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ロベルト デヴェリュー・・Bayerische Staatsoper・・・2019/3/23 [オペラ]

 グルベローヴァのオペラ出演はこの『ロベルト・デヴェリュー』4公演をもって最後となりました。
 当初、不覚にも[猫]は最後ということに気づいておらず、ユリアちゃんの次の公演である27日ウィーンまでの間、ベルリン、ドレスデンと移動を計画。しかし、最後と知ったからには行かないわけにはまいりません。ユリアちゃんの追っかけ目的で計画した旅行ですが、むしろこの公演を主目的にしなくてはいけないくらいです。気づいたときに1席だけ残っていたのは幸いでした。

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Musikalische Leitung Friedrich Haider
Inszenierung Christof Loy

Elisabetta Edita Gruberova
Herzog von Nottingham Vito Priante
Sara Silvia Tro Santafé
Roberto Devereux Charles Castronovo
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 歌劇の歴史に名を残すディーヴァの最後のオペラ公演は、共演する歌手、指揮者、オケをはじめ全てのスタッフにとって特別な公演であろうことがひしひしと伝わる公演でした。もちろん観客にとっても特別な公演となったのは言うまでもありません。
 カーテンコールは長年にわたる功労を称え、感謝する観客の称賛でいつにも増して長く続きました。

 歌劇に興味を持ち始めた頃、ベルカントものが好きだと思ってましたが、それは勘違いだったようです。グルベローヴァ以外でこの演目を聴きたいと思うかといえば肯定できず、グルベローヴァだからこそ聴きたかったと言わざるをえません。今後興味を持ってこの作品を聴きたいと思える人は現れるでしょうか?

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セビリアの理髪師・・・Staatsoper Hamburg・・・2019/3/21 [オペラ]

 3月の旅行の目的はユリアちゃんの追っかけ。ロッシーニのブッファは使いまわしが多いせいか、どれも似たり寄ったり。正直なところ、もうあまり聴く気がしないのですが、ユリアちゃんが歌うとあれば別問題です。
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Musikalische Leitung Roberto Rizzi Brignoli
Inszenierung nach: Gilbert Deflo

Il Conte d'Almaviva Antonino Siragusa
Don Bartolo Maurizio Muraro
Rosina Julia Lezhneva
Figaro Franco Vassallo
Basilio Alin Anca
Fiorello Jóhann Kristinsson
Berta Ida Aldrian

 演出は1976年初演なので鉄板のレパートリー。それだけ長く続いているのは多くの人に支持されている演出ということでしょうが、やはり当たり前の演出は高揚感に欠けるのは否めません。それでもたまには良いとしておきます。それに歌手の人達にとって初演は演出家や指揮者からの要求が多く、そればかりでは疲労困憊。自由度が高いレパートリーもないと息がつまりそうです。
 指揮者は元々ファソリスだったのですが、気がついたときにはブリニョリに変更。指揮者としてはヴァッサーロ、シラグーサ、ムラーロと3人がいれば任せて安心、3人のベテランイタリア人歌手が公演の屋台骨といった印象の公演でした。
 ユリアちゃんを2010年にザルツブルクで初めて聴いた時はプログラムにソプラノと書いてあったのに、いつの間にかメゾとなっていて少々意外に思ったときもありました。しかし、今や第一声からして明らかにまろやかなメゾの声です。定番の演出ということもあり、歌に集中して丁寧な歌いまわしで聴かせてくれて、ベテラン歌手の間にあっていつにもまして初々しく、深窓の令嬢といった印象のロジーナでした。
 バジーリオ役の人はアンサンブルメンバーということでオトボケが堂にいった演技で好演。
 5人の重唱は見事に調和してました。
 公演のハイライトはアルマヴィーヴァがバルコニーの下で歌う愛のカンツォーネ。シラグーサがギターを自ら奏でながら歌ったのは素敵な見どころ、聴きどころでした。オケはその間お仕事がないので観客になっているメンバーも数人いましたが、滅多にない嬉しい機会だったことでしょう。
 ただし、シラグーサをキャスティングしながら最後のアリアはカットのまま。あくまでレポートリーとして特別なことはしなかったのは鉄板のレパートリーというより鉄壁のレパートリーかと思えた堅さでした。劇場の方針なのでしょうが、ドイツ、特に北部はロッシーニ作品に関心が高くないのかもしれません。
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エレクトラ・・・Staatsoper Unter den Linden・・2019/2/3 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Patrice Chéreau

KLYTÄMNESTRA Waltraud Meier
ELEKTRA Ricarda MerbethSabine Hogrefe
CHRYSOTHEMIS Vida Miknevičiūtė
AEGISTH Stephan Rügamer
OREST René Pape
DER PFLEGER DES OREST Franz Mazura
DIE VERTRAUTE, DIE AUFSEHERIN Renate Behle
1. MAGD Bonita Hyman
2. MAGD Marina Prudenskaya
3. MAGD Katharina Kammerloher
4. MAGD Anna Samuil
5. MAGD Roberta Alexander
DIE SCHLEPPTRÄGERIN Marina Prudenskaya
EIN JUNGER DIENER Florian Hoffmann
EIN ALTER DIENER Olaf Bär

 タイトルロールのオリジナルはヘルリツィウスだったのが1か月前くらいにメルベートに変更。しかし当日になってみると始まる前にメルベートが具合が悪くホグレーフェが歌うとのアナウンス。
 シェロー演出のこのプロダクションはエクサンプロヴァンスで鑑賞済みで、タイトルロールが出ずっぱりの演出なのに大丈夫かと思ったのですが、最後の踊りの場面以外は違和感なく無難にこなしてました。後で調べてみるとメトでも代役として同演出で歌ったことがある人と判明。ただ踊りが終始緩慢だったのは、ヘルリツィウスの緩急交えた熱く激しい踊りによって高揚感が最高潮になったのと比べると肩透かしといった感は否めず。メトでもここでも演技指導はあったはずなので、あのヘルリツィウスの踊りは彼女だからこそということなのか、演出家が故人となった今、演技指導は型通りということもあるかもしれません。
 結局、最も印象に残ったのはオレストとエレクトラの再会の場面。声のトーンを変え、語りかけるように歌うパーペの上手さは贔屓目ではなく際立ちました。マイヤーさまもさすがと思わせる面もありましたが、年月には逆らえないと思うところもあり。クリソテミス役の人が細くて華奢なのによく通る声で好演でした。
 
