるかどうかもさだかでないということもあって、初めてペーザロのロッシーニ音楽祭に行くことにしました。

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Direttore YVES ABEL
Regia, Scene e Costumi PIER LUIGI PIZZI

Il Conte d’Almaviva MAXIM MIRONOV
Bartolo PIETRO SPAGNOLI
Rosina AYA WAKIZONO
Figaro DAVIDE LUCIANO
Basilio MICHELE PERTUSI
Berta ELENA ZILIO
Fiorello/Ufficiale WILLIAM CORRÒ
CORO DEL TEATRO VENTIDIO BASSO
Maestro del Coro GIOVANNI FARINA
ORCHESTRA SINFONICA NAZIONALE DELLA RAI

 アリーナの中に反響板となる壁と天井を設置して劇場にしてましたが、前日グラインドボーンの歌劇場で聴いた後とあってか、序盤は臨場感に乏しく感じてしまったというのが正直なところ。ところがフィガロ役ルチアーノが登場でガラリと雰囲気が変わりました。大らかで豊かな声で堂々たる歌いっぷりはタイトルロールを担うに十分。それほど大柄な人ではないのですが、存在感は大でした。
 アルマヴィーヴァは優しく柔らかなレッジェーロで優男風。ロジーナは丁寧な歌いまわしでクールな印象の中にもお茶目な愛らしさのあるメゾ。脇には芸達者なベテランが配役。演奏も軽やかで流れが良く、チームワークよくまとまって音楽面ではさすがという気はしたのですが、問題は演出でした
 伯爵が音楽教師に扮する場面で愕然。膝に靴をつけてロートレックのようなすごく小柄な人に扮して笑いを誘っていたのは、ハンデをかかえているであろうマイノリティに配慮のかけらもない演出で、人道的観点からとても許容できるものではありませんでした。主催者側の姿勢をも疑いたくなるものでしたが、ロッシーニという偉大な作曲家の作品の上に胡坐をかいているのか?イタリアという国全体がこのような演出で楽しむことを良しとしているのか?
 観客はロッシーニを愛するリピーターが多いせいかカーテンコールは賞賛しかありませんでしたが、この演出を問題視した人は少なからずいたに違いありません。
 今までどんな演出でも音楽さえ良ければ満足できると思ってましたが、このような心無い演出で満足できるはずもありません。この部分を変更しないかぎり再演しないでほしいものです。
 文句タラタラおばはんにはなりたくはないのですが、イタリアオペラは鬼門です。
 
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サウル・・・Glyndebourne Festival・・・2018/8/18 [オペラ]

 8月の旅行はグラインドボーン&ペーザロ。7月に訪れた時はバーデンバーデンからの移動で難儀しましたが、今回は前日に日本から到着していたので慌てることもなく順調でした。天候は7月は晴天で暑いくらいだったのですが、この日は曇り時々小雨で気温も20度前後。それでも寒いというほどではなく、酷暑の続く日本を脱出して気持ちよいくらいでした。
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Conductor Laurence Cummings
Director Barrie Kosky

Merab Karina Gauvin
Michal Anna Devin
Saul/Apparition of Samuel Markus Brück
David Iestyn Davies
Jonathan Allan Clayton
Abner/High Priest/Amalekite/Doeg Stuart Jackson
Witch of Endor John Graham-Hall

Orchestra of the Age of Enlightenment
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 『サウル』は英語のオラトリオなのでサウルではなくソール、ダヴィデではなくデイヴィッド、ヨナタンではなくジョナサンですが、日本の解説やあらすじを調べているとサウル、ダヴィデ、ヨナタンとしているほうが多いようなのでサウル、ダヴィデ、ヨナタンと書いておきます。

 さまざまなアイデアを盛り込んだコスキーの演出は時にユーモアを交えながらもシリアスに複雑な人間関係とそれぞれの内面が巧妙に描かれ、適材適所の歌手を得て充実した内容の公演となってました。
 衣装はクラシックで豪華、床は砂が敷きつめてあり、セットは大きなテーブルくらい。それでもテーブルは小道具で飾り付けられ、派手な衣装と相まって見栄えする華やかな舞台を創りだした一方で、後半は砂を敷きつめた床に蝋燭を何本か立てているだけで暗く、精神世界へ誘うかのような舞台に一変。この砂を敷きつめた舞台は一部回転する仕掛けにもなっていて、オルガン奏者がクルクルと回る舞台で演奏していたのは目が回りそうだったのにもかかわらず、見事に演奏していたのは聴きどころ見どころの一つでもありました。サウルがノイローゼ気味になる場面ではギョっとするような仕掛けが床にあったのですが、嫌な雰囲気はなく、サウルの精神状態を表すには納得できるものでした。

 歌手で最も好印象だったのはヨナタン役のテノール、クレイトン。サウルの息子でありながらダビデを慕い、サウルが嫉妬からダビデを亡き者にしようと画策するのに抗ってダヴィデを助けるという重要な役ですが、歌も演技も自然体でありながら公演全体に緊張感と信憑性をもたらしていたキーパーソンでした。
 サウルのブリュックはチューリッヒで同じコスキー演出による普通とは異なる『マクベス』のタイトルロールを完璧に担っていたのが印象に強く残ってます。声自体に大きな特徴はないかもしれませんが、歌い方や体全体で感情や精神状態を表現するのが上手く、性格俳優といった趣で今回も好演でした。
 ダヴィデ役のデイヴィスを聴くのは初めて。伸びやかな美声はカリスマティックでダヴィデはハマリ役。
 二人のサウルの娘は、姉はダヴィデを最初は見下しながらも後に改心してダヴィデを讃えるという少し複雑な内面の持ち主、一方妹はダヴィデに首ったけという夢見る夢子。この姉妹を演じたゴーヴァンとデヴィンがこれまたそれぞれピッタリで文句なし。
 大柄なテノール、ジャクソンもアブネル、司祭、アマレク人、ドエグの四役を存在感のあるパフォーマンスで公演のスパイスのような役割を果たしてました。

