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ワルキューレ・・・Staatsoper Unter den Linden・・2019/9/8 [オペラ]

 スカラで聴いたときの感想を見てみると、→こち
 アンコールで最初からまた観たい、とか、[黒ハート][黒ハート]とか・・・こんな浮かれた感想ありえへんでリンデンでは。
 もちろんスカラで感動した事実になんら変わりはないのですが、オケと劇場が異なるだけで全く印象は異なります。SKBの音ははるかに緊張感が高く濃密、そして歌手の人達の渾身のパフォーマンスに軽々にアンコールなどと言えたものではなく(それでも第2チクルスが始まった今、行ける人が羨ましいと思ってる[猫])浮かび上がったのは愛だけではなく葛藤。観終わった後の満足感には荒波にもまれたような疲労感が伴ったのでした。
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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Guy Cassiers

SIEGMUND Simon O'Neill
SIEGLINDE Anja Kampe
HUNDING Falk Struckmann
WOTAN Michael Volle
BRÜNNHILDE Iréne Theorin
FRICKA Ekaterina Gubanova
GERHILDE Christiane Kohl
HELMWIGE Vida Miknevičiūtė
WALTRAUTE Anja Schlosser
SCHWERTLEITE Natalia Skrycka
ORTLINDE Anna Samuil
SIEGRUNE Julia Rutigliano
GRIMGERDE Anna Lapkovskaja
ROSSWEISSE Dshamilja Kaiser

 この日もオケと歌手は阿吽の呼吸。これ以上のワルキューレに今後立ち会えることはあるだろうかと疑問に思うほどの公演でした。
 まず気が付いたのはオニールが着実に進歩していたこと。スカラ初演時のリハの映像で結構厳しくバレンボイム先生から指導を受け、相手役のマイヤーさまからもアドバイスをもらっていた記憶がよみがえりましたが、今のオニールはなんら不安なく阿吽の呼吸に溶け込み、発音についても臨席のドイツの人に確認したところ問題なしとのことでした。2010年の初演以来、カシアス演出のリングでずっとバレンボイム先生の元で歌ってきたという実績に裏打ちされた自信と力を舞台上で遺憾なく発揮していたというところ。
 カンペのジークリンデはスカラでのマイヤーさまになんら遜色なし。特に3幕の愛の救済の動機は絶品。その歌声は正に絶望の中に見つけた一筋の光でした。
 フォレは品格と威厳を保ちながらも苦渋に満ちたヴォータンでブリュンヒルデへの愛情をも含めて、これ以上は望むべくもないという存在感。ハーゲンの死の場面や3幕でブリュンヒルデに対して強く激しい口調で言い放つように歌ったのが信憑性ありすぎのなりきり度でした。
 予想以上に良かったのがテオリン。弱音でこれほど繊細に心の機微を伝えることができる人だったとは。大柄であるにもかかわらず、ヴォータンの前では純粋な少女であり、登場時のHojotoho! Hojotoho!・・・は荒々しかったのですが、それも無垢で未熟な少女らしさに思えてしまいました。
 シュトルックマンは前日の強欲なファフナーから冷血なフンディングに変身。
 グバノヴァのフリッカは美しいドレス姿がものすごくかわいいにもかかわらず、ヴォータンをやりこめる歌は説得力充分で恐れ入りました。

 フリッカ以外の衣装についても美しいというのを改めて実感。神々であるワルキューレ達のドレス姿にも人間仕様の兜や鎧が必要なわけもなし。

 演奏は前日もこの日もやや速めという印象。オケは傷がないわけではありませんでしたが、そんなことは些細な事で物語に没頭させてくれました。気が付いたのはワルキューレの騎行をスカラのほうが一拍目を強調して重く演奏していたこと。全体的にみればスカラの方がずっと軽いのであえて重くしたのか、いずれにせよリンデンでは重く演奏する必要はないのは確かです。

 それにしても物語の内容は知っているくせに、どうしてグッと胸に迫ってきたり、ウルッとしてしまうのか、信憑性の高い歌と音楽の力は凄いと改めて思った公演でもありました。
 

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ラインの黄金・・・Staatsoper Unter den Linden・・2019/9/7 [オペラ]

 6月に6泊9公演鑑賞という遠征をしたのですが、それを放置して9月の遠征を先にあげます。
 カシアス演出のリングは前半2作をスカラで、後半2作をシラーで鑑賞したので最初は観る予定ではありませんでした。ところが今シーズンのプログラムが全部発表されるとオランダ人以外他にワーグナーはなし。それではやはり行かなくてはいけないと思い改め、売り切れだったチケットも1か月前くらいに出てきたのを幸いと行ってきました。ただしそれほど長く日本を離れることはできないのでジークフリートまでしか見れなかったのは残念至極。
MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Guy Cassiers

WOTAN Michael Volle
DONNER Roman Trekel
FROH Simon O'Neill
LOGE Stephan Rügamer
FRICKA Ekaterina Gubanova
FREIA Anna Samuil
ERDA Anna Larsson
ALBERICH Jochen Schmeckenbecher
MIME Wolfgang Ablinger-Sperrhacke
FASOLT Matti Salminen
FAFNER Falk Struckmann
WOGLINDE Evelin Novak
WELLGUNDE Natalia Skrycka
FLOSSHILDE Anna Lapkovskaja

 スカラで聴いたときよりもぐっと劇的信憑性が高く濃密。それを可能にしたのは密度が高くキレのある音を持つSKBの演奏と、生粋のワーグナー歌い達の阿吽の呼吸でした。
 バレンボイムが導く演奏はテンポの変化、抑揚が寄せては返す波のように淀みなく観客を物語にいざない、深い音は時に効果音のように緊張感を高め、場面ごとの楽器のバランスも絶妙で観客の心をつかんで離しませんでした。[猫]の拘りである巨人族の登場場面は今まで聴いたことがないほど重量感のある演奏で脳内に巨大な巨人が出現。クリア基準であるハグリッドどころか進撃の巨人かと笑ってしまいそうでした。
 その巨人族はサルミネンとシュトルックマン。この二人がそれぞれの性格を何気なく滲ませていたのが劇的信憑性を高めた要因の一つ。オリジナルではサルミネンではなく他の人だったはずなのですが、いつのまにかサルミネンに変わっていて今回も助っ人としての活躍。今回は今まで聴いたなかでは最も力のある声で、なおかつどこか哀愁のある暖かさを内包した歌い方がフライアを失う悲しみに通じて好演。一方のシュトルックマンはサルミネンと並ぶと小柄に見えて、兄貴の影に隠れて虚勢を張っているような印象だったのが、財宝を受け取る場面で強欲な本性を発揮。歌い方もさることながら、隙間なく財宝が積まれているか這いつくばって見るという演技が上手すぎ。足元は水たまりもあるデコボコなので決して自由に動き回れる環境ではなく、スカラの初演時にはそのような演技は要求されてなかったのに、思わずそう動いてしまったかのようだったのはさすがベテランのワーグナー歌い。
 波のように寄せては引く演奏が緊張の頂点に導いたのはアルベリヒの呪いの歌。バレンボイムはいつものように歌手が役に没頭して歌えるよう配慮をかかさず、シュメッケンベッヒャーは間を置いてのmeinem Fluch fliehest du nicht! 見事な歌いっぷりで物語のキーパーソンの役割を果たしてました。
 リューガマーの最大の魅力はさりげなさ。つまり頑張って歌っているというところは一切なく、常に自然体でその役で存在していると思わせてしまうところ。知的な声の持ち主ながらトボケているかのような印象を与えたかと思えば、厚いオケを超えて力強く声を響かせることもできる。歌も演技も柔軟な表現力の持ち主と言えるかもしれません。時々ダンサーと同調して何気なく動くのがダンサー達はローゲの意のままに動く精霊のように見えてきて、スカラでは気が付かなかった発見でした。幕切れで降りてくる幕を一旦止め、何を思ったのか?神々の運命を予感しているのか?このニュアンスある演出とティンパニの音が浮かび上がる演奏がなんとも言えない余韻を残しました。
 グバノヴァは怪我でバイロイトをキャンセルしたと聞いていたので心配してましたが、出演してくれて一安心。チーム・バレンボイムの一員として頼もしい存在なのは相変わらず。
 最後になってしまいましたが、なんといってもヴォータンのフォレの存在は圧倒的。品格がありながら指輪に未練をもってしまう微妙な心情。言うことなし。以前はパーペが歌っていましたが、元々さすらい人は音域が合わないということで歌わなかったので、フォレがチーム・バレンボイムに加わってくれたのは嬉しいことです。ここ数年この劇場で歌うことの多いフォレとあって、この後のチェルニアコフ演出のリングでもご出演を期待してしまいます。とはいえ、パーペのヴォータンをもう一度聴きたい気もするのですが、もしかするともう歌わないでしょうか?