 演出はセットの雰囲気からして夏のエクサンプロヴァンスが合っているものですが、舞台の広さもしかり。ここの舞台がいつになく狭く見えて閉塞感がなきにしもあらずでした。

 演奏はワーグナーを聴いているようなゾクゾク感を感じることしばしば。いつもここでワーグナーを聴いているせいかとも一瞬思いましたが、ワーグナーの影響が色濃く表れた時代の作品です。それを強く感じた演奏でした。

 席はオケピを覗けるサイドの席。改修後に何回かこの位置に座った時と同様、こういった席では音響改善は演奏ほど歌手にはプラスに働かず、演奏の方が勝ってしまうことしばしば。しかし、この後4月に行ったときは同じような位置の席だったのに、そんなことは全く気にならず、歌手の声が演奏に埋没することはありませんでした。気づくとオケピの上方に下の写真のような反響版が設けられてました。この2月に訪れたときにはなかったように思うのですが、いつから装備されたのでしょう?
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セルセ・・・Oper Frankfurt・・・2019/2/2 [オペラ]

 この時期に遠征したのはベルリンフィルデビューが決まっているカリデイスが指揮を執るこの公演が気になったからです。
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Musikalische Leitung Constantinos Carydis
Regie Tilmann Köhler

Xerxes Zanda Švēde
Arsamene Lawrence Zazzo
Romilda Louise Alder
Atalanta Elizabeth Sutphen
Amastre Katharina Magiera
Ariodate Božidar Smiljanić
Elviro Thomas Faulkner

Frankfurter Opern- und Museumsorchester
Vokalensemble
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 様式だけにとらわれず、劇としての信憑性と面白さも追求していた公演でした。
 
 しっとりと聴かせるアリアでは歌手はほとんど動くことなくゆっくりと歌ったのに対し、歌い方も演技も感情を露わに激しく表現する時があり、おのずとテンポが変化したのですが、演出と合って自然な流れでした。 
 ある歌手のインタビュー記事でカリディスは歌い方を細かく指示する指揮者だったと読んだことがあります。ドイツでは指揮者が歌い方を指示することは伝統的とはいえ、イタリアもの、しかも古楽を主としている歌手の人達にとってはどうなのだろうと思いながらの鑑賞でしたが、素人に指揮者の指示の有無を判断できるわけがありません。歌手の人達はテンポの変化も激しい演技もなんら苦も無く歌い演じていて、再演の最後の公演ということもあり、オケの演奏も含めて完成度の高い公演でした。
 途中カスタネットやタンバリンの周囲のシンバルを鳴らしたような音がしたのは今までこの作品で聴いたことがなく、そんな新鮮さとアグレッシブともいえる音楽づくりは同じギリシャ出身のクレンツィスに少し似ているような気もしました。

 オケピの周囲に歌手が通れる通路を設け、舞台の奥行が狭い歌手に優しいセット、時代は現代に設定した演出でした。幕や壁の背後でも演じることがあり、それをカメラで撮影しながら幕や壁に映し出すという手法はシンプルな舞台には効果的に思えました。

 カーテンコールは賞賛に溢れ、歌手の人達の満足気な笑顔が印象的でした。

 
 
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ニュルンベルクのマイスタージンガー・・Staatsoper Unter den Linden・・2019/4/14 [オペラ]

 フォークト半端ない。フォークト神ってる。
 フォークトについては今までも不思議くんだのユニコーンだの超サイヤ人などさんざん普通でない表現を使ってきたので、何を今更という感がなきにしもあらず。しかし、前日ザルツブルクで同役を歌ったのにもかかわらず、代役として歌ったこの日もトップフォームと言って良いほどで、やはり半端ない、神ってる、と書かずにはおれません。この役は少々調子悪いくらいのほうが緊張感に信憑性がでて良いかもなどと書いたこともありましたが、我ながら笑止千万。単なる世迷言でしかなかったと思い知らされたのでした。
 尚、シャーガーが神った『ダフネ』からフォークトが神った『マイスタージンガー』までの間八公演鑑賞してますが、神ったついでで先にこの公演をアップ。他は気が向いたら書くこととします。
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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Andrea Moses