 2015年の初演時からのキャストはデイヴィスとグラハム・ホールくらいで指揮者も他のキャストも代わってますが、7月末から公演を重ねていることもあってか、演奏、コーラスを含めた歌手の人達、全てが指揮のカミングスを中心に息が合っていて完成度の高い公演でした。

 グラインドボーンは行くまでが少々面倒ではありますが、劇場はバロックに適度なサイズなので、また気になる公演があったら再訪するかもしれません。

 


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ペレアスとメリザンド(セミステージ形式)・・オペラシティ コンサートホール・・2018/8/1 [オペラ]

マルク・ミンコフスキ 指揮
フィリップ・ベジア 演出
フローレン・シオー 演出

スタニスラス・ドゥ・バルベラック ペレアス(テノール)
キアラ・スケラート メリザンド(ソプラノ)
アレクサンドル・ドゥハメル ゴロー(バリトン)
ジェローム・ヴァルニエ アルケル(バス)
シルヴィ・ブルネ=グルッポーソ ジュヌヴィエーヴ(メゾソプラノ)
マエリ・ケレ イニョルド(アキテーヌ声楽アカデミー)
ジャン=ヴァンサン・ブロ 医師、牧童
ドビュッシー特別合唱団 合唱

オーケストラ・アンサンブル金沢
  
 オケの前に廊下状に舞台を作り、背後のスクリーンに映像を映し出すという手法で行われた公演はセミステージ形式とはいえ、ミンコフスキとフランスの歌手の人達にとっては観客をドビュッシーの『ペレアスとメリサンド』の世界へ誘うには充分でした。

 アルモンド王国という架空の国の話は曖昧模糊として美しく、しかし暗く、背筋が冷たくなるような御伽噺でした。メリサンドは泉の精霊なのか?かつて泉に身を投げた王女の霊なのか?泉に沈んだのは王冠や指輪だけでなく、全てがメリサンドの魔力とも言ってよいような魅力によって泉の底に沈んでいくようであり、同時に観客は『ペレアスとメリサンド』の世界に深く引きずり込まれていったのでした。

 ミンコフスキは終演時に譜面を高々と掲げ、作曲家と作品への愛情と敬意を表していたかのようでしたが、『ペレアスとメリサンド』は初鑑賞ながら、その真髄に触れることができたような満足感が残りました。



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ジュリオ・チェーザレ・・Glyndebourne Festival ・・・2018/7/15 [オペラ]

 バーデンバーデンからグラインドボーンまでの移動はやはり少々無理がありました。バーゼルからのフライトが遅延のため指定の列車には乗れず。ただ1時間後の列車でも劇場までの連絡バスはあると書いてあったので、余裕かと思っていたところがその列車がキャンセル。慌てて駅係員に尋ねたところ直通はさらに1時間後とのこと。結局ブライトン経由で行ってタクシーでグラインドボーンへ行くことに。それでもなんとか間に合ったということで、結果オーライではありましたが、さすがにもうあちこちと行く旅程は避けたくなり、自らを欧州引きずり回しの刑に処すのもいい加減にしないといけないと自覚するにいたりました。
Conductor Jonathan Cohen
Director David McVicar
Orchestra of the Age of Enlightenment
The Glyndebourne Chorus

Giulio Cesare Sarah Connolly
Curio Harry Thatcher
Cornelia Patricia Bardon
Sesto Anna Stéphany
Cleopatra Joélle Harvey
Nireno Kangmin Justin Kim
Tolomeo Christophe Dumaux
Achilla John Moore

 クレオパトラとシーザーの話をイギリスがエジプトを支配していた時代に置き換えた演出は楽しい趣向満載のコメディ仕立て。2005年初演なので10年以上経っているのですが、人気グループのパフュームのように歌手がダンサーと一緒になって踊りながら歌う場面など、まだまだ新鮮な面白さを保っているプロダクションでした。
 ヘンデルは古楽の中でも歌手の歌唱技術を堪能できるのが醍醐味ですが、それもダンサーと3人で同じ振付で踊りながら小気味よく聴かせてくれたのがクレオパトラ役のハーヴェイ。声質、声量共にアジリタを要するところでもそうでないときと全く変わらずスムーズに歌いこなし、キュートで活き活きとした様が好印象でした。
 同様にダンサーと3人組になって振付つきで歌ったのがCTのキム。いままで聴いたのは凛とした男性の役で、歌も非常に男性的で男前歌唱と表現したくらいですが、今回はオネエ系の設定で歌もソフトでほんわか。今までとは全く異なる印象だったのが好感度アップ。歌うところが少なくて残念に思えたほど。
 もう一人のCTデュモーは聴くたびに声の密度が高くなっていて6年前に初めて聴いたときのことを思い起こせば今や全く別人といってよいくらい。演出上、プッツン系悪役だったのがハマリすぎで、常日頃鍛えているらしく開脚ジャンプに側転と身体能力の高さでも観客を楽しませてくれました。
 タイトルロールのコノリーは初演時からこの役を歌っているということで完全にものにしている感があり、見た目は完璧に男性。ただアジリタになると声量が落ちるのが若干気になったところ。今まで聴いたことが多いわけではないので何とも言えないところですが、最近はワーグナーも歌っているので過渡期なのかもしれません。
 セスト役のステファニーも見た目は青年そのもの。母親役のバードンと二人、コメディ風演出の中でも悲劇的部分の味わいを担って好演。
 指揮はクリスティーが執る公演もあったのですが、この日はコーエン。イギリスの古楽界で活躍している若手のようですが、チームワーク良く公演の要の役割をしっかりと果たしてました。