 カーテンコールで最も称賛を受けたのがフォレ。次がサルミネン、シュメッケンベッヒャー、リューガマーの3人だったのは順当に思えました。もちろんバレンボイム&SKBにもいつものように最大級の称賛でした。
 
 演出は2010年のスカラ初演ではダンサーが鬱陶しく感じる場面もあったのですが、その後ダンスを交えた演出も増えたせいか、今回はそう感じることはありませんでした。いずれにせよスカラもベルリンも予算が充分になかった時代で、なおかつ保守的なイタリアの聴衆を考えれば、イメージを壊すようなものでないだけで充分。それに充実した音楽にはどんな演出でも問題なしと思えたのでした。

 

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修道院での結婚・・Staatsoper Unter den Linden・・2019/4/13 [オペラ]

 ベルリンのフェスト、先に書いた『マイスタージンガー』の前日に観た公演です。
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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG, BÜHNENBILD Dmitri Tcherniakov

DON JEROME Stephan Rügamer
DON FERDINAND Andrey Zhilikhovsky
LUISA Aida Garifullina
DIE DUENNA Violeta Urmana
DON ANTONIO Bogdan Volkov
CLARA D'ALMANZA Anna Goryachova
MENDOZA Goran Jurić
DON CARLOS Lauri Vasar
MODERATOR Maxim Paster

 チェルニアコフとあって読み替えでないわけはありません。設定が舞台奥の壁に映し出され、字幕も同じく舞台奥の壁に表示されたのは視線をそれほど動かさずにすむので良いアイデアに思えたのですが、サイドの後方席の観客には死角になってしまったかもしれません。でも設定や字幕が見えてなくても楽しめるであろう演出で、とはいえ、見えていても理解できない部分もある演出でした。その辺はチェルニアコフなので推して知るべしというところ。それに演出がどうあれ結果的に楽しめたのは何といってもプロコフィエフの音楽の魅力によるところが大きく、どこか浮遊感を伴った粋な音楽を聴いているとコメディなんだから理詰めでみることはないと割り切れてしまいました。

 人生をオペラに捧げてしまったようなオペラ好き達が集合し、新作オペラを制作するということで始まったのは、実はオペラ依存症を治すためのライフセミナー。さまざまな受講内容に嫌気がさした受講者はやがてインストラクターに逆襲、そしてコンセプトは最後にド派手に用意してあり、大団円でした。
 舞台セットは改修前の客席を無造作に並べただけ。最後の場面のコーラスのド派手な衣装も素材はそれほど高価には見えず、制作費用を抑えることが条件だったかと推測してしまうほど。セットがシンプルな分、映像や小道具が活躍してましたが、それ以上に大活躍だったのが歌手の人達。歌になんら不足なく、喜劇役者のようによく動いて楽しませてくれて、初演初日だというのにチームワークも万全でした。
 しかし、さすがにウルマーナには演技は多くを要求しておらず、ベテランの余裕で万全の歌いっぷり。それでも役は元トップ歌手という絶妙な設定で、映像を使ってしっかりと笑どころを押さえていたのはチェルニアコフに抜かりなしというところ。
 主役のリューガマーはいつもどんな役でも器用に自然体で歌ってしまう人ですが、今回はさらにミニトランペット(コルネット?)や並べたグラスを演奏したりと、ここまで器用だとは知りませんでした。

 カーテンコールでチェルニアコフが登場するとお約束のようにブーとブラヴォーとのせめぎあい。それでも若干ブラヴォーの勝ち。ブラヴォー派は最後にド派手に演出されていたコンセプトが気に入ったのかもしれません。[猫]もどちらかというとブラヴォー派です。
 
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セルセ・・Teatro Municipale di Piacenza・・2019/4/12 [オペラ]

 4月の旅行はベルリンのフェストが主目的ながら古楽で良いのがあったら一緒にと思い、気になったのはウィーンのオルランドとこのセルセ。ピアチェンツァが交通の便が良くないところだったらウィーンにしたのですが、ミラノからそう遠くないので初めて行ってみることにしました。
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Direttore Ottavio Dantone
Regia Gabriele Vacis

Serse ARIANNA VENDITTELLI
Arsamene MARINA DE LISO
Amastre DELPHINE GALOU
Romilda MONICA PICCININI
Atalanta FRANCESCA ASPROMONTE
Ariodate LUIGI DE DONATO
Elviro BIAGIO PIZZUTI
Orchestra Accademia Bizantina

 いろんな意味で新鮮かつ意欲的で好感度の高い公演でした。

 ヘンデルの『セルセ』は何回か鑑賞したことがありますが、CTがキャスティングされてない公演は初めて。それに演出上、アタランタの役柄にコミカルあるいはヒステリックな面を強調するような公演が多かったのですが、今回はオリジナル通りお茶目な策略家といった面はあっても特に強調することはなく、演奏は古典的で所謂インテンポ。こういったことが均質な流れの美しさを浮かび上がらせた公演でした。
 CTが異質というと適切ではないかもしれませんが、やはり発声や表現など女性歌手とは異なります。この公演に接して、CTをオペラの公演に起用することを好まない指揮者がいるのも理解できるような気がしました。だからといってCTを否定するわけではもちろんありません。異質というのは言い換えれば個性的。だから良いという面があり、それになんといっても男性が男性の役をやるのですから視覚的信憑性に揺らぎは皆無です。

 音楽が古典的であったのに対し、演出は古典と現代アートのコラボ。登場人物はクラシックな装いで舞台前方で演技する一方で、舞台後方ではTシャツ姿の何人かがゆっくりと抽象的な動きで表現。あいにく購入時に既にほとんどの席が売れていたため、手に入ったのは上方サイドの席。そのためどうしても舞台前方で歌っている歌手に視線がいってしまい、後方は常に見れる状況ではなかったのですが、それでも言わんとしていることは何であるか理解できた気がしてます。後方のTシャツ姿の人達は明らかに現代人の代表で、最初前方の登場人物との間には透明な幕があり、互いに気にしながらも交じり合うことはなかったのが、やがて透明な幕はなくなり、互いに寄り添う場面が出てきます。その有様は古典とはただ聴いて観ているだけのものなのか、もっと積極的に関われるのではないか、古典が現代で生き続けるとはどういうことなのか、そういったことを舞台上で問い、表現しているようでした。最後も今時珍しくオリジナルどおりでしたが、それも単に保守的ということではなく、寛容であることこそが現代に求められていることであり、実りある豊かな世界へと繋がるというメッセージが意図をもって表現されていた演出でした。とはいえ、これはあくまで個人的な解釈であって、抽象的な表現も多い演出は観る人それぞれに想起するものが異なり、解釈もさまざまだったかもしれません。
 また、健常者でないように見受けられた人も後方の演者の中にいたのですが、社会の一員として舞台にいることは自然で、役割を果たしてました。こういった面でも好感が持てた演出でした。

 均質な流れの美しさと書いた通り、歌手の人達は誰が浮いているわけでもなく、沈んでいるわけでもなく全員好演。中でも最もアジリタ三昧だったのはガルー。声自体は地味な印象ですが、ご主人の指揮、オケもご主人が率いるアカデミア・ヴィザンチナとあって水を得た魚だったことは言わずもがな。アスプロモンテが出演していたこともこの公演に足を運んだ理由のひとつですが、今回も歌、演技共に自然体でチャーミングでした。
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怒れるオルランド(コンサート形式)・・Theater an der Wien・・・2019/3/26 [オペラ]

 3月の旅行、最後はユリアちゃんが出演するヴィヴァルディの作品でした。
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Musikalische Leitung: George Petrou