HANS SACHS Wolfgang Koch
VEIT POGNER Matti Salminen
EVA Julia Kleiter
WALTHER VON STOLZING Klaus Florian Vogt
DAVID Siyabonga Maqungo
MAGDALENE Katharina Kammerloher
KUNZ VOGELGESANG Graham Clark
KONRAD NACHTIGALL Adam Kutny
SIXTUS BECKMESSER Martin Gantner
FRITZ KOTHNER Jürgen Linn
BALTHASAR ZORN Siegfried Jerusalem
ULRICH EISSLINGER Reiner Goldberg
AUGUSTIN MOSER Florian Hoffmann
HERMANN ORTEL Arttu Kataja
HANS SCHWARZ Franz Mazura
HANS FOLTZ Olaf Bär
NACHTWÄCHTER Erik Rosenius
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 舞台上は始まる前から一人、二人と人が集まり始め、その中に往年の名歌手達の姿が現れると隣のおじさんはイェルサレム、クラーク、マツーラ、ゴルトベルクなど指さしながらワクワク。生粋のワグネリアンでした。すると舞台にマイクを持った人も登場。ベルリンは真冬の寒さだったのでキャスト変更があるだろうとは予想してましたが、ユンとクレンツレが降板。サルミネンとガントナーが代役とあって往年の名歌手度アップ。さらに・・・隣のおじさん「今ヴォーグトが歌うって言った?」「はい。フォークトです。」おじさん頭をかかえて「ヴォーグト?本当にヴォーグトが歌うの?」「ハイ!ヴォーグトです!」ドイツの人ではなかったのでヴォーグトと言ったほうがピンとくるらしく、始まる前からおじさんは昇天するのではないかと思うほど大興奮。いや、おじさんだけでなく、会場全体が始まる前から熱気に包まれ、公演は観客の興奮と期待そのままに、素晴らしい現在進行形の『マイスタージンガー』となりました。
 フォークトは元ゼンパーのアンサブルなので、今回SKDとSKBの公演が同時期になってしまったことでSKDの公演を優先せざるをえなかったのは仕方のないところ。しかし、この公演も初演時に出演したとあって、できることなら出演したいと思っていたに違いありません。カーテンコールでの晴れやかで満足気な笑顔がそれを物語っていました。初演時から三年以上経過しているにもかかわらず、演出はしっかりと身に沁みついているといったところで公演に溶け込み、コッホとのやり取りなどは自然すぎてアドリブでやっているかとも思えた場面もあり。歌合戦での『朝はバラ色に輝いて』は往年の名歌手の人達も聞きほれているようでしたが、個人的に最も素敵だと思ったのはエファに向かって歌ったとき。エファ役のクライターもこの演出では一段と活き活きと輝いて美しく、印象的な名場面でした。
 フォークトだけでなく、コッホとクライターも初演時より演出に対する熟練度が進んでいるように思われ、この三人によって初演時より進化した印象の公演となったのですが、さらにエンディングの演出を変えていたことも進化したと思えた要因です。初演時は古い伝統に縛られることなく未来志向といったコンセプトで、往年の名歌手の人達に疎外感が残るものだったのに対し、今回は往年の名歌手の人達も一緒にみんなで青空を眺めるという最後で、古い伝統を大切にしながらも未来志向というコンセプトだったのはより現実的で一体感のある気持ちよいものでした。
 更には新しい才能が加わっていたのも魅力。ダフィット役は発表時は初演時に歌ったリューガマーだったと記憶してますが、リューガマーはフェスのもう一つの演目で主役を歌うことになっていて負担を考えるとバレンボイム先生は他に適役を探していたに違いありません。Siyabonga Maqungoは1989年生まれの南アフリカ人。ボータの後輩です。2018/19シーズンからケムニッツのアンサンブルですが、その前にマイニンゲンで数年間アンサンブルメンバーだったとのこと。小太り体型がなんとも憎めない素朴な雰囲気で、芯のある若々しく張りのある声で好演。バレンボイム先生の指導もあったでしょうが、既にドイツでキャリアを積んでいることもあってか歌い方も自然で、カーテンコールでは他のメインキャスト同様、盛大に称賛されてました。キャスト変更によって往年の名歌手度がアップしたことで、テレ朝の『やすらぎの郷』状態になってもおかしくないところを、グっと未来志向という演出に引き寄せる力を発揮した存在で、この機会は彼自身にとっても大きなステップアップとなったに違いありません。
 バレンボイム指揮の演奏は全体を通していうと、やや速めという印象。キャスト変更もあったのでテンポの変化は歌手に寄り添い、登場人物の心情に合わせた自然な流れでした。2幕最後の殴り合いの場は快速特急でしたが、さすが長年寄り添っているオケとあってよくついていって、その活力溢れるさまは痛快でした。

 尚、マツーラは御歳95になったとのこと。来シーズンの再演はありませんが、近い将来再演があることを願い、元気なお姿でご出演いただきたいものです。

 今回三公演あったうち、フォークトが歌ったのはこの公演のみ。初演時からのメインキャスト、コッホ、フォークト、クライターのうち一人でも欠けたらここまで充実した公演になったかは分かりません。この公演に接することができたことは幸運というほかなく、これで運を使い果たし、やがて不運もやってくるとまで覚悟してしまいました。そしてすぐにその時は訪れ、帰国便の機内で悪寒がすると思っていたら帰国したときにはフラフラで鬼の霍乱状態。発熱で一週間ほどダウンしてました。それでもこの程度で済んだとしたらまだまだ幸運です。
 
 
 
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ダフネ・・・Oper Frankfurt・・・2019/2/1 [オペラ]

 
 シャーガー半端ない、シャーガー神ってる、こんな流行語で表現したくなる公演でした。
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Musikalische Leitung Sebastian Weigle
Regie Claus Guth

Daphne Jane Archibald
Leukippos Peter Marsh
Gaea Tanja Ariane Baumgartner
Apollo Andreas Schager
Peneios Patrick Zielke
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 このプロダクションを鑑賞したのは2010年、ダフネの回想という演出が叙情性を深めた公演でした。今回は2度目ですが、鑑賞しながらこんなシーンだったかと思うことがしばしば。以前より痛々しさが増し、ロイキッポスの死の場面で思わず涙。今までも泣けると表現することはありましたが、本当に涙が溢れたことはほとんどありません。今回ばかりは涙を拭くのに音をたてないようにハンカチをバッグから取り出すのに気を使わざるをえず。それにこんな風に涙するのが自分だけだったら少々恥ずかしくもあり周囲をチラ見。すると何人かやはり目頭を押さえていて、妙に安堵してしまいました。
 以前鑑賞したのは九年も前なので演出を変更したと断定する自信はないのですが、特にアポロの演技、演出を変えているように思え、衣装も他の人達はほぼ同じなのにアポロだけが以前と異なってました。
 アポロ役にシャーガーを起用したことも公演の印象を変える要因であったに違いありません。登場するや否や、カリスマティックな歌声は恐ろしいほどの緊張感と不穏な予感をもたらすに充分。冒頭で半端ない、神ってると書いてしまったのもそんな理由からですが、この演出ではアポロは神ではありません。ロイキッポスを死にいたらせてしまった後のシャーガーは、悪意なく殺人を犯してしまった人間の後悔と懺悔を非常に上手く伝えていて、その末路は観ているものに更なる痛みをもたらしました。
 もう一人のテノール、ロイキッポス役のマーシュが本当に無垢で純粋な歌声だったこともその死に涙せざるをえなかったところ。前回は今やバイロイトでも活躍するようになったベーレが好演してましたが、マーシュも今後活躍の場を広げていくかもしれません。
 タイトルロールのアーチバルトは冒頭こそ声が痩せている感がなきにしもあらずだったとはいえ、すぐにそんなことは気にならなくなり、ロイキッポスの死の悲しみも繊細に歌い上げていたのが印象的でした。

 ヴァイグレ指揮の演奏も緊張感を保ち、あっという間の2時間弱。
 カーテンコールでは再演でも初日とあってグート登場。やはり演出を部分的に変更した可能性は高いと思ったしだい。
 
 

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アンドレアス ショル・・Kirche St. Peter・・2019/1/31 [コンサート・リサイタル]

 冬の旅行は古楽&シュトラウス。到着日は聖ペーター教会でアンドレアス・ショルとチューリッヒ室内管弦楽団のコンサートでした。
Andreas Scholl (Countertenor)
Willi Zimmermann (Konzertmeister)
Zürcher Kammerorchester