 この日はワールドカップの決勝の日。バーデンバーデンからの移動であたふたとそれどころではなかったのですが、カーテンコールでデュモーが国旗を片手にはしゃぐように現れたことでフランスの優勝を知ることとなったのでした。

 初めてのグラインドボーン行きは難儀しながらも、タクシーの人も劇場の係りの人も親切で助かりました。ちなみにルイス駅からグラインドボーンは定額15ポンド。帰りはバスで帰ることができました。



 

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魔笛(コンサート形式)・・・Festspielhaus Baden-Baden・・・2018/7/14 [オペラ]

 本当は11日に鑑賞予定にしていたところが、何故かフォークトが11日だけ降板。その前にベルリンーパリのフライトを取ってしまったため、パリにはいかないわけにもいかず、この次の日15日にはグラインドボーンまで行ったのですから、とんでもない旅程になってしまいました。バーデン・バーデンからグラインドボーンまで行く手段がなければこの公演はパスだったのですが、バーゼルからガトウィックへ飛ぶフライトを見つけてしまったのが運が良かったのか悪かったのか?。詳細は次回。
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Yannick Nézet-Séguin DIRIGENT
Rolando Villazón PAPAGENO
Regula Mühlemann PAPAGENA
Franz-Josef Selig SARASTRO
Albina Shagimuratova KÖNIGIN DER NACHT
Christiane Karg PAMINA
Klaus Florian Vogt TAMINO
Tareq Nazmi SPRECHER
André Eisermann ERZÄHLER
RIAS Kammerchor
Chamber Orchestra of Europe
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 コンサート形式ですが、通常の上演と違って途中カットがあり、それを補うように俳優さんによる語りが入るという上演でした。

 フォークトがタミーノを歌うことなどもうないかもしれないと思って聴きに来た公演ですが、キャスト表を見ての通り、この二人が同じ演目で歌うことがあるのかというキャスティングです。
 不思議くん、ユニコーン、超サイヤ人など数々の名声をほしいままに・・・もとい・・・[猫]が勝手にそう呼ばせてもらっているフォークトが、もし超サイヤ人までパワー全開するとミスター豆は吹っ飛ぶか潰れてしまうか。それでなくてもこの劇場、ワーグナー歌いとそうでない人では声の通り方の違いが歴然としてしまうところ。結局、フォークトとゼーリッヒ、それにワーグナー歌いではありませんがシャギムラトヴァの三人のソロは明らかに他の人達と違ってサイヤ人。それに今回の席が上から覗き込むような席だったこともあり、フォークトの長い金髪が目立って、歌は超サイヤ人とまではいかないまでも、見た目は超サイヤ人だなーと思って見てました。それでも重唱では三人共他の人達に合わせて、調和の取れた重唱を聴かせてくれたので、ミスター豆は吹っ飛ぶことも潰れることもなかったのは言うまでもありません。
 バイエルンの『カリスト』で豊かな声を聴かせてくれたカルクでさえ、今回は普通のソプラノに思えてしまいましたが、前半はパパゲーノとの重唱が多かったせいもあるかもしれません。それでも丁寧にコントロールされた歌唱で、フォークトとの重唱は若々しい清々しさで理想的なパミーナ&タミーノでした。
 シャギムラトヴァの夜の女王は前半のアリアこそ若干ピッチコントロールに苦労していた感がありましたが、後半のアリアは完璧!聴きに来た甲斐があったというほどお見事。
 パパゲーノはコミカルな演技が見せどころ。その辺を狙ってのミスター豆の起用としか思えませんでしたが、ロールデビューのようで譜面は手放せない様子。大御所を見習ってバリトン役に挑戦というのもいかがなものかとしか書きようがありません。
 この日は収録があったようでマイクが並べてあり、3人の少年達がマイクの高さに合わせるために踏み台持参で登場していたのが微笑ましく、歌も最高でした。

 ネゼ=セガンの指揮の演奏はミステリアスでファンタジックな柔らかさと活き活きとした躍動感が場面ごとに変容するさまが面白く、さまざまな面で普通とは異なる『魔笛』は新鮮に楽しめた公演でした。
 
 



 
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イル・トロヴァトーレ・・・Opéra Bastille・・・2018/7/13 [オペラ]

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Direction musicale Maurizio Benini
Mise en scène Àlex Ollé

Il Conte di Luna Željko Lučić
Leonora Sondra Radvanovsky
Azucena Ekaterina Semenchuk
Manrico Marcelo Alvarez
Ferrando Mika Kares
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 久々に接した歌の競演と書けば聞こえが良いかもしれませんが、個人的感想としては大声出したもの勝ち歌合戦と言った方が的を得ているような。。。。やらかしてくれましたソンドラさま。。。悲劇だというのにアンコール。。。
 ただラドヴァノフスキは謙虚な人のようで、かがんだ姿勢で歌い終わった後、観客の拍手に対して胸に手をあてながら小さくおじぎして感謝の意を表していたのですが、しばらく拍手が止まなかったので指揮者と目を合わせ、歌い始めの位置に戻ってもう一度歌ったという状況。早い話が指揮者の姿勢の問題というところかもしれません。
 アンコールについては以前にも何回か記述したので再度書きたくもないというのが本音。ただ実際に接すると書かざるを得ず。喜劇の場合はノリが大切なのでアンコールやアドリブがあっても良いと思えても、悲劇については興ざめ以外の何ものでもなし。トロヴァトーレの場合は話が荒唐無稽なだけに感情移入しにくいとはいえ、喜劇じゃあるまいし、今回の演出も喜劇風なわけでもなし。アンコールをやった時点で物語無視の単なる歌合戦と化してしまいました。イタリアオペラとは伝統的にそういう楽しみ方があるというのが肯定派の意見ですが、だからイタリアオペラは興味がないとしか言いようがありません。この件については100%トスカニーニやムーティを指示します!しかし、天下のムーティ先生がいくら言っても逆に孤高の人と言われてしまうのですから、[猫]ごときがどれだけ文句を言おうが、チコちゃんに叱られようが、何も変わらないのかもしれません。ムーテイ先生を賞賛し心酔しているかと思えばアンコールを肯定して喜ぶ人のなんと多いことか。まるでムーティ先生が後ろを向いたとたんアッカンベーをしているようなもの。
 それでも楽しみ方は人それぞれなので、結局は提供する側の問題であります。悲劇でのアンコールに違和感を持つ人はいても、アンコールをやらなかったとして違和感を持つ人がいるのか?そこを考慮願いたいものです。
 幸いグルベローヴァ、デヴィーア、バルトリ、ネトレプコなど今まで聴いてきた超一流のディーヴァ達はどれだけ長く拍手が続いてもアンコールはやらなかったし、かつてやったという話も聞いたことはありません。どうしてやらないのかも考えてほしいものです。