Orlando: Max Emanuel Cencic
Alcina: Ruxandra Donose
Bradamante: Anna Starushkevych
Ruggiero: David DQ Lee
Angelica: Julia Lezhneva
Medoro: Philipp Mathmann
Astolfo: Pavel Kudinov

Orchester: Armonia Atenea
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 この劇場ではコンサート形式の上演に字幕はなし。プログラムを見ながら鑑賞する人も多いのですが、[猫]は目が悪いので無理。それに古楽、特にヴィヴァルディやヘンデルなどは内容が分からなくても技術を堪能する歌の饗宴こそが最大の楽しみなので字幕なしでも全く気にしません。
 演出付きの公演は予定されていないこともあってか舞台には譜面台が並べてあり、ほとんどの歌手の人達は譜面を見ながら歌ってましたが、ルッジェーロ役のリーは譜面を見ることなく演技も伴って歌ってました。
 お目当てのユリアちゃんは相変わらず豊潤な声と多彩な技術で観客を魅了。ユリアちゃんで始まり、ユリアちゃんで終わった3月の遠征ですが、今はロッシーニよりも古楽のほうが魅力をより堪能できる気がしました。
 ドノーセを聴くのは初めてでしたが、貫禄の歌いっぷりといったところ。最近はクンドリ、フリッカなどワーグナーも歌っているようですが、古楽でもまだ存在感は充分でした。
 他の歌手の人達もそれぞれ個性が際立つ歌いっぷり。何より重唱で美しく調和するさまは極上。
 意外だったのはいつも派手な衣装のツェンチッチが全身黒というシックな装いだったこと。趣味が変わったのかと思いきや、なんのなんの最後はしっかりとド派手に変身。見た目でも観客を楽しませることに怠りはありません。
 以前はばらつきが気になったこともあったペトロウ&アルモニア・アテネアの演奏も今回は頼もしく、充実した公演でした。
 
 これにて3月の遠征の感想がようやく終了。4月に3公演鑑賞しましたが、ベルリンの『マイスタージンガー』は既にアップ済み。他の2公演はピアチェンツァの『セルセ』とベルリンの『修道院での結婚』。6月には9公演もみたのですが、書けるのはいつになるやら?
 
 
 

 
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売られた花嫁・・・Semperoper Dresden・・2019/3/25 [オペラ]

 今夏はどこにも行かずにお籠り。その間にこれを含めて13公演も感想を書かずに放置してあるのを少しでも処分したい気はしていたのですが、全て終わる前にまた行ってしまいそうです。

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Musikalische Leitung Tomáš Netopil
Inszenierung Mariame Clément

Marie Hrachuhí Bassénz
Hans Richard Samek
Kezal Tijl Faveyts
Wenzel Benjamin Bruns
Kruschina Matthias Henneberg
Ludmila Sabine Brohm
Micha Tilmann Rönnebeck
Hata Michal Doron
Esmeralda Tahnee Niboro
Indianer Chao Deng
Ein Zirkusdirektor Barry Coleman
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 ネトピルのチェコものは以前から機会があればと思いながらも、なかなか機会が訪れず時が過ぎてました。今回は良い機会だと早々にチケットを購入したのですが・・・・

 ドイツ語で上演されることも多いこの作品、今回もドイツ語でした。
 素朴な演出、演奏はノーストレスで序曲はワクワク。ただ歌手が歌うようになるとオケが控え目に。もっと鳴らしてもよいくらいと思えましたが、ハンス役の人がこの日一日だけキャスティングとあって、歌いやすさ重視だったかもしれません。
 歌手は男性陣は文句なし。女性陣は今一つ。
 中でもやはり頭ひとつ抜きんでていたのはワーグナーからロッシーニまで何でもこなしてしまうブルンス。
 ケツェル役の人も深みのある声で背が高く、曲者といった雰囲気で好演。
 ハンス役はこの日以外はブレスリクだったのですが、何故かこの日だけはチェコのテノール、サメクがキャスティグ。ブレスリクに似たタイプの人でした。一日だけの出演ということもあってか安定感というところではブレスリクに一歩及ばない感はあるものの、そつはなし。

 決して悪い公演ではありませんでしたが、スメタナのこの作品はどちらかというとイタオペ風コメディ。頻繁ではないにせよアリアの後拍手というもので、なんとも好みとは言い難い作品でした。次の機会はヤナーチェクかマルチヌーあたりをネトピル指揮で聴きたいと思ってしまったというのが本音です。
 
 
 
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パルジファル・・・Bayerische Staatsoper・・・2018/3/24 [オペラ]

 この公演がオマケなどと言ったら張り倒されそうな気もするのですが、前日のロベルト・デヴェリューがなかったらベルリンでバビロンを観ていたわけで・・・<(_ _)>
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Musikalische Leitung Kirill Petrenko
Inszenierung Pierre Audi

Amfortas Michael Nagy
Titurel Bálint Szabó
Gurnemanz René Pape
Parsifal Burkhard Fritz
Klingsor Derek Welton
Kundry Nina Stemme

 なんと感想を書いて良いやら。オマケ精神がよくなかったのか?深くパルジファルの世界に浸るには至らなかったというのが正直なところ。
 その理由を振り返ってみると、まずは一幕最後の儀式の場面でオケが少々乱れ、同時に騎士の姿に引いてしまったこと。どこのオケでも乱れることはあるでしょうが、それを補うだけの深みのある音を聞くこと能わず。よって2幕冒頭の凄みも今一つ。それも演出が読み替えだったらそれほど気にならなかったかもしれませんが、読み替えといえる演出でもなし。テンポが速めということもあってオケがついていけてない感もありましたが、それでもここまでは軽いジャブ程度。強烈なストレートパンチは花の乙女達の姿。逃げろ!パルジファル。
 結局のところ、演出が主犯、オケが幇助と言いたい気はするのですが、主犯はもう一人。他でもない[猫]自身かもしれません。今まで『タンホイザー』『マイスタージンガー』とペトレンコ指揮でここで聴いたときにはほとんど気にならなかったのですが、『パルジファル』に音は重要です。ドイツの歌劇場オケの双璧はSKBとSKD、ここはあと一歩という印象が今までもあったのですが、今回もその印象を払拭するには至りませんでした。ただ音は劇場の構造や音響システムに起因することもあるのでオケのレベルだけの問題ではないかもしれません。
 歌手は良くも悪しくも想定内で、公演の印象を大きく左右するには至らず。
 シュテンメについてはクンドリ役には歌い方が綺麗すぎるという評価を耳にしたことはありましたが、今までは読み替え演出とコンサート形式だったのでそういったことは気になったことはありません。しかし、今回の演出では浮浪者のような身なりで登場するのにもかかわらず、端正に歌うのが違和感大で、なるほどと思わざるをえませんでした。それでも2幕になると姿は一変。金髪の妖女という姿で何かに取りつかれたように歌い、面目躍如の活躍でした。

 演出については鑑賞しながら考えるというほどではないにしろ、寝ているわけではないので何かを連想したり、想起したりするものです。それは人それぞれ、それまでの経験や知識によって呼び覚まされるものかもしれません。それを幕間や終演後に反芻するわけですが、今回の演出は鑑賞しながらなんら思い浮かぶことなく、[猫]の干からびた梅干しのような脳味噌はついに空洞化まで進んでしまったようです。脳味噌が空しいこともあり、何か虚しさが残る演出で、同じアウディの『パルジファル』でも以前鑑賞したアムステルダムの演出の方が馴染みやすいものでした。

 もちろんなんだかんだ言っても、日本では鑑賞し難い公演だったわけで、ブツブツ言っているとやはり張り倒されそうです<(_ _)>

 以下蛇足。
 鑑賞するにあたり、拘りを捨てて常に新鮮な気持ちで臨んだほうが楽しめるのかもしれませんが、それまでの経験を無にすることはよほど痴呆が進まないと無理。拘りというのは人それぞれの経験で培われたもので、楽しむためにそれをあえて無にするのも空しい気がします。そんなことを心がけなくても、やがて知性に病ダレが見え隠れしはじめ、終には病ダレが張り付いて痴呆に至ります。そうなればこっちのもの、嫌でも常に新鮮に楽しめそうです。ただし、鑑賞後無事に帰ることができなくなるので付き添いが必要、付き添う人にとっては厄介かもしれません。それに痴呆よりも先に身体が動かなくなった場合はそうもいきません。はてさて痴呆が先か身体が動かなくなるのが先か、痴呆の場合は自分で気が付かない場合もあるので、これまた厄介です。