Johann Sebastian Bach Kantate «Vergnügte Ruh, beliebte Seelenlust» BWV 170
Arvo Pärt Es sang vor langen Jahren
Johann Sebastian Bach «Chaconne», aus: Partita Nr. 2 d-Moll für Violine Solo BWV 1004, Fassung für Streichorchester
Arvo Pärt Wallfahrtslied
Johann Sebastian Bach Kantate «Widerstehe doch der Sünde» BWV 54
Arvo Pärt Vater unser

 席は自由席だったのですが、行ったときには空いている席を探さなくてはいけないほど既にほとんど満席状態。見つけた空席に座ってみると柱で舞台中央が見えず、中央で歌うであろうショルの姿が全く見えないのも寂しい気がして探し直した結果、後方でしたが柱が少し邪魔になっても舞台中央は見える席を見つけて安堵しました。
 教会内部は古楽を聴くのにちょうど良い音響空間。バッハも良かったですが、ショルの良さがでていたのはペルト。優しく伸びやかな歌声に長旅の疲れも癒された宵でした。
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アルチーナ・・Staatsoper Hamburg・・・2018/10/3 [オペラ]

 ボーっと生きてます。
 冬の旅行の前には書いておきたかったのに放置。結局冬の旅行はとっくに終了。この感想をアップしても4公演たまっている状態で、さらに早春の旅行に行ってしまいそうです。

 今、歌手で聴きたい人というとハレンベリ、レジネヴァ、アスプロモンテ等、古楽系の人達。特にハレンベリとレジネヴァはオペラの出演機会は多くないのでオペラ出演となると行かずにはおれず。ましてこの公演はレジネヴァの他、ファジョーリまで歌うのですから聞き逃すわけはありません。

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Musikalische Leitung Riccardo Minasi
Inszenierung Christof Loy

Alcina Agneta Eichenholz
Ruggiero Franco Fagioli
Bradamante Sonia Prina
Morgana Julia Lezhneva
Oberto Narea Son
Oronte Ziad Nehme
Melisso Alin Anca

Orchester Philharmonisches Staatsorchester Hamburg
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 お目当てのユリアちゃんの技術と表現の多彩さはグルベローヴァを彷彿とさせるものがあり、聴けて大満足。それに舞台での可愛らしい姿と自然な演技も魅力的でした。
 タイトルロールのアイヒェンホルツを聴くのはルールトリエンナーレの『ラインの黄金』でフライア、ウィーンでルルと今回で3回目。背が高くクールな美人で声も美声、感情表現にも長けた人という印象。ただどういうわけかいつも共演者に恵まれすぎて割りをくっている感がなきにしもあらず。『ルル』ではデノケに持っていかれ、今回はレジネヴァ。もちろんそう感じてしまうのは個人的嗜好の問題ではあります。
 ファジョーリの聴かせどころSta nell'Ircanaではチューリッヒのグート演出『アルチーナ』同様、ダンサーが勢ぞろいして大盛り上がり。チューリッヒほどダンスでバタバタと足音を立てることもなく、ファジョーリは舞台中央で斜めに身構えて見事な歌いっぷりを披露してくれました。
 他の出演者も好演。プリナの個性的で大胆なアジリタは様式感が微妙になりそうにながらも公演のスパイスとして存在感大でした。

 今回のオケは古楽オケでないせいか、途中アルチーナの独唱でゆっくり目のテンポに重だるい印象がなきにしもあらず。ただそのテンポで歌ってこそアイヒェンホルツの良さが出ていた感があり、指揮のミナージがそれぞれの歌手の良さを引き出していたとも言えるものでした。

 演出はアルチーナの魔法がかかっている場面では華やかで古風な衣装、魔法がとけると現代の衣装といった趣向で分かりやすく、最後には現代的演出のお約束とばかりサプライズもありでした。

 この日のお隣さんは古楽ファン。ファジョーリやレジネヴァの技術の素晴らしさは認めながらもディクションの曖昧さが気になるのでジャルスキーやピオーの方が好みと言ってました。人それぞれ拘りはあるものです。確かにそういった面はあると同意しつつも[猫]はイタリア人でもなし、そういったことより他の人では味わえない魅力に惹かれずにはおれないというところです。


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死の都・・・Staatsoper Hamburg ・・2018/10/2 [オペラ]

 2日前に不調のアナウンスがあったフォークトは出演するのかと疑問を持ちつつ、それでもこのプロダクションでのフォークトは聴いたことがあるので、ダブルキャストの一人、ワークマンでも聴いてみたいなどと、フォークト目当ての人が聞いたら叱責されそうなことを考えてました。チコちゃんに叱られなければ良しとします。
 以前鑑賞した公演の感想は→こちら
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Musikalische Leitung Roland Kluttig
Inszenierung Karoline Gruber

Paul Klaus Florian Vogt
Marietta / Die Erscheinung Mariens Allison Oakes
Frank / Fritz Alexey Bogdanchikov
Brigitta Marta Swiderska
Juliette Na'ama Shulman
Lucienne Gabriele Rossmanith
Gaston / Victorin Sungho Kim
Graf Albert Dongwon Kang
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 案の定、始まる前にアナウンスあり。しかも二人も調子が悪いと。ところがところが、フォークトの名前はなし。これは先に他の二人に言われてしまったので調子が悪いとは言えなくなってしまったとか?と穿った見方もしてしまいましたが、確かに調子の悪さを感じることもなく、以前聴いたとき同様、名演でした。
 それでも公演全体の印象としては異なる面がなきにしもあらず。
 以前は演奏が爆演といってよいくらい鳴らしてましたが、歌手が二人も調子が悪いとなればそんな酷なことができるはずありません。そのため迫りくるような臨場感といったものが希薄に感じたのは致し方ないところ。それに物足りないというほどではありませんでした。
 演出についても少しの演技の違いが異なる印象をもたらす結果となりました。最後の場面、以前は椅子に腰かけているパウルの傍らにマリーが立っていたのに、今回は跪いているという演技。笑みを浮かべていたのは同様だったのですが、パウルを見下ろすように立たずんでいたときには不気味な印象が残ったのに対し、跪いて下を向きながら微笑むという演技はパウルが癒されるときもあるかのような余韻を残しました。
 この作品を鑑賞することが震災の喪失感を思い出す引き金となるのは相変わらず。その余韻はパウルのみならず観ているものにとっても救いでした。
 
 フォークトに加え歌手で良かったのはマリー/マリエッタ役のオークス。調子が悪いということで一か所だけ辛そうに発声していた場面はあったとはいえ、どの音域でも美しい発声で声質が均質だったのが好印象でした。

 尚、臨席の人と話すことは結構あるのですが、今回のお隣さんはフォークトファン。知り合いの人からフォークトがパウルを歌うのは最後かもしれないと聞いて来たとのこと。来年6月にスカラで歌うと教えてあげたら行く気満々になってました。パウルはもう歌わないということの真偽のほどは分かりませんが、[猫]も他の演出で聴いてみたいので行かなくてはいけない気がしてます。

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コンコード ソナタ・・ELBPHILHARMONIE HAMBURG ・・2018/10/1 [コンサート・リサイタル]

 ミュンヘンの次は3日のハンブルク『アルチーナ』が目的とあって、1日、2日とどうするかがまた悩みどころでした。パリで興味のある公演があったので、1年前だったら間違いなくパリに行ったのですが、再度頭に浮かんだのがチコちゃん。しんどい思いをしたらまた叱られる。ということでチコちゃんのお陰でエルプフィルハーモニー初体験!