 なんだか文句タラタラとなってしまいましたが、大体常日頃聴く価値ないとかほざいて、観ては文句をいうことが多いのに、何故懲りずに観に来てしまったのか?全く学習能力のないヤツと言ってしまえばその通りで、チコちゃんに叱られても仕方ありません。
 聴きたかったのはマルちゃんのマンリーコ。それでマルちゃんはどうだったかと言えば、体型がスマートになって見た目が若々しくなったような気がしたら、出だしは声も少々痩せてしまったのではないかという雰囲気。徐々に声が出てきたとは思ったものの、2幕始まる前に調子が悪いけどこのまま歌うというアナウンスあり。やはりというところでしたが、調子は悪くても無難に最後まで乗り切ったという印象。初めて聴く人だったら充分に良いと思えたのではないかというくらい。ご本人はカーテンコールで申し訳なさそうに振舞ってましたが、物足りなさが残るとしたらマルちゃんの好調時を知っているが故であって残念というほどではありませんでした。
 考えてみるとマルちゃんも共演のルチッチも5年前にスカラの『仮面舞踏会』で聴いて以来。ルチッチはその歳月を感じたというか、いろんな意味で年取ったかという印象。これは当たり前といえば当たり前のことではあります。
 一番好印象だったのはセメンチュク。ゼルツで同役を聴いたときよりも迫力アップ。
 以上、以前聴いたのが基準の感想です。
 初めて聴いたラドヴァノフスキは非常に声が出て、弱音にいたるまでコントロールも行き届いているように思えましたが、声質が固く、まろやかさや透明感といったものが希薄で好みとは言い難い気がしました。

 演奏は大声大会用爆演。アンヴィルコーラスではアンヴィルを控え目に鳴らしてドンチャカ感はなかったのですが、演出が墓地のシーンだったので当然と言えば当然。演出は時代を現代に設定してましたが、演奏も演出も可もなく不可もなしとしか書きようがありません。

 

 


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ポッペアの戴冠・・STAATSOPER UNTER DEN LINDEN・・・2018/7/12 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Diego Fasolis
INSZENIERUNG Eva-Maria Höckmayr

FORTUNA, DAMIGELLA Narine Yeghiyan
VIRTÙ Artina Kapreljan (Solistin des Kinderchores)
AMORE, VALLETTO Lucia Cirillo
AMORE Noah Schurz (Solist des Kinderchores)
NERONE Max Emanuel Cencic
OTTAVIA Katharina Kammerloher
POPPEA Roberta Mameli
OTTONE Xavier Sabata
SENECA Andrea Mastroni
DRUSILLA Evelin Novak
LIBERTO, LUCANO Gyula Orendt
ERSTER SOLDAT, KONSUL Andrés Moreno García
ZWEITER SOLDAT Benjamin Popson
TRIBUN David Oštrek
NUTRICE Jochen Kowalski
ARNALTA Mark Milhofer
AKADEMIE FÜR ALTE MUSIK BERLIN
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 昨年10月に新装オープンしたベルリン国立歌劇場ですが、なんだかんだ遠征の度に訪れているので早くも六公演目の鑑賞。今回は古楽ですが、古楽を聴くのにも適したサイズの劇場です。

 幕が上がると派手な衣装を身に着けた出演者たちが一列に勢ぞろい。その様は何とも言えない高揚感がありましたが、舞台にセットといえるようなものは何もなし。舞台は床がそのまま湾曲して背後の壁に繋がっているもので、端の方に金色のレオタードとハイヒールを身に着けたマネキンが横たわっているのみ。一言でいうとコスプレ演出のようではありましたが、歌手は結構大変で、歌わないときでも常に舞台上で演技をしているという状況でした。結局出演者の演技が全てなので演技が下手な人がいたら印象も変ってしまうのでしょうが、出演者の好演もあって、登場人物一人一人の個性が分かりやすく際立ち、ユーモアを交えながら現代にも通じる人間模様を描き出していたのが秀逸な演出でした。

 なんといってもポッペアを歌ったマメリ。来日機会も結構あって日本でも人気があるようですが、[猫]は初めて。なるほど人気があるのも納得の美声。リサイタルやコンサート形式での出演が多く、演出つきのオペラの出演機会はあまり多くないようですが、非常に舞台センスも良い人で、ネローネとの愛情表現などは歌いながらもエロティックなからみで体当たりの演技。それでも様式感のある歌は安定感抜群で、もっと演出つきのオペラの出演機会を増やしてほしいと思うほど。野心溢れる挑発的なポッペアでしたが、オッターヴィアの追放に成功するやいなや、オッターヴィアの末路に我が身の末路を見出したかのように不安に苛まれる様子が彼女のその後の運命をも暗示したエンディングになってました。
 ポッペアが不安に苛まれる一方で、乳母役はこれで我が世の春とばかり浮かれ、落ちぶれていくであろうオッターヴィアの乳母に対して嫌味たっぷりに接しているのがさもありなんの面白さでした。