 
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ロベルト デヴェリュー・・Bayerische Staatsoper・・・2019/3/23 [オペラ]

 グルベローヴァのオペラ出演はこの『ロベルト・デヴェリュー』4公演をもって最後となりました。
 当初、不覚にも[猫]は最後ということに気づいておらず、ユリアちゃんの次の公演である27日ウィーンまでの間、ベルリン、ドレスデンと移動を計画。しかし、最後と知ったからには行かないわけにはまいりません。ユリアちゃんの追っかけ目的で計画した旅行ですが、むしろこの公演を主目的にしなくてはいけないくらいです。気づいたときに1席だけ残っていたのは幸いでした。

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Musikalische Leitung Friedrich Haider
Inszenierung Christof Loy

Elisabetta Edita Gruberova
Herzog von Nottingham Vito Priante
Sara Silvia Tro Santafé
Roberto Devereux Charles Castronovo
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 歌劇の歴史に名を残すディーヴァの最後のオペラ公演は、共演する歌手、指揮者、オケをはじめ全てのスタッフにとって特別な公演であろうことがひしひしと伝わる公演でした。もちろん観客にとっても特別な公演となったのは言うまでもありません。
 カーテンコールは長年にわたる功労を称え、感謝する観客の称賛でいつにも増して長く続きました。

 歌劇に興味を持ち始めた頃、ベルカントものが好きだと思ってましたが、それは勘違いだったようです。グルベローヴァ以外でこの演目を聴きたいと思うかといえば肯定できず、グルベローヴァだからこそ聴きたかったと言わざるをえません。今後興味を持ってこの作品を聴きたいと思える人は現れるでしょうか?

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セビリアの理髪師・・・Staatsoper Hamburg・・・2019/3/21 [オペラ]

 3月の旅行の目的はユリアちゃんの追っかけ。ロッシーニのブッファは使いまわしが多いせいか、どれも似たり寄ったり。正直なところ、もうあまり聴く気がしないのですが、ユリアちゃんが歌うとあれば別問題です。
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Musikalische Leitung Roberto Rizzi Brignoli
Inszenierung nach: Gilbert Deflo

Il Conte d'Almaviva Antonino Siragusa
Don Bartolo Maurizio Muraro
Rosina Julia Lezhneva
Figaro Franco Vassallo
Basilio Alin Anca
Fiorello Jóhann Kristinsson
Berta Ida Aldrian

 演出は1976年初演なので鉄板のレパートリー。それだけ長く続いているのは多くの人に支持されている演出ということでしょうが、やはり当たり前の演出は高揚感に欠けるのは否めません。それでもたまには良いとしておきます。それに歌手の人達にとって初演は演出家や指揮者からの要求が多く、そればかりでは疲労困憊。自由度が高いレパートリーもないと息がつまりそうです。
 指揮者は元々ファソリスだったのですが、気がついたときにはブリニョリに変更。指揮者としてはヴァッサーロ、シラグーサ、ムラーロと3人がいれば任せて安心、3人のベテランイタリア人歌手が公演の屋台骨といった印象の公演でした。
 ユリアちゃんを2010年にザルツブルクで初めて聴いた時はプログラムにソプラノと書いてあったのに、いつの間にかメゾとなっていて少々意外に思ったときもありました。しかし、今や第一声からして明らかにまろやかなメゾの声です。定番の演出ということもあり、歌に集中して丁寧な歌いまわしで聴かせてくれて、ベテラン歌手の間にあっていつにもまして初々しく、深窓の令嬢といった印象のロジーナでした。
 バジーリオ役の人はアンサンブルメンバーということでオトボケが堂にいった演技で好演。
 5人の重唱は見事に調和してました。
 公演のハイライトはアルマヴィーヴァがバルコニーの下で歌う愛のカンツォーネ。シラグーサがギターを自ら奏でながら歌ったのは素敵な見どころ、聴きどころでした。オケはその間お仕事がないので観客になっているメンバーも数人いましたが、滅多にない嬉しい機会だったことでしょう。
 ただし、シラグーサをキャスティングしながら最後のアリアはカットのまま。あくまでレポートリーとして特別なことはしなかったのは鉄板のレパートリーというより鉄壁のレパートリーかと思えた堅さでした。劇場の方針なのでしょうが、ドイツ、特に北部はロッシーニ作品に関心が高くないのかもしれません。
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エレクトラ・・・Staatsoper Unter den Linden・・2019/2/3 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Patrice Chéreau

KLYTÄMNESTRA Waltraud Meier
ELEKTRA Ricarda MerbethSabine Hogrefe
CHRYSOTHEMIS Vida Miknevičiūtė
AEGISTH Stephan Rügamer
OREST René Pape
DER PFLEGER DES OREST Franz Mazura
DIE VERTRAUTE, DIE AUFSEHERIN Renate Behle
1. MAGD Bonita Hyman
2. MAGD Marina Prudenskaya
3. MAGD Katharina Kammerloher
4. MAGD Anna Samuil
5. MAGD Roberta Alexander
DIE SCHLEPPTRÄGERIN Marina Prudenskaya
EIN JUNGER DIENER Florian Hoffmann
EIN ALTER DIENER Olaf Bär

 タイトルロールのオリジナルはヘルリツィウスだったのが1か月前くらいにメルベートに変更。しかし当日になってみると始まる前にメルベートが具合が悪くホグレーフェが歌うとのアナウンス。
 シェロー演出のこのプロダクションはエクサンプロヴァンスで鑑賞済みで、タイトルロールが出ずっぱりの演出なのに大丈夫かと思ったのですが、最後の踊りの場面以外は違和感なく無難にこなしてました。後で調べてみるとメトでも代役として同演出で歌ったことがある人と判明。ただ踊りが終始緩慢だったのは、ヘルリツィウスの緩急交えた熱く激しい踊りによって高揚感が最高潮になったのと比べると肩透かしといった感は否めず。メトでもここでも演技指導はあったはずなので、あのヘルリツィウスの踊りは彼女だからこそということなのか、演出家が故人となった今、演技指導は型通りということもあるかもしれません。
 結局、最も印象に残ったのはオレストとエレクトラの再会の場面。声のトーンを変え、語りかけるように歌うパーペの上手さは贔屓目ではなく際立ちました。マイヤーさまもさすがと思わせる面もありましたが、年月には逆らえないと思うところもあり。クリソテミス役の人が細くて華奢なのによく通る声で好演でした。
 
 演出はセットの雰囲気からして夏のエクサンプロヴァンスが合っているものですが、舞台の広さもしかり。ここの舞台がいつになく狭く見えて閉塞感がなきにしもあらずでした。

 演奏はワーグナーを聴いているようなゾクゾク感を感じることしばしば。いつもここでワーグナーを聴いているせいかとも一瞬思いましたが、ワーグナーの影響が色濃く表れた時代の作品です。それを強く感じた演奏でした。

 席はオケピを覗けるサイドの席。改修後に何回かこの位置に座った時と同様、こういった席では音響改善は演奏ほど歌手にはプラスに働かず、演奏の方が勝ってしまうことしばしば。しかし、この後4月に行ったときは同じような位置の席だったのに、そんなことは全く気にならず、歌手の声が演奏に埋没することはありませんでした。気づくとオケピの上方に下の写真のような反響版が設けられてました。この2月に訪れたときにはなかったように思うのですが、いつから装備されたのでしょう?
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セルセ・・・Oper Frankfurt・・・2019/2/2 [オペラ]

 この時期に遠征したのはベルリンフィルデビューが決まっているカリディスが指揮を執るこの公演が気になったからです。
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Musikalische Leitung Constantinos Carydis
Regie Tilmann Köhler

Xerxes Zanda Švēde
Arsamene Lawrence Zazzo
Romilda Louise Alder
Atalanta Elizabeth Sutphen
Amastre Katharina Magiera
Ariodate Božidar Smiljanić
Elviro Thomas Faulkner