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Adam Walker Flöte
Tabea Zimmermann Viola
Pierre-Laurent Aimard Klavier

PROGRAMM
Edgard Varèse
Density 21.5
Dmitri Schostakowitsch
Sonate für Viola und Klavier op. 147
- Pause -
Elliott Carter
Scrivo in vento
Charles Ives
Sonate Nr. 2 Concord, Mass., 1840-1860

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 馴染みの薄い曲ばかりでしたが、卓越したテクニックに裏打ちされた名演を堪能。最後のアイヴズのコンコードソナタはエマールが来日した折にも演奏していたようですが、途中フルートがホール上方で奏で、ピアノと重なったのは更なる広がりと透明感をもたらした演出でした。
 
 惜しむらくは観客のマナー。フルートの独奏は技術を駆使してさまざまな音色で表現する曲でしたが、客席からこともあろうに笑い声。ピアノ演奏が盛り上がりを見せた場面では曲の途中であるにもかかわらず拍手。入口付近でチケットを配っているツアコンらしき人がいて嫌な予感はしたのですが、[猫]は久々に身も心もペッタンコの脱力平目状態でめげそうでした[もうやだ~(悲しい顔)]

 『ネコちゃんに誉められる』とタイトルを変えたからにはブツブツと言いたくはないのです。常日頃そのために苦手な劇場や演目にはなるべく足を運ばないように心がけているのですが、観客のマナーは如何ともしがたし。ホール内まで観光地化しているかのようでなんとも残念でした。

 次の日はお天気が悪かったのですが、その次の日は晴れたのでプラザレベルからの眺望を楽しみに再訪。入口付近がごった返す中、係員がいてバーコード付き入場券を配布してました。
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 入口を入ると長いエスカレーターを利用。バリアフリーの時代にエレベーターがないわけないだろうと思って帰りはエレベーターを使ってみたところ、正面の出入口とは別で、建物の右側面に出ました。(正面入り口に向かって右)

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 尚、コンサートの休憩時には化粧室が少なくて大行列。この日のプラザレベルも同様。コンサートのときはそれほど内部をくまなく探したわけではないので、どこか他にもあるはずです。次回機会があったら時間に余裕をもってきてあちこち見ることにします。




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ニュルンベルクのマイスタージンガー・・Bayerische Staatsoper・・2018/9/30 [オペラ]

 前日にザックス役のコッホが降板、代役はフォレとのメールあり。フォレなら文句なしとは思ったものの、考えてみるとこの日はベルリンでバラクを歌っているはずで、翌日ザックスは辛そうでしたが・・・。
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Musikalische Leitung Kirill Petrenko
Inszenierung David Bösch

Hans Sachs Michael Volle
Veit Pogner Georg Zeppenfeld
Kunz Vogelgesang Kevin Conners
Konrad Nachtigall Carsten Sabrowski
Sixtus Beckmesser Markus Eiche
Fritz Kothner Michael Kupfer-Radecky
Balthasar Zorn Ulrich Reß
Ulrich Eißlinger Stefan Heibach
Augustin Moser Thorsten Scharnke
Hermann Ortel Levente Páll
Hans Schwarz Peter Lobert
Hans Foltz Timo Riihonen
Walther von Stolzing Klaus Florian Vogt
David Daniel Behle
Eva Julia Kleiter
Magdalene Claudia Mahnke
Nachtwächter Milan Siljanov

 開演前にもコッホの代わりにフォレが歌うとアナウンスがあり、さらに、フォークトが風邪、え~~~聞いてないよとばかり観客の失望の声、でも歌うということで拍手でした。

 バイロイトのコスキーの演出はワーグナーの生涯と反ユダヤ主義に焦点を当てながらもコメディとしての作品を損なうことなく描きだしたものでしたが、今回のベッシュの演出もベックメッサーへの苛めが酷く、大戦前の反ユダヤを連想せずにはいられませんでした。ただし、コミカルな部分はあっても、その結末はとてもコメディとは言えるものではありません。ベッシュはドイツ人だからこそ過去にあった事実を辛辣に描いたのかもしれません。一方でナチスに利用されたことでこの作品に付きまとう影の部分を払拭するために、反ユダヤ主義批判に利用した、つまり作品そのものの中立性を示したとも取れ、さらには現代のさまざまな虐め問題に通じるものがあるようにも思えました。
 当時、反ユダヤの状況に疑問や後ろめたさを感じていたドイツ人は少なからずいたに違いありません。しかし、皆自らの保身のために見て見ぬふりをしていた。それだけでなくジレンマをかかえながらも反ユダヤに加担した人もいたかもしれません。暴力が蔓延る荒廃した街でフォレ演ずるザックスはそんな人物の一人に見えました。
 ところで、この日の公演は開演が午後3時と早く、ベルリンから移動して準備できたことは舞台上での動きの確認が主で、音楽的な面は多くを求めることはできなかったのではないでしょうか。もちろん変更が観客に連絡があったのは前日でもフォレにはそれより早く連絡がいったはずで、なんらかの方法で演出のコンセプトや音楽的要点は説明していたことでしょう。それにフォレは元ここバイエルンのアンサンブルで、勝手知ったる劇場です。とはいえ、ここ数年はベルリンで歌うことが多く、ペトレンコともそれほど多くの共演機会はなさそうです。ペトレンコとしては多くを要求することはせず、要点のみで、こちらが後は合わせますというところではなかったかと。そう推測してしまうほどフォレは自然体で見事に演じ歌い、ペトレンコ指揮の演奏はフォレが歌う場面では優しく寄り添うかのようでした。それでも終了後には激しく突き放すような演奏の印象が残ったのは演出のコンセプトと重なるもので、ペトレンコがフォレを上手く公演に溶け込ませたとも言えそうです。
 