 ネローネ役のツェンチッチは高貴な雰囲気がありながらも自分勝手な皇帝を好演。ネローネについての伝承の一つであるバイセクシャルな面を盛り込みながらの演出は、ポッペアが自分のものとなったとたん、あっさりと彼女ではなく彼氏に興味を移してしまう振る舞いがクールすぎる皇帝でした。何よりマメリとの声の相性が良く、二人の重唱は極上。
 オットーネ役のサバタの優しい声はポッペアを憎み切れず、殺害を企ててもできないという役にぴったり。
 スカラの『タメルラーノ』で代役としてイレーネを歌ったチリッロが今回も様式感のある歌唱を披露。茶目っ気のある演技もさりげなくこなし、途中宙づりで舞台を横切ったのが可愛くて笑えました。
 セネカ役のマストローニの品格ある低い声が作品に重厚な味わいをもたらしてましたが、自害の場面で血潮が飛びすぎてしまって、オケピの中でチェンバロ奏者があわてて楽器を拭いていたのはちょっとしたアクシデントだったかもしれません。
 アモーレ、フォルトゥーナ、ヴィルトゥーナが子役とのダブルキャストだったのも何もない舞台では洒落たアイデアで、まだ小学生くらいの年齢だと思うのですが、見事な歌いっぷりでした。

 ベルリン古楽アカデミーの演奏は典雅な音で緊張感を保ち堅実。指揮のファソリスがスカラで『タメルラーノ』を振ったときと同様、終演後に譜面を高く掲げた姿が印象的。

 愛と策略が渦巻く人間ドラマは聴き応えも見応えもある秀作でした。
 
 この公演は11月のバロックフェストで再演予定です。



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パルジファル(コンサート形式)・・Berlin Philharmonie・・・・2018/4/6 [コンサート・リサイタル]

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Sir Simon Rattle Dirigent
Stuart Skelton Tenor (Parsifal)
Nina Stemme Sopran (Kundry)
Franz-Josef Selig Bassbariton (Gurnemanz)
Evgeny Nikitin Bassbariton (Klingsor)
Gerald Finley Bassbariton (Amfortas)
Reinhard Hagen Bass (Titurel)
Rundfunkchor Berlin
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 楽劇『パルジファル』というより交響曲『パルジファル』といった様相を呈した公演。主役は歌手も含めて全ての楽器で、それぞれの楽器の音が鮮明に緻密に聞こえてくる様はベルリンフィル以外ではありえないといった演奏でした。ただテンポが速く、あまりに緻密に全ての楽器が主張しすぎるといった感があって物語に入り込む余地がなく、一幕は困惑ぎみで終わってしまいました。しかし、ここは歌劇場ではなくベルリンフィルの本拠地フィルハーモニー、歌劇場で聴くのと同じような演奏でないのは当然なのかもしれません。そう割り切って聴くと2幕以降物語に入り込める部分もあったのですが、主張する楽器の音に物語からはじき飛ばされるような感覚になることがしばしば。最後までワーグナーの世界に深くは入り込むのは難しく、救済感も表面的に思えてしまいました。
 似たような違和感を感じた人が多かったのか?休憩をはさむ度に客席は空席が目立つようになり、3幕が始まる時には[猫]が座った列など半分以上が空席という状況になってしまいました。

 緻密な演奏の中、歌手の人達は端正に朗々と歌っていたという印象で、特に良いと思えたのがアンフォルタスとクリングゾル。演出によって歌い方は変わるものですが、アンフォルタスは大袈裟に伝えるよりも抑えた中に苦しみを伝える表現のほうが好みなので、今回のフィンリーはウィーンで聴いた時よりも良いと思えました。クリングゾルもクールに歌うほうが好みということもあり、更にはニキーチンの美声がクリングゾルに単なる悪役ではない悲劇性をもたらしていたのが好印象でした。
 タイトルロールのスケルトンのパルジファルを聴くのは2回目ですが、声も見た目も素朴な雰囲気でパルジファルには合ってます。一人オロオロと不安げにオケや観客席を見渡しながらの登場は冒頭から完全に役に入り込んで好演でした。
 他のソリストの人たちも盤石、コーラスも上質だったのですが、花の乙女達の声の相性が今一つの感がなきにしもあらず。

 ただ歌手云々というよりも前述のようにベルリンフィルという精鋭軍団の演奏の見事さに圧倒されたという印象が残る公演で、同時に、歌劇場で聴いたとしたら物語に没頭できないという状態にストレスを感じるように思えた公演でもありました。
 バーデンバーデンではなく、フィルハーモニーで聴くことを選んだのはラトルのワーグナーの評判がドイツ語圏で芳しくないというのが理由の一つでしたが、[猫]はドイツ人ではないので大丈夫かと思いきや、芳しくない理由が分かるような気がしたのでした。
 
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カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師・・・Deutsche Oper Berlin・・2018/4/5 [オペラ]

Musikalische Leitung Stefano Ranzani
Inszenierung David Pountney
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Santuzza Ildiko Komlosi
Turiddu Gaston Rivero
Lucia Ronnita Miller(演技)Diane Pilcher(歌)
Alfio Dalibor Jenis
Lola Irene Roberts
Zwei Bauern Max Stieren Frank Wentzel
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Canio Vladimir Galouzine
Nedda Erika Grimaldi
Tonio Dalibor Jenis
Beppo Andrew Dickinson
Silvio Thomas Lehman