Frankfurter Opern- und Museumsorchester
Vokalensemble
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 様式だけにとらわれず、劇としての信憑性と面白さも追求していた公演でした。
 
 しっとりと聴かせるアリアでは歌手はほとんど動くことなくゆっくりと歌ったのに対し、歌い方も演技も感情を露わに激しく表現する時があり、おのずとテンポが変化したのですが、演出と合って自然な流れでした。 
 ある歌手のインタビュー記事でカリディスは歌い方を細かく指示する指揮者だったと読んだことがあります。ドイツでは指揮者が歌い方を指示することは伝統的とはいえ、イタリアもの、しかも古楽を主としている歌手の人達にとってはどうなのだろうと思いながらの鑑賞でしたが、素人に指揮者の指示の有無を判断できるわけがありません。歌手の人達はテンポの変化も激しい演技もなんら苦も無く歌い演じていて、再演の最後の公演ということもあり、オケの演奏も含めて完成度の高い公演でした。
 途中カスタネットやタンバリンの周囲のシンバルを鳴らしたような音がしたのは今までこの作品で聴いたことがなく、そんな新鮮さとアグレッシブともいえる音楽づくりは同じギリシャ出身のクレンツィスに少し似ているような気もしました。

 オケピの周囲に歌手が通れる通路を設け、舞台の奥行が狭い歌手に優しいセット、時代は現代に設定した演出でした。幕や壁の背後でも演じることがあり、それをカメラで撮影しながら幕や壁に映し出すという手法はシンプルな舞台には効果的に思えました。

 カーテンコールは賞賛に溢れ、歌手の人達の満足気な笑顔が印象的でした。

 
 
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ニュルンベルクのマイスタージンガー・・Staatsoper Unter den Linden・・2019/4/14 [オペラ]

 フォークト半端ない。フォークト神ってる。
 フォークトについては今までも不思議くんだのユニコーンだの超サイヤ人などさんざん普通でない表現を使ってきたので、何を今更という感がなきにしもあらず。しかし、前日ザルツブルクで同役を歌ったのにもかかわらず、代役として歌ったこの日もトップフォームと言って良いほどで、やはり半端ない、神ってる、と書かずにはおれません。この役は少々調子悪いくらいのほうが緊張感に信憑性がでて良いかもなどと書いたこともありましたが、我ながら笑止千万。単なる世迷言でしかなかったと思い知らされたのでした。
 尚、シャーガーが神った『ダフネ』からフォークトが神った『マイスタージンガー』までの間八公演鑑賞してますが、神ったついでで先にこの公演をアップ。他は気が向いたら書くこととします。
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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Andrea Moses

HANS SACHS Wolfgang Koch
VEIT POGNER Matti Salminen
EVA Julia Kleiter
WALTHER VON STOLZING Klaus Florian Vogt
DAVID Siyabonga Maqungo
MAGDALENE Katharina Kammerloher
KUNZ VOGELGESANG Graham Clark
KONRAD NACHTIGALL Adam Kutny
SIXTUS BECKMESSER Martin Gantner
FRITZ KOTHNER Jürgen Linn
BALTHASAR ZORN Siegfried Jerusalem
ULRICH EISSLINGER Reiner Goldberg
AUGUSTIN MOSER Florian Hoffmann
HERMANN ORTEL Arttu Kataja
HANS SCHWARZ Franz Mazura
HANS FOLTZ Olaf Bär
NACHTWÄCHTER Erik Rosenius
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 舞台上は始まる前から一人、二人と人が集まり始め、その中に往年の名歌手達の姿が現れると隣のおじさんはイェルサレム、クラーク、マツーラ、ゴルトベルクなど指さしながらワクワク。生粋のワグネリアンでした。すると舞台にマイクを持った人も登場。ベルリンは真冬の寒さだったのでキャスト変更があるだろうとは予想してましたが、ユンとクレンツレが降板。サルミネンとガントナーが代役とあって往年の名歌手度アップ。さらに・・・隣のおじさん「今ヴォーグトが歌うって言った?」「はい。フォークトです。」おじさん頭をかかえて「ヴォーグト?本当にヴォーグトが歌うの?」「ハイ!ヴォーグトです!」ドイツの人ではなかったのでヴォーグトと言ったほうがピンとくるらしく、始まる前からおじさんは昇天するのではないかと思うほど大興奮。いや、おじさんだけでなく、会場全体が始まる前から熱気に包まれ、公演は観客の興奮と期待そのままに、素晴らしい現在進行形の『マイスタージンガー』となりました。
 フォークトは元ゼンパーのアンサブルなので、今回SKDとSKBの公演が同時期になってしまったことでSKDの公演を優先せざるをえなかったのは仕方のないところ。しかし、この公演も初演時に出演したとあって、できることなら出演したいと思っていたに違いありません。カーテンコールでの晴れやかで満足気な笑顔がそれを物語っていました。初演時から三年以上経過しているにもかかわらず、演出はしっかりと身に沁みついているといったところで公演に溶け込み、コッホとのやり取りなどは自然すぎてアドリブでやっているかとも思えた場面もあり。歌合戦での『朝はバラ色に輝いて』は往年の名歌手の人達も聞きほれているようでしたが、個人的に最も素敵だと思ったのはエファに向かって歌ったとき。エファ役のクライターもこの演出では一段と活き活きと輝いて美しく、印象的な名場面でした。
 フォークトだけでなく、コッホとクライターも初演時より演出に対する熟練度が進んでいるように思われ、この三人によって初演時より進化した印象の公演となったのですが、さらにエンディングの演出を変えていたことも進化したと思えた要因です。初演時は古い伝統に縛られることなく未来志向といったコンセプトで、往年の名歌手の人達に疎外感が残るものだったのに対し、今回は往年の名歌手の人達も一緒にみんなで青空を眺めるという最後で、古い伝統を大切にしながらも未来志向というコンセプトだったのはより現実的で一体感のある気持ちよいものでした。
 更には新しい才能が加わっていたのも魅力。ダフィット役は発表時は初演時に歌ったリューガマーだったと記憶してますが、リューガマーはフェスのもう一つの演目で主役を歌うことになっていて負担を考えるとバレンボイム先生は他に適役を探していたに違いありません。Siyabonga Maqungoは1989年生まれの南アフリカ人。ボータの後輩です。2018/19シーズンからケムニッツのアンサンブルですが、その前にマイニンゲンで数年間アンサンブルメンバーだったとのこと。小太り体型がなんとも憎めない素朴な雰囲気で、芯のある若々しく張りのある声で好演。バレンボイム先生の指導もあったでしょうが、既にドイツでキャリアを積んでいることもあってか歌い方も自然で、カーテンコールでは他のメインキャスト同様、盛大に称賛されてました。キャスト変更によって往年の名歌手度がアップしたことで、テレ朝の『やすらぎの郷』状態になってもおかしくないところを、グっと未来志向という演出に引き寄せる力を発揮した存在で、この機会は彼自身にとっても大きなステップアップとなったに違いありません。
 バレンボイム指揮の演奏は全体を通していうと、やや速めという印象。キャスト変更もあったのでテンポの変化は歌手に寄り添い、登場人物の心情に合わせた自然な流れでした。2幕最後の殴り合いの場は快速特急でしたが、さすが長年寄り添っているオケとあってよくついていって、その活力溢れるさまは痛快でした。

 尚、マツーラは御歳95になったとのこと。来シーズンの再演はありませんが、近い将来再演があることを願い、元気なお姿でご出演いただきたいものです。

 今回三公演あったうち、フォークトが歌ったのはこの公演のみ。初演時からのメインキャスト、コッホ、フォークト、クライターのうち一人でも欠けたらここまで充実した公演になったかは分かりません。この公演に接することができたことは幸運というほかなく、これで運を使い果たし、やがて不運もやってくるとまで覚悟してしまいました。そしてすぐにその時は訪れ、帰国便の機内で悪寒がすると思っていたら帰国したときにはフラフラで鬼の霍乱状態。発熱で一週間ほどダウンしてました。それでもこの程度で済んだとしたらまだまだ幸運です。
 
 
 
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ダフネ・・・Oper Frankfurt・・・2019/2/1 [オペラ]

 
 シャーガー半端ない、シャーガー神ってる、こんな流行語で表現したくなる公演でした。
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Musikalische Leitung Sebastian Weigle
Regie Claus Guth