 始まる前に不調のアナウンスがあったフォークトは確かに終盤ハラッとするようなときがなきにしもあらず。それでもその緊張感は劇的信憑性にも通じて、この役は少し調子悪いくらいで歌った方が良いくらいではないかと思えたのですが、それは少々贔屓目なのかもしれません。
 ツェッペンフェルトはこの日も盤石。今やドイツ人バスの双璧はこの人とパーペ、しかも調子の悪いときがあるのかと思うくらい、いつも上質の歌声を披露してくれます。
 ベックメッサーをコミカルな演技を交えながら上手く演じていたアイヒェですが、散々苛められた上に、歌合戦の舞台に上がる階段が壊れるというアクシデントに転びそうになって踏んだり蹴ったり。なんでよりによってベックメッサーの番で壊れるかなー。
 以前聴いた時よりも声が細く感じたのがクライターとベーレ。これは劇場の違いということなのか、あるいは役柄設定の違いということなのか分かりませんが、クライターはシラーで聴いたときよりも年齢的に若い少女のようで、ベーレはバイロイトのときと異なり少しトボけた感じのダフィットという印象でした。
 嫌悪感を抱いたとき、反吐が出ると表現するときがあります。歌合戦の余興で酔っぱらったダフィットが最後に取った行動こそベッシュが伝えたかったことかもしれません。

 フォレを代役として得た公演は、音楽的にはペトレンコの元々の構想が全てに行き届いたか否か分からず、辛辣な演出に感動という言葉は使い難くもありましたが、妙を得たと言っても良いような一期一会の公演でした。
 カーテンコールは称賛に溢れ、特にフォレには最大級の称賛が送られました。
 
 
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ラ・ボエーム・・・Opernhaus Zürich・・・2018/9/29 [オペラ]

 一生見なくてもよいと思っている演目。懲りずに見てブツブツ言うようなことがあったら学習能力のなさに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」とまたまたチコちゃんに叱られてしまいます。一年前だったらこの日はバーデンバーデンへ行ってラ・ルペッジャータ&サバドゥスの公演に間違いなく足を運んでいたのですが、あちこち行ってしんどい思いをしてもやはり「ボーっと生きてんじゃねえよ!」という羽目になるので、いずれにせよ叱られるなら身体が楽な方が良しとしました。それに見なくても良いといっても見たくないわけではありません。
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Musikalische Leitung Speranza Scappucci
Inszenierung Ole Anders Tandberg

Rodolfo Benjamin Bernheim
Marcello Yuriy Yurchuk
Schaunard Huw Montague Rendall
Colline Stanislav Vorobyov
Mimì Guanqun Yu
Musetta Georgia Jarman
Benoît Pavel Daniluk
Alcindoro Valeriy Murga
Parpignol Tae-Jin Park
Doganiere Arjen Veenhuizen
Sergente dei Doganieri Arthur Pirvu

 ロドルフォと仲間達は演劇仲間、小さな劇場は彼らの住まい、ロドルフォは劇作家兼演出家、マルチェロは舞台美術担当という設定。少々無理のある場面もありましたが、途中コミカルなアイデアもあり、あったり前田のクラッカー的演出、つまり、このギャグが流行った60年代から大して変化のない眠気をもよおすような演出よりは良い気はしました。
 ロドルフォ役はついドイツ語読みでベルンハイムと書きたくなるのですが、フランス人。調べるとベルネームと出てくるのでベルネームがフランス語読みなのでしょう。元チューリッヒのアンサンブルということで以前ここで聴いたことがあり、良いテノールと思ってはいたのですが、順調に活躍の場を広げてこのところあちこちの有名歌劇場で名前を目にするようになりました。確かに大劇場でも歌える豊かな声量、感情表現と言った面でも秀で、今回の歌手の中では抜きんでた存在でした。
 調べるとミミ役のユもザルツブルク『二人のフォスカリ』で聴いていたのですが、興味のない演目だったこともあってか忘れてました<(_ _)>。今回のミミは中低音に素朴な柔らかさがあって好印象。
 演奏もその他の出演者も活き活きとしてチームワークよく、なにより最後は泣けたので納得。

 ブツブツ文句を言うようなことも無く、チコちゃんに叱られずにすんだかとホッとしているような感があるのが我ながら笑えます。どうもチコちゃんが脳裏に焼き付いて離れません。脳裏チコちゃん焼き付けの刑に処されているようです<(_ _)>



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試練の中の真実・・Opernhaus Zürich ・・・2018/9/28 [オペラ]

 相変わらずの放置。単に怠惰なだけというのは否めませんが、帰ってからすぐに書く気がしないのは次の遠征計画を定めないと落ち着かないというところ。10月上旬には帰国したにもかかわらず、今回は次がなかなか決まらず四苦八苦(大袈裟<(_ _)>)、ようやく決めたのでボチボチ書くとします。5公演溜まってるので全て書くのに年を越してしまうのは間違いないのですが、なんとか次の旅行の前までには書きあげたいものです。

 秋の旅行は古楽&ワーグナー。ただ最初の二日をベルリンにするか、チューリッヒにするかが迷いどころでした。結局、直行便があるということと、その後ミュンヘンに移動することを考えてチューリッヒに入りましたが、ベルリンでは指揮のミンコフスキが怪我のため降板ということで、後ろ髪を引かれる理由は減少した気がしました。
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Musikalische Leitung Ottavio Dantone
Inszenierung Jan Philipp Gloger

Rosane Anna Devin
Rustena Liliana Nikiteanu
Melindo Christophe Dumaux
Damira Delphine Galou
Zelim Deniz Uzun
Mamud Richard Croft
Orchestra La Scintilla
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 ヴィヴァルディはヘンデルと共に歌唱技術を堪能できる作品が多いので聞き逃せません。ただそれほど上演機会は多くないせいか、あらすじを調べてもネット上では大まかなものしかありませんでした。
 君主マムードには第一夫人ルステナと第二夫人ダミラがいて二人同時期に出産。ダミラを愛しているマムードはダミラの子に後を継がせようと生まれてすぐ二人の子を入れ替えたことが悲劇の始まり。子供が長じ、いざ遺産相続となるとルステナの産んだ子ゼリムが不憫でならなくなったマムード。全てを明かしてゼリムに財産を譲るとしたからドッロドッロの顛末に。さらにメリンドの恋人ロザーヌは元ゼリムの恋人というのもドッロドッロ感を増す要素ですが、オリジナルの話は上手く折り合いをつけてハッピーエンドというのがいかにも古楽の作品であります。
 今回の公演は時代を現代に設定した演出で、ハッピーエンドなど、そうは問屋が卸すはずはありません。登場人物一人一人の個性が際立つ演出で分かりやすく、シニカルな面白さで楽しめましたが、最後はハッピーエンドではないと予想しつつも・・・ガーン!・・・でした。