 この二演目は以前TV放送を録画して見始めたものの10分するかしないうちに、つまらん。。。と止めてしまって即消去。そんなことがあったので観たいと思う作品ではありません。ただこの日、リンデンは既に2回鑑賞した『魔笛』とあって、3回目というのもなんだかなーと二の足を踏んでしまったというわけ。その後リンデンで『魔笛』が新制作と発表され、観ておけば良かったと一瞬後悔しましたが、シンケル版も存続とあってホッとしました。

 当初サントゥッツァにはバルチェロナがキャスティングされていたのですが、この時期リンデンの『ファルスタッフ』も出演とあって降板する可能性もあると踏んでいたところが案の定。その他、ルチア役の人が調子が悪いということで演技のみ、舞台脇で代役の人が歌うという状態での上演。それでも歌手の人達には全く文句はありません。
 問題はやはり音楽そのもので、序盤からブンチャッチャブンチャッチャ・・・まずいよ~~脳内で昭和ノスタルジックモードが入っちゃうよ~~三輪トラックだよ~~~なんて思っていたら・・・舞台にソロソロと出現したのは三輪トラック。。。。完。。。。
 久々に座席から転げ落ちて両足着地失敗。後は席によじ登る気力もなく床でゴロゴロしとりました。ブンチャッチャ三昧を楽しむ能力がないということを棚上げしての逆切れ状態とはいえ、いい加減にしてほしいくらいのブンチャッチャ三昧にはブンチャッチャアレルギー発症。録画と違って即消去というわけにもいかず、ほとんど違うことを考えて過ごさざるをえず。
 [猫]がいつも異なる次元を走るペガサスと称しているフローレスがこの劇場に出演したとき、やはりペガサスはペガサスと思っていたら舞台に巨大なペガサスが出現したことがあったのを思い出しましたが、今回の三輪トラックしかり。これは一体どういうことか?[猫]に予知能力があるわけはなし、発想がパクられているわけもなし。似たような発想をする人がいると考えれば少々嬉しい気もするなどと、そんなどうでもよいことまで考えてしまう始末。休憩になったらケーロケロとカエルか?とも一瞬思いましたが、それでも次は異なる作曲家の別作品ということでそのまま観ることに。

 『道化師』が始まると冒頭の舞台はなんと『カヴァレリア・ルスティカーナ』の最後の場面と全く同じ状態。これはボンネットバスも登場かと頭をよぎりましたが、やはり予知能力はありませんでした。 
 舞台は坦々とクールな雰囲気に変わっていき、そんな中ガルージンがさすがのパフォーマンス。この人は役によって雰囲気をガラリと変えてくれます。今回は冴えないしょぼいオッサン。一人焦燥感を募らせてていくのが実にリアルで上手い。ただ坦々とした舞台だったこともあって鑑賞する側としても坦々と、というより正直なところ冷めた感じで見ていました。
 ところが最後に待っていたのは想定外の結末![猫]は逆毛総立ちになる直前に瞬間冷凍。放射上に毛が逆立ったまま解凍に数秒間要しました。冴えないオッサンの正体は恐ろしいほどクールなオッサンでありました。何故坦々とした雰囲気だったのかも納得。ガルージンをはじめとして演出の意図にそって歌い演じきった歌手の人達の上手さに、良い意味で騙された感があったのがツボでした。

 思いがけずも最後の数分で手のひら返しの感想となりましたが、興味を持てない演目でも意外性のある演出によって救われた気がしました。
 


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パドモア、クック、ウィッグルスワース・BERLINER PHILHARMONIE・Kammermusiksaal・2018/4/4 [コンサート・リサイタル]

Mark Padmore Tenor
Ryan Wigglesworth Klavier
Allison Cook Mezzosopran
Mitglieder des Vocalconsort Berlin

SCHUMANN: Liederkreis Op.39
WIGGLESWORTH: Echo and Narcissus
JANACEK: The Diary of One who Disappeared

 ベルリンフィルハーモニー室内楽ホールでの初鑑賞。目的がパルジファル2公演だったとはいえ、バーデンバーデンでベルリンフィルのパルジファルを聴くという選択もあったのにもかかわらず、日にちが開いてもフィルハーモニーの公演を選んだのはこの公演が気になったのが理由の一つでした。

 特に印象に残ったのは後半のヤナーチェクの歌曲集『消えた男の日記』、ジプシーの娘に心奪われ、終には故郷を捨て去ってしまった若い農夫の物語です。
 室内楽ホールのウェットな音響がジプシー娘役のクックの歌声の妖艶な力を際立たせ、さらに観客席最上階後方で歌う女声コーラスが神秘的にホールに満ちるさまは恐れのような感覚を抱くほどで、青年の心を揺さぶるのに充分すぎるものでした。若い農夫役パドモアは純粋で素朴な印象で好演。暗く冷たい緊張感に満ちた作品は鑑賞していて息苦しさのような感覚をも伴うものでした。最後に故郷を捨てる決心をした後でも余韻として残るのは解放感より痛々しさ。それは人間の性と社会の掟の間で揺れ動いた青年の未来への不安と残された人々の悲しみを内包しているかのようで、この作品の地であるモラヴィアの農村の風土をも彷彿とさせる作品でした。

 
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リゴレット・・・Semperoper Dresden・・・2018/4/3 [オペラ]

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Musikalische Leitung Francesco Lanzillotta
Inszenierung Nikolaus Lehnhoff