Daphne Jane Archibald
Leukippos Peter Marsh
Gaea Tanja Ariane Baumgartner
Apollo Andreas Schager
Peneios Patrick Zielke
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 このプロダクションを鑑賞したのは2010年、ダフネの回想という演出が叙情性を深めた公演でした。今回は2度目ですが、鑑賞しながらこんなシーンだったかと思うことがしばしば。以前より痛々しさが増し、ロイキッポスの死の場面で思わず涙。今までも泣けると表現することはありましたが、本当に涙が溢れたことはほとんどありません。今回ばかりは涙を拭くのに音をたてないようにハンカチをバッグから取り出すのに気を使わざるをえず。それにこんな風に涙するのが自分だけだったら少々恥ずかしくもあり周囲をチラ見。すると何人かやはり目頭を押さえていて、妙に安堵してしまいました。
 以前鑑賞したのは九年も前なので演出を変更したと断定する自信はないのですが、特にアポロの演技、演出を変えているように思え、衣装も他の人達はほぼ同じなのにアポロだけが以前と異なってました。
 アポロ役にシャーガーを起用したことも公演の印象を変える要因であったに違いありません。登場するや否や、カリスマティックな歌声は恐ろしいほどの緊張感と不穏な予感をもたらすに充分。冒頭で半端ない、神ってると書いてしまったのもそんな理由からですが、この演出ではアポロは神ではありません。ロイキッポスを死にいたらせてしまった後のシャーガーは、悪意なく殺人を犯してしまった人間の後悔と懺悔を非常に上手く伝えていて、その末路は観ているものに更なる痛みをもたらしました。
 もう一人のテノール、ロイキッポス役のマーシュが本当に無垢で純粋な歌声だったこともその死に涙せざるをえなかったところ。前回は今やバイロイトでも活躍するようになったベーレが好演してましたが、マーシュも今後活躍の場を広げていくかもしれません。
 タイトルロールのアーチバルトは冒頭こそ声が痩せている感がなきにしもあらずだったとはいえ、すぐにそんなことは気にならなくなり、ロイキッポスの死の悲しみも繊細に歌い上げていたのが印象的でした。

 ヴァイグレ指揮の演奏も緊張感を保ち、あっという間の2時間弱。
 カーテンコールでは再演でも初日とあってグート登場。やはり演出を部分的に変更した可能性は高いと思ったしだい。
 
 

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アンドレアス ショル・・Kirche St. Peter・・2019/1/31 [コンサート・リサイタル]

 冬の旅行は古楽&シュトラウス。到着日は聖ペーター教会でアンドレアス・ショルとチューリッヒ室内管弦楽団のコンサートでした。
Andreas Scholl (Countertenor)
Willi Zimmermann (Konzertmeister)
Zürcher Kammerorchester

Johann Sebastian Bach Kantate «Vergnügte Ruh, beliebte Seelenlust» BWV 170
Arvo Pärt Es sang vor langen Jahren
Johann Sebastian Bach «Chaconne», aus: Partita Nr. 2 d-Moll für Violine Solo BWV 1004, Fassung für Streichorchester
Arvo Pärt Wallfahrtslied
Johann Sebastian Bach Kantate «Widerstehe doch der Sünde» BWV 54
Arvo Pärt Vater unser

 席は自由席だったのですが、行ったときには空いている席を探さなくてはいけないほど既にほとんど満席状態。見つけた空席に座ってみると柱で舞台中央が見えず、中央で歌うであろうショルの姿が全く見えないのも寂しい気がして探し直した結果、後方でしたが柱が少し邪魔になっても舞台中央は見える席を見つけて安堵しました。
 教会内部は古楽を聴くのにちょうど良い音響空間。バッハも良かったですが、ショルの良さがでていたのはペルト。優しく伸びやかな歌声に長旅の疲れも癒された宵でした。
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アルチーナ・・Staatsoper Hamburg・・・2018/10/3 [オペラ]

 ボーっと生きてます。
 冬の旅行の前には書いておきたかったのに放置。結局冬の旅行はとっくに終了。この感想をアップしても4公演たまっている状態で、さらに早春の旅行に行ってしまいそうです。

 今、歌手で聴きたい人というとハレンベリ、レジネヴァ、アスプロモンテ等、古楽系の人達。特にハレンベリとレジネヴァはオペラの出演機会は多くないのでオペラ出演となると行かずにはおれず。ましてこの公演はレジネヴァの他、ファジョーリまで歌うのですから聞き逃すわけはありません。

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Musikalische Leitung Riccardo Minasi
Inszenierung Christof Loy

Alcina Agneta Eichenholz
Ruggiero Franco Fagioli
Bradamante Sonia Prina
Morgana Julia Lezhneva
Oberto Narea Son
Oronte Ziad Nehme
Melisso Alin Anca

Orchester Philharmonisches Staatsorchester Hamburg
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 お目当てのユリアちゃんの技術と表現の多彩さはグルベローヴァを彷彿とさせるものがあり、聴けて大満足。それに舞台での可愛らしい姿と自然な演技も魅力的でした。
 タイトルロールのアイヒェンホルツを聴くのはルールトリエンナーレの『ラインの黄金』でフライア、ウィーンでルルと今回で3回目。背が高くクールな美人で声も美声、感情表現にも長けた人という印象。ただどういうわけかいつも共演者に恵まれすぎて割りをくっている感がなきにしもあらず。『ルル』ではデノケに持っていかれ、今回はレジネヴァ。もちろんそう感じてしまうのは個人的嗜好の問題ではあります。
 ファジョーリの聴かせどころSta nell'Ircanaではチューリッヒのグート演出『アルチーナ』同様、ダンサーが勢ぞろいして大盛り上がり。チューリッヒほどダンスでバタバタと足音を立てることもなく、ファジョーリは舞台中央で斜めに身構えて見事な歌いっぷりを披露してくれました。
 他の出演者も好演。プリナの個性的で大胆なアジリタは様式感が微妙になりそうにながらも公演のスパイスとして存在感大でした。

 今回のオケは古楽オケでないせいか、途中アルチーナの独唱でゆっくり目のテンポに重だるい印象がなきにしもあらず。ただそのテンポで歌ってこそアイヒェンホルツの良さが出ていた感があり、指揮のミナージがそれぞれの歌手の良さを引き出していたとも言えるものでした。

 演出はアルチーナの魔法がかかっている場面では華やかで古風な衣装、魔法がとけると現代の衣装といった趣向で分かりやすく、最後には現代的演出のお約束とばかりサプライズもありでした。

 この日のお隣さんは古楽ファン。ファジョーリやレジネヴァの技術の素晴らしさは認めながらもディクションの曖昧さが気になるのでジャルスキーやピオーの方が好みと言ってました。人それぞれ拘りはあるものです。確かにそういった面はあると同意しつつも[猫]はイタリア人でもなし、そういったことより他の人では味わえない魅力に惹かれずにはおれないというところです。


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死の都・・・Staatsoper Hamburg ・・2018/10/2 [オペラ]

 2日前に不調のアナウンスがあったフォークトは出演するのかと疑問を持ちつつ、それでもこのプロダクションでのフォークトは聴いたことがあるので、ダブルキャストの一人、ワークマンでも聴いてみたいなどと、フォークト目当ての人が聞いたら叱責されそうなことを考えてました。チコちゃんに叱られなければ良しとします。
 以前鑑賞した公演の感想は→こちら
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Musikalische Leitung Roland Kluttig
Inszenierung Karoline Gruber