 ロザーヌ役はオリジナルの話よりも更にしたたかな役柄設定で、なんと父親のマムードにまでアプローチするという大胆さ。いつもここチューリッヒで活躍しているフックスがご出産のため降板したのは残念でしたが、代役のデヴィンが実に上手く演じ歌っていて好印象。したたかでありながら最後はオリジナルの話どおりにメリンドへの愛を貫くのですが、その結末がガーン・・・でした。
 ゼリム役はチューリッヒの若手アンサンブル。バイエルンの若手育成プログラム出身で『炎の天使』に出演していた人でした。その時のことはほんのチョイ役だったとあって覚えてないのですが、物憂げでまろやかな歌声で好演。役作りが非常に上手く、愛人の子、さらには恋人も去ってしまったということで暗く寂し気なニュアンスに溢れて適役でした。
 メリンド役のデュモーは見事なアジリタ三昧を披露。ゼリムが後を継ぐとなった後のブチギレ状態は強烈で、声質といい雰囲気といい、悪役だけでなく、ブチギレ役も独特の存在感を示せる人です。 
 ダミラはメイドで愛人という設定。いつまでたっても結婚してくれないマムードに対して不満を爆発させてかなり激しく演技をしても様式感を逸脱しない歌唱だったのがガルー。
 諸悪の根源とでもいったマムードは品は良いけど優柔不断で少々情けないオッサン。正妻のルスティナはおっとりと上品な雰囲気で実子ではないと分かった後でもメリンドに対しても実子であるセリムに対しても愛情溢れる人。それぞれベテランとあってそつなく演じたのがクロフトとニキテアヌ。

 ダントーネ指揮チューリッヒの古楽オケ、ラ・シンティッラの演奏は演出や歌手に添ったテンポの変化や間合いで完成度が高く、結末に愕然としながらも楽しめた公演でした。
 
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アディーナ・・・TEATRO ROSSINI・・2018/8/21 [オペラ]

 チケットを取るにあたり、リピーターの多い音楽祭ということが念頭にあったので、席の多いカテゴリーで申し込んだほうが取れる確率が高いと思い、アリーナの二公演はカテゴリーB、テアトロ・ロッシーニはカテゴリーAで申し込んだのですが、やはり座席数の少ないテアトロ・ロッシーニは常連さんたちで一杯だったようで50ユーロの席しか取れませんでした。それでもお目当ての公演は『リッチャルドとゾライデ』で他の二公演はオマケということもあり、劇場に入れただけでも\(^o^)/。

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Direttore DIEGO MATHEUZ
Regia ROSETTA CUCCHI

Califo VITO PRIANTE
Adina LISETTE OROPESA
Selimo LEVY SEKGAPANE
Alì MATTEO MACCHIONI
Mustafà DAVIDE GIANGREGORIO
ORCHESTRA SINFONICA G. ROSSINI
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 御殿先生曰く凡作。仰る通り良く言って凡作。ブンチャッチャアレルギー発症とまでは至らないものの、少々ブンチャッチャ感もある作品でした。このように書くと[猫]の凡作の基準はブンチャッチャなのか?という感じですが、当たらずとも遠からじ。加えてブンチャッブンチャッも凡作要素。そんなことはどうでも良いとして、秀作から凡作までやってこそ本場のロッシーニ音楽祭という気はします。
 
 劇場に入ると少々変わった服装の人がちらほら。何故か戦闘機のスクランブルのように横にピタッとつきまとい、何者なんだろうと思っていたらコーラスで出演する人でした。その辺は演目が凡作ということもあってか劇場に入った瞬間から楽しんでもらおうという狙いが見え見えでした。

 歌手はテノールが好印象。考えてみると8月の旅行はグラインドボーンから始まって全四公演、テノールは上々だった感があります。
 セリーモ役セクガパーネが清々しい声でアジリタも軽快。前日のイェンデと同じ南アフリカ出身ということですが、思い出すのは今は亡きボータ!他にもフランクフルトのアンサンブルだったファン・デン・ヘーヴァーもいるし、ボータは後輩の活躍に天国で喜んでいるでしょうか。
 タイトルロールの人は声質に透明感が希薄で今一つ。でもご一緒した方によると他の役で聴いたときはもっと透明感があったということなので、コンディションによるものだったかもしれません。

 演出はウェディングケーキの形の家のセットで楽しくやってましたが、演出や演奏、歌手がどうであれ、凡作は凡作。休憩なし1時間20分くらいの短い作品なのでちょいと息抜きに楽しむにはちょうど良い演目かもしれません。
 
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リッチャルドとゾライデ・・・ADRIATIC ARENA・・・2018/8/20 [オペラ]

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写真はカメラの設定を変更し忘れて失敗
Direttore GIACOMO SAGRIPANTI
Regia MARSHALL PYNKOSKI

Agorante SERGEY ROMANOVSKY
Zoraide PRETTY YENDE
Ricciardo JUAN DIEGO FLÓREZ
Ircano NICOLA ULIVIERI
Zomira VICTORIA YAROVAYA
Ernesto XABIER ANDUAGA
Fatima SOFIA MCHEDLISHVILI
Elmira MARTINIANA ANTONIE
Zamorre RUZIL GATIN

 ロッシーニ没後150年という記念の年にあたって新制作した『リッチャルドとゾライデ』はテノール好きにとってはお宝公演でした。良いテノールが少なくとも二人、できたら三人必要な作品で、そのせいもあって上演機会が少ないのかもしれませんが、今回は見事に三人揃えてくれました。作品の魅力はそれだけでなく、登場人物が多くさまざまな聴きごたえのある重唱が満載というところ。そういった面でも歌手全員適材適所の逸材を揃えたといった感があり、この公演を鑑賞できただけでペーザロに来た甲斐があったというものです。