Duca di Mantova Stephen Costello
Rigoletto George Petean
Gilda Tuuli Takala
Sparafucile Nicolai Karnolsky
Maddalena Tichina Vaughn
Giovanna Angela Liebold
Monterone Michael Eder
Marullo Jiří Rajniš
Borsa Matteo Khanyiso Gwenxane
Il Conte Ceprano Chao Deng
La Contessa Ceprano Birgit Fandrey
Paggio Grace Durham
Gerichtsdiener Matthias Beutlich
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 目的のパルジファル2公演が2日と6日なので中三日のうちこの日はドレスデンへ足を運びました。目的の公演ではなかったのでオマケという感があり、初演時が豪華キャストだったこともあってそれほど期待せずに臨みましたが、結構良い公演でした。
 なんといっても初演時はルィージ指揮、ルチッチ、ダムラウ、フローレスという豪華キャストで当時話題になり、幸い実際に鑑賞できて大満足だったプロダクションです。レーンホフの演出も華やかさがありながらクールにリゴレット親子の悲劇を浮かび上がらせた秀逸なものでした。そのレーンホフも残念ながら今は亡き人になってしまって寂しい気がします。今回パーティーの場面が初演時より華やかさが控え目に思えたのですが、再演とあってその他大勢の人数が減っていたかもしれません。その他、さまざまな面で初演時に比較してしまうとこじんまりとした印象は否めませんでしたが、チームワーク良くまとまった良い公演でした。

 タイトルロールはいつも堅実かつ端正に歌うペテアン。道化役には声に品格がありすぎるという感がなきにしもあらずとはいえ、舞台センスの良さを発揮して納得のリゴレットでした。この役は年齢を重ねるともっとよくなりそうな気もします。
 ジルダ役もマントヴァ役もそれぞれ役の雰囲気に合って好演。
 ランツィロッタ指揮の演奏は目立たないながらも堅実に歌手の好演を引き出してました。

 ところで今回初めて最上階に座ったのですが、下の優雅な雰囲気とはうって変わって質素そのもの。いわゆる天井桟敷なのでこんなものかと思いながらも、上まで階段を上るのも辛いと感じる年齢になったこともあって、やはり席は3階くらいまでにした方が良さそうと思ったのでした。


 

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パルジファル・・Staatsoper Unter den Linden・・・2018/4/2 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG, BÜHNENBILD Dmitri Tcherniakov

AMFORTAS Lauri Vasar
GURNEMANZ René Pape
PARSIFAL Andreas Schager
KUNDRY Nina Stemme
KLINGSOR Falk Struckmann
TITUREL Reinhard Hagen
GRALSRITTER Jun-Sang Han Dominic Barberi
KNAPPEN Sónia Grané Natalia Skrycka Florian Hoffmann Linard Vrielink
BLUMENMÄDCHEN Elsa Dreisig Adriane Queiroz Anja Schlosser
Sónia Grané Narine Yeghiyan Natalia Skrycka
STIMME AUS DER HÖHE Natalia Skrycka
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 このチェルニアコフ演出の公演を初演時に鑑賞したのが2015年4月。そのときの感想はこちら

 今回最も印象に残ったのはシャーガーが歌、演技ともその時より上手くなったこと。初演時はどことなく一本調子ぎみで、チェルニアコフが家出少年という設定を考えたのもそれが理由と思ったほど。ところが今回は一本調子という印象はほとんどなし。体型も以前に比べてオヤジ体型になってしまったので少年らしさは希薄になった感はありました。しかし、演技が上手くなったので演出の意図は以前にもましてはっきりと伝わり、唯一謎だったシーン(3幕、母からの贈り物である置物と花の乙女たちのドレスを着た人形をクンドリがパルジファルに見せるシーン)も今回は解けてスッキリ。(どうスッキリしたかは解釈は人それぞれなので書くのは控えます。)
 一時期、初演時とは異なるエンディングにしていたと耳にしたことがあって、それでは演出の意図がぼやけてしまうのに、どうしてチェルくんは日和ってしまったのかと残念に思ってましたが、今回は初演時と同じく衝撃的なエンディングでした。このエンディングこそが肝であります。

 歌手陣は初演時と変わった人もいるので、読み替え演出により普通と異なる演技を要求される役柄をどう演じるかということも楽しみの一つでした。
 口は悪いけれど人の好い保育所のクリングゾルじいちゃんを初演時はトマソンが実に器用に演じていたのが印象に残ってます。今回はベテランのシュトルックマン。いつも押しが強く説得力のあるパフォーマンスをする堂々たる人という印象がありましたが、今回そのイメージを良い意味で覆してくれました。トマソンとは異なる演技で人の好さやクンドリに対する愛情を何気なく表現して実に上手く演じていたのはさすがでした。歌の方は言うまでもなく文句なし。
 初演時の役柄設定と最も異なる演じ方に思えたのがアンフォルタス。初演時のコッホは生ける屍といった状態で茫然自失の様相を呈してましたが、考えてみると生ける屍のように演じるというのはコッホくらい実績がないと難しそうです。ヴァサールは通常どおり苦しみに満ちた演技で好演してました。
 シュテンメは演技としては初演のカンペとそれほど変わらないのですが、表情や動きが少々硬く緩慢な印象で、その分おっとりとしたクンドリという雰囲気でした。歌はいつも端正に綺麗に歌う人なので、アンフォルタスを愛する一人の女性という設定はシュテンメには合っているように思えました。
 花の乙女達の一人に初演時のノヴィコヴァに代わって入ったのがアンサンブルのドライシヒ。二人ともオペラリアで1位になった経歴の持ち主です。ただ保育園の少女という設定にはノヴィコヴァの愛らしい声が合っていたという印象が残りました。