Paul Klaus Florian Vogt
Marietta / Die Erscheinung Mariens Allison Oakes
Frank / Fritz Alexey Bogdanchikov
Brigitta Marta Swiderska
Juliette Na'ama Shulman
Lucienne Gabriele Rossmanith
Gaston / Victorin Sungho Kim
Graf Albert Dongwon Kang
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 案の定、始まる前にアナウンスあり。しかも二人も調子が悪いと。ところがところが、フォークトの名前はなし。これは先に他の二人に言われてしまったので調子が悪いとは言えなくなってしまったとか?と穿った見方もしてしまいましたが、確かに調子の悪さを感じることもなく、以前聴いたとき同様、名演でした。
 それでも公演全体の印象としては異なる面がなきにしもあらず。
 以前は演奏が爆演といってよいくらい鳴らしてましたが、歌手が二人も調子が悪いとなればそんな酷なことができるはずありません。そのため迫りくるような臨場感といったものが希薄に感じたのは致し方ないところ。それに物足りないというほどではありませんでした。
 演出についても少しの演技の違いが異なる印象をもたらす結果となりました。最後の場面、以前は椅子に腰かけているパウルの傍らにマリーが立っていたのに、今回は跪いているという演技。笑みを浮かべていたのは同様だったのですが、パウルを見下ろすように立たずんでいたときには不気味な印象が残ったのに対し、跪いて下を向きながら微笑むという演技はパウルが癒されるときもあるかのような余韻を残しました。
 この作品を鑑賞することが震災の喪失感を思い出す引き金となるのは相変わらず。その余韻はパウルのみならず観ているものにとっても救いでした。
 
 フォークトに加え歌手で良かったのはマリー/マリエッタ役のオークス。調子が悪いということで一か所だけ辛そうに発声していた場面はあったとはいえ、どの音域でも美しい発声で声質が均質だったのが好印象でした。

 尚、臨席の人と話すことは結構あるのですが、今回のお隣さんはフォークトファン。知り合いの人からフォークトがパウルを歌うのは最後かもしれないと聞いて来たとのこと。来年6月にスカラで歌うと教えてあげたら行く気満々になってました。パウルはもう歌わないということの真偽のほどは分かりませんが、[猫]も他の演出で聴いてみたいので行かなくてはいけない気がしてます。

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コンコード ソナタ・・ELBPHILHARMONIE HAMBURG ・・2018/10/1 [コンサート・リサイタル]

 ミュンヘンの次は3日のハンブルク『アルチーナ』が目的とあって、1日、2日とどうするかがまた悩みどころでした。パリで興味のある公演があったので、1年前だったら間違いなくパリに行ったのですが、再度頭に浮かんだのがチコちゃん。しんどい思いをしたらまた叱られる。ということでチコちゃんのお陰でエルプフィルハーモニー初体験!

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Adam Walker Flöte
Tabea Zimmermann Viola
Pierre-Laurent Aimard Klavier

PROGRAMM
Edgard Varèse
Density 21.5
Dmitri Schostakowitsch
Sonate für Viola und Klavier op. 147
- Pause -
Elliott Carter
Scrivo in vento
Charles Ives
Sonate Nr. 2 Concord, Mass., 1840-1860

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 馴染みの薄い曲ばかりでしたが、卓越したテクニックに裏打ちされた名演を堪能。最後のアイヴズのコンコードソナタはエマールが来日した折にも演奏していたようですが、途中フルートがホール上方で奏で、ピアノと重なったのは更なる広がりと透明感をもたらした演出でした。
 
 惜しむらくは観客のマナー。フルートの独奏は技術を駆使してさまざまな音色で表現する曲でしたが、客席からこともあろうに笑い声。ピアノ演奏が盛り上がりを見せた場面では曲の途中であるにもかかわらず拍手。入口付近でチケットを配っているツアコンらしき人がいて嫌な予感はしたのですが、[猫]は久々に身も心もペッタンコの脱力平目状態でめげそうでした[もうやだ~(悲しい顔)]

 『ネコちゃんに誉められる』とタイトルを変えたからにはブツブツと言いたくはないのです。常日頃そのために苦手な劇場や演目にはなるべく足を運ばないように心がけているのですが、観客のマナーは如何ともしがたし。ホール内まで観光地化しているかのようでなんとも残念でした。

 次の日はお天気が悪かったのですが、その次の日は晴れたのでプラザレベルからの眺望を楽しみに再訪。入口付近がごった返す中、係員がいてバーコード付き入場券を配布してました。
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 入口を入ると長いエスカレーターを利用。バリアフリーの時代にエレベーターがないわけないだろうと思って帰りはエレベーターを使ってみたところ、正面の出入口とは別で、建物の右側面に出ました。(正面入り口に向かって右)

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 尚、コンサートの休憩時には化粧室が少なくて大行列。この日のプラザレベルも同様。コンサートのときはそれほど内部をくまなく探したわけではないので、どこか他にもあるはずです。次回機会があったら時間に余裕をもってきてあちこち見ることにします。




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ニュルンベルクのマイスタージンガー・・Bayerische Staatsoper・・2018/9/30 [オペラ]

 前日にザックス役のコッホが降板、代役はフォレとのメールあり。フォレなら文句なしとは思ったものの、考えてみるとこの日はベルリンでバラクを歌っているはずで、翌日ザックスは辛そうでしたが・・・。
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Musikalische Leitung Kirill Petrenko
Inszenierung David Bösch

Hans Sachs Michael Volle
Veit Pogner Georg Zeppenfeld
Kunz Vogelgesang Kevin Conners
Konrad Nachtigall Carsten Sabrowski
Sixtus Beckmesser Markus Eiche
Fritz Kothner Michael Kupfer-Radecky
Balthasar Zorn Ulrich Reß
Ulrich Eißlinger Stefan Heibach
Augustin Moser Thorsten Scharnke
Hermann Ortel Levente Páll
Hans Schwarz Peter Lobert
Hans Foltz Timo Riihonen
Walther von Stolzing Klaus Florian Vogt
David Daniel Behle
Eva Julia Kleiter
Magdalene Claudia Mahnke
Nachtwächter Milan Siljanov

 開演前にもコッホの代わりにフォレが歌うとアナウンスがあり、さらに、フォークトが風邪、え~~~聞いてないよとばかり観客の失望の声、でも歌うということで拍手でした。

 バイロイトのコスキーの演出はワーグナーの生涯と反ユダヤ主義に焦点を当てながらもコメディとしての作品を損なうことなく描きだしたものでしたが、今回のベッシュの演出もベックメッサーへの苛めが酷く、大戦前の反ユダヤを連想せずにはいられませんでした。ただし、コミカルな部分はあっても、その結末はとてもコメディとは言えるものではありません。ベッシュはドイツ人だからこそ過去にあった事実を辛辣に描いたのかもしれません。一方でナチスに利用されたことでこの作品に付きまとう影の部分を払拭するために、反ユダヤ主義批判に利用した、つまり作品そのものの中立性を示したとも取れ、さらには現代のさまざまな虐め問題に通じるものがあるようにも思えました。
 当時、反ユダヤの状況に疑問や後ろめたさを感じていたドイツ人は少なからずいたに違いありません。しかし、皆自らの保身のために見て見ぬふりをしていた。それだけでなくジレンマをかかえながらも反ユダヤに加担した人もいたかもしれません。暴力が蔓延る荒廃した街でフォレ演ずるザックスはそんな人物の一人に見えました。
 ところで、この日の公演は開演が午後3時と早く、ベルリンから移動して準備できたことは舞台上での動きの確認が主で、音楽的な面は多くを求めることはできなかったのではないでしょうか。もちろん変更が観客に連絡があったのは前日でもフォレにはそれより早く連絡がいったはずで、なんらかの方法で演出のコンセプトや音楽的要点は説明していたことでしょう。それにフォレは元ここバイエルンのアンサンブルで、勝手知ったる劇場です。とはいえ、ここ数年はベルリンで歌うことが多く、ペトレンコともそれほど多くの共演機会はなさそうです。ペトレンコとしては多くを要求することはせず、要点のみで、こちらが後は合わせますというところではなかったかと。そう推測してしまうほどフォレは自然体で見事に演じ歌い、ペトレンコ指揮の演奏はフォレが歌う場面では優しく寄り添うかのようでした。それでも終了後には激しく突き放すような演奏の印象が残ったのは演出のコンセプトと重なるもので、ペトレンコがフォレを上手く公演に溶け込ませたとも言えそうです。
 