 演出のほうは新制作とはいうもののジャネット・リンかカタリーナ・ヴィット。つまり1970年代か80年代のプロダクションを持ってきたかという雰囲気。しかし滅多に上演されない作品は読み替えなしでそのままのほうが分かりやすいので良いのかもしれません。そうは言っても歌の合間で優雅なだけのバレエのシーンになるとボーッとしてきて、これが長い間続いたら脳みそが豆腐化してあの世に一歩近づいてしまう気がしたのですが、幸いそれほど長くは続かず、次から次へと聴きごたえのあるアリアや重唱があり、あの世には一歩たりとも近づかずにすんだような気がします。

 お目当てのフローレスは外見も声も歳月が経ったのは否めない感はあったのですが、それでも技術的にさすがの安定感で抜きんでた存在であることは何ら変わりなし。なぜか休憩後は指に包帯をしていたのが気になりましたが、歌にも演技にも何ら影響なさそうだったのでそれほど大きな怪我ではなさそうでした。
 アゴランテ役のテノールはリッチャルドより歌う場面が多いのではないかという重要な役。ロマノフスキーがこれまた見事な歌いっぷり。フローレスが歳をとっても王子声なのに対し、威厳のある王様声で少し傲慢な雰囲気を醸し出してハマリ役。悪役という印象は希薄でゾライデはこちらになびいても良いんじゃない?と思えてしまったくらい渋い魅力ある王様でした。
 そして驚いたのが第三のテノール、エルネスト役のシャビエル・アンドゥアーガ。歌うのは他の二人のテノールに比べるとずっと少ないのでアジリタなどの技術面ではなんとも言えないですが、豊かな声量で伸びやかな美声、舞台姿も美しく観客を魅了。2016年にロッシーニ・アカデミーの一員として音楽祭に出演して以降、昨年、今年とここで活躍しているようですが、1995年生まれなのでまだ23歳。ロッシーニだけでなく、もう少し重めの役でも力を発揮できそうな声質で、既にオッカケ族もいそうなイケメンです。今後あちこちで活躍するであろう逸材といった感がありました。
 ゾライデ役のイェンデは6年前スカラの『フィガロの結婚』でバルバリーナ役を聴いたことがあります。公演自体は今一つでしたが、愛らしい声で丁寧に美しく歌っていたのが好印象でした。その後着実にステップアップして今や引っ張りだこの様相。若々しくキュートでまろやかな歌声は安定感抜群の心地よさ。舞台姿もチャーミングでフローレスの相手役を担うに相応しい活躍でした。
 アゴランテの奥さん、ゾミーラは旦那の浮気に心穏やかならず策力をめぐらすという役。ヤロヴァヤが潤いのあるたっぷりとした声でプライド高く、物語に波乱をもたらすキーパーソンとして好演。技術的にもしっかりとしてディクションが綺麗な気がして、てっきりイタリアの人かと思いきやキャスト表をみると名前がロシアの人でした。
 主要登場人物で唯一イタリア人だったのがウリヴィエッリ。この人はイェンデと同じスカラの公演でフィガロを歌ってました。今回はその時とイメージをガラリと変えて別人だったのはさすがプロフェッショナル。娘を助けるために謎の騎士として登場し物語は佳境を迎えるのですが、堂々と品格のある歌いっぷりで存在感を示してました。

 主要登場人物以外の歌手の人達を含め、それぞれの声の個性が際立っていただけでなく、重唱ではどの組み合わせでも声の相性が良くてロッシーニの醍醐味をたっぷりと味合わせてもらいました。歌手の好演を引き出したサグリパンティ指揮の演奏も文句があろうはずがありません。

 尚、さまざまな資料をネット上で提供してくださっている皆様にはいつもありがたく拝見させていただいてますが、今回は特に御殿先生、ありがとうございます。





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セビリアの理髪師・・・ADRIATIC ARENA・・・2018/8/19 [オペラ]

 フローレスが上演機会の少ない『リッチャルドとゾライデ』に出演、それにフローレスも最近レパートリーが変わってきているのでペーザロで歌う機会が今後あるかどうかもさだかでないということもあって、初めてペーザロのロッシーニ音楽祭に行くことにしました。

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Direttore YVES ABEL
Regia, Scene e Costumi PIER LUIGI PIZZI

Il Conte d’Almaviva MAXIM MIRONOV
Bartolo PIETRO SPAGNOLI
Rosina AYA WAKIZONO
Figaro DAVIDE LUCIANO
Basilio MICHELE PERTUSI
Berta ELENA ZILIO
Fiorello/Ufficiale WILLIAM CORRÒ
CORO DEL TEATRO VENTIDIO BASSO
Maestro del Coro GIOVANNI FARINA
ORCHESTRA SINFONICA NAZIONALE DELLA RAI

 アリーナの中に反響板となる壁と天井を設置して劇場にしてましたが、前日グラインドボーンの歌劇場で聴いた後とあってか、序盤は臨場感に乏しく感じてしまったというのが正直なところ。ところがフィガロ役ルチアーノが登場でガラリと雰囲気が変わりました。大らかで豊かな声で堂々たる歌いっぷりはタイトルロールを担うに十分。それほど大柄な人ではないのですが、存在感は大でした。
 アルマヴィーヴァは優しく柔らかなレッジェーロで優男風。ロジーナは丁寧な歌いまわしでクールな印象の中にもお茶目な愛らしさのあるメゾ。脇には芸達者なベテランが配役。演奏も軽やかで流れが良く、チームワークよくまとまって音楽面ではさすがという気はしたのですが、問題は演出でした
 伯爵が音楽教師に扮する場面で愕然。膝に靴をつけてロートレックのようなすごく小柄な人に扮して笑いを誘っていたのは、ハンデをかかえているであろうマイノリティに配慮のかけらもない演出で、人道的観点からとても許容できるものではありませんでした。主催者側の姿勢をも疑いたくなるものでしたが、ロッシーニという偉大な作曲家の作品の上に胡坐をかいているのか?イタリアという国全体がこのような演出で楽しむことを良しとしているのか?
 観客はロッシーニを愛するリピーターが多いせいかカーテンコールは賞賛しかありませんでしたが、この演出を問題視した人は少なからずいたに違いありません。
 今までどんな演出でも音楽さえ良ければ満足できると思ってましたが、このような心無い演出で満足できるはずもありません。この部分を変更しないかぎり再演しないでほしいものです。
 文句タラタラおばはんにはなりたくはないのですが、イタリアオペラは