 演奏は歌手が演出にそった役柄に没頭して歌えるよう歌手にまかせてゆっくりとなる場合もありましたが、それ以外の部分は中庸からやや速めといった印象。今回の席は3階サイドで、2007年6月にアイヒンガー演出の『パルジファル』を鑑賞したときとほとんど同じ位置でした。それ以来歌劇にハマッたのでその時のことは記憶に残っているのですが、改装前と比べると改装による音響改善は歌と演奏のバランスという点で演奏の方に優位に働いているような気がしました。改装後に平土間前方で聴いたときは歌手にとっても歌いやすい劇場になったと感じましたが、事はそう単純ではなさそうです。以前の演出では歌手はほとんど前方でそれほど多く演技を要求されずに歌えたのに比べると、今は演出上舞台奥で歌うこともあったり、演技のため常に前を向いて歌えるわけでもありません。
 それでもここのオケの音はワーグナーを聴くには最高だということには何ら変わりなく、どっぷりとワーグナーの世界に浸れてワーグナー漬けになれるのはここしかありません。オケだけでなくパーペやシャーガーをはじめとした充実のアンサンブルメンバーもいるのでワーグナーはここでだけ聴けばよいとさえ思うのですが、来シーズンは2演目のみ。頻繁にワーグナーばかりやっているわけではないので、バイエルンやドレスデン、パリ、チューリッヒなども機会があれば行かないわけもなく・・・・・それにクレンツィス、ミンコフスキ、サロネン、バーデンバーデンでふられたヘンゲルブロックとかがワーグナーを振るなんていったら待ってましたとばかりホイホイ行ってしまうに違いないわけで、今までと同様あちこち出没するであろう[猫]であります。
 
 
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ヘリアーネの奇跡・・Deutsche Oper Berlin・・・2018/4/1 [オペラ]

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Musikalische LeitungMarc Albrecht
InszenierungChristof Loy

Heliane Sara Jakubiak
Der Herrscher, ihr Gemahl Josef Wagner
Der Fremde Brian Jagde
Die Botin Okka von der Damerau
Der Pförtner Derek Welton
Der blinde Schwertrichter Burkhard Ulrich
Der junge Mann Gideon Poppe

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 コルンゴルトの滅多に上演されることのない演目とあって、プログラム発表時から気になっていた公演です。
 現代音楽らしく不協和音が用いられているのですが、旋律が明確で美しい曲でした。音楽だけに言及すればもっと上演機会を増やしてほしいくらいです。ただ同時に上演機会が少ない理由の一端も窺えた気がしてます。

 コルンゴルトはテノールが好きなのか嫌いなのか?『死の都』同様、テノール歌いっぱなし。なんと死ぬまで歌わなくてはいけなくて、二幕途中でようやく死んで楽になったのに、最後に生き返ってまた歌わなくてはいけないという有様。歌えるテノールがどれほどいるのか?これが考えられる滅多に上演されることがない理由の一つですが、それだけなら『死の都』と同じです。他にも一般受けしないと思われたのが話の展開でした。あまりに非現実的で鑑賞していて物語に入り込めず、一歩引いて鑑賞していたという感が残りました。

 役の名がヘリアーネ以外は暴君、異国の男など名前がなく、特定の土地の名前も出てきません。そのため演出はさまざまに考えられそうでしたが、今回のロイは時代を現代に設定し、舞台を終始法廷のような広間で展開させたこと以外は読み替えがなく、そのままで分かりやすい演出でした。滅多に上演されない演目とあって配慮したかもしれません。

 タイトルロールの人がスタイルが良く、裸になるシーンでは本当に脱いでドキッとしてしまいました。薄手の裸の衣装を身にまとっていたようでしたが、本当に裸になっているようにしか見えず、美しいシルエットの裸体に思わずオペラグラスをかけて見る人もちらほら。歌もしっかりで適役でした。
 スタミナを要する歌いっぱなしのテノールはワーグナー歌手が担うことが多いようですが、今回は主にイタリアものを歌っている人です。誠実な印象の歌声で肝心のスタミナも充分。何ら不安なく歌いきっただけでも賞賛に値すると思えました。

 指揮はスカラの『影のない女』で観客を魅了したアルブレヒト。結構複雑なオーケストレーションに思えたのですが、演奏は聴くに忍耐を要したワーグナーのときとは別オケのようにまともでした。これはオケのレベルや音響の問題以上に指揮者の違いが大きな要因なのかもしれません。
 
 

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カリスト・・BAYERISCHE STAATSOPER・・・2018/3/31 [オペラ]

 4月の旅行の目的はベルリンでのパルジファル2公演。他にちょっとわけありで7泊7公演といつになく長めの旅行でした。
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Musikalische Leitung Christopher Moulds
Inszenierung David Alden

La Natura Dominique Visse
L'Eternità Karina Gauvin
Il Destino Anna Bonitatibus
Giove Luca Tittoto
Mercurio Georg Nigl
Calisto Christiane Karg
Endimione Tim Mead
Diana Anna Bonitatibus
Linfea Guy de Mey
Satirino Dominique Visse
Pane Martin Mitterrutzner
Silvano Alexander Milev
Giunone Karina Gauvin
Le Furie Anna Bonitatibus
Le Furie Dominique Visse
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 星座の大熊座にまつわる神話をもとにしたカヴァッリの作品です。このプロダクションの初演は2005年5月、何度も再演されているので人気の公演なのでしょう。少々Hな部分もあるのですが、茶目っ気ある面白い公演でした。
 登場人物が多いのは古楽にありがちですが、到着日とあって例のごとく、途中意識が飛んでしまってわけが分からなくなってしまったのは<(_ _)>無念であります。

 歌手陣は初演時からずっと出演しているヴィセをはじめ、ほとんどの人が再出演で息はピッタリ。
 タイトルロールのカルクは今回のシリーズからの出演ですが、最も印象に残ったのがカルクでした。小柄で細身にもかかわらず、声のなめらかで豊かなことといったらタイトルロールの重責を担うに充分。ベルリンフィルなどでも歌っているので気になっていた人ですが、納得のパフォーマンスでした。夏にまた聴く予定があるので楽しみです。


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