 始まる前に不調のアナウンスがあったフォークトは確かに終盤ハラッとするようなときがなきにしもあらず。それでもその緊張感は劇的信憑性にも通じて、この役は少し調子悪いくらいで歌った方が良いくらいではないかと思えたのですが、それは少々贔屓目なのかもしれません。
 ツェッペンフェルトはこの日も盤石。今やドイツ人バスの双璧はこの人とパーペ、しかも調子の悪いときがあるのかと思うくらい、いつも上質の歌声を披露してくれます。
 ベックメッサーをコミカルな演技を交えながら上手く演じていたアイヒェですが、散々苛められた上に、歌合戦の舞台に上がる階段が壊れるというアクシデントに転びそうになって踏んだり蹴ったり。なんでよりによってベックメッサーの番で壊れるかなー。
 以前聴いた時よりも声が細く感じたのがクライターとベーレ。これは劇場の違いということなのか、あるいは役柄設定の違いということなのか分かりませんが、クライターはシラーで聴いたときよりも年齢的に若い少女のようで、ベーレはバイロイトのときと異なり少しトボけた感じのダフィットという印象でした。
 嫌悪感を抱いたとき、反吐が出ると表現するときがあります。歌合戦の余興で酔っぱらったダフィットが最後に取った行動こそベッシュが伝えたかったことかもしれません。

 フォレを代役として得た公演は、音楽的にはペトレンコの元々の構想が全てに行き届いたか否か分からず、辛辣な演出に感動という言葉は使い難くもありましたが、妙を得たと言っても良いような一期一会の公演でした。
 カーテンコールは称賛に溢れ、特にフォレには最大級の称賛が送られました。
 
 
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ラ・ボエーム・・・Opernhaus Zürich・・・2018/9/29 [オペラ]

 一生見なくてもよいと思っている演目。懲りずに見てブツブツ言うようなことがあったら学習能力のなさに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」とまたまたチコちゃんに叱られてしまいます。一年前だったらこの日はバーデンバーデンへ行ってラ・ルペッジャータ&サバドゥスの公演に間違いなく足を運んでいたのですが、あちこち行ってしんどい思いをしてもやはり「ボーっと生きてんじゃねえよ!」という羽目になるので、いずれにせよ叱られるなら身体が楽な方が良しとしました。それに見なくても良いといっても見たくないわけではありません。
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Musikalische Leitung Speranza Scappucci
Inszenierung Ole Anders Tandberg

Rodolfo Benjamin Bernheim
Marcello Yuriy Yurchuk
Schaunard Huw Montague Rendall
Colline Stanislav Vorobyov
Mimì Guanqun Yu
Musetta Georgia Jarman
Benoît Pavel Daniluk
Alcindoro Valeriy Murga
Parpignol Tae-Jin Park
Doganiere Arjen Veenhuizen
Sergente dei Doganieri Arthur Pirvu

 ロドルフォと仲間達は演劇仲間、小さな劇場は彼らの住まい、ロドルフォは劇作家兼演出家、マルチェロは舞台美術担当という設定。少々無理のある場面もありましたが、途中コミカルなアイデアもあり、あったり前田のクラッカー的演出、つまり、このギャグが流行った60年代から大して変化のない眠気をもよおすような演出よりは良い気はしました。
 ロドルフォ役はついドイツ語読みでベルンハイムと書きたくなるのですが、フランス人。調べるとベルネームと出てくるのでベルネームがフランス語読みなのでしょう。元チューリッヒのアンサンブルということで以前ここで聴いたことがあり、良いテノールと思ってはいたのですが、順調に活躍の場を広げてこのところあちこちの有名歌劇場で名前を目にするようになりました。確かに大劇場でも歌える豊かな声量、感情表現と言った面でも秀で、今回の歌手の中では抜きんでた存在でした。
 調べるとミミ役のユもザルツブルク『二人のフォスカリ』で聴いていたのですが、興味のない演目だったこともあってか忘れてました<(_ _)>。今回のミミは中低音に素朴な柔らかさがあって好印象。
 演奏もその他の出演者も活き活きとしてチームワークよく、なにより最後は泣けたので納得。

 ブツブツ文句を言うようなことも無く、チコちゃんに叱られずにすんだかとホッとしているような感があるのが我ながら笑えます。どうもチコちゃんが脳裏に焼き付いて離れません。脳裏チコちゃん焼き付けの刑に処されているようです<(_ _)>



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試練の中の真実・・Opernhaus Zürich ・・・2018/9/28 [オペラ]

 相変わらずの放置。単に怠惰なだけというのは否めませんが、帰ってからすぐに書く気がしないのは次の遠征計画を定めないと落ち着かないというところ。10月上旬には帰国したにもかかわらず、今回は次がなかなか決まらず四苦八苦(大袈裟<(_ _)>)、ようやく決めたのでボチボチ書くとします。5公演溜まってるので全て書くのに年を越してしまうのは間違いないのですが、なんとか次の旅行の前までには書きあげたいものです。

 秋の旅行は古楽&ワーグナー。ただ最初の二日をベルリンにするか、チューリッヒにするかが迷いどころでした。結局、直行便があるということと、その後ミュンヘンに移動することを考えてチューリッヒに入りましたが、ベルリンでは指揮のミンコフスキが怪我のため降板ということで、後ろ髪を引かれる理由は減少した気がしました。
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Musikalische Leitung Ottavio Dantone
Inszenierung Jan Philipp Gloger

Rosane Anna Devin
Rustena Liliana Nikiteanu
Melindo Christophe Dumaux
Damira Delphine Galou
Zelim Deniz Uzun
Mamud Richard Croft
Orchestra La Scintilla
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 ヴィヴァルディはヘンデルと共に歌唱技術を堪能できる作品が多いので聞き逃せません。ただそれほど上演機会は多くないせいか、あらすじを調べてもネット上では大まかなものしかありませんでした。
 君主マムードには第一夫人ルステナと第二夫人ダミラがいて二人同時期に出産。ダミラを愛しているマムードはダミラの子に後を継がせようと生まれてすぐ二人の子を入れ替えたことが悲劇の始まり。子供が長じ、いざ遺産相続となるとルステナの産んだ子ゼリムが不憫でならなくなったマムード。全てを明かしてゼリムに財産を譲るとしたからドッロドッロの顛末に。さらにメリンドの恋人ロザーヌは元ゼリムの恋人というのもドッロドッロ感を増す要素ですが、オリジナルの話は上手く折り合いをつけてハッピーエンドというのがいかにも古楽の作品であります。
 今回の公演は時代を現代に設定した演出で、ハッピーエンドなど、そうは問屋が卸すはずはありません。登場人物一人一人の個性が際立つ演出で分かりやすく、シニカルな面白さで楽しめましたが、最後はハッピーエンドではないと予想しつつも・・・ガーン!・・・でした。

 ロザーヌ役はオリジナルの話よりも更にしたたかな役柄設定で、なんと父親のマムードにまでアプローチするという大胆さ。いつもここチューリッヒで活躍しているフックスがご出産のため降板したのは残念でしたが、代役のデヴィンが実に上手く演じ歌っていて好印象。したたかでありながら最後はオリジナルの話どおりにメリンドへの愛を貫くのですが、その結末がガーン・・・でした。
 ゼリム役はチューリッヒの若手アンサンブル。バイエルンの若手育成プログラム出身で『炎の天使』に出演していた人でした。その時のことはほんのチョイ役だったとあって覚えてないのですが、物憂げでまろやかな歌声で好演。役作りが非常に上手く、愛人の子、さらには恋人も去ってしまったということで暗く寂し気なニュアンスに溢れて適役でした。
 メリンド役のデュモーは見事なアジリタ三昧を披露。ゼリムが後を継ぐとなった後のブチギレ状態は強烈で、声質といい雰囲気といい、悪役だけでなく、ブチギレ役も独特の存在感を示せる人です。 
 ダミラはメイドで愛人という設定。いつまでたっても結婚してくれないマムードに対して不満を爆発させてかなり激しく演技をしても様式感を逸脱しない歌唱だったのがガルー。
 諸悪の根源とでもいったマムードは品は良いけど優柔不断で少々情けないオッサン。正妻のルスティナはおっとりと上品な雰囲気で実子ではないと分かった後でもメリンドに対しても実子であるセリムに対しても愛情溢れる人。それぞれベテランとあってそつなく演じたのがクロフトとニキテアヌ。

 ダントーネ指揮チューリッヒの古楽オケ、ラ・シンティッラの演奏は演出や歌手に添ったテンポの変化や間合いで完成度が高く、結末に愕然としながらも楽しめた公演でした。
 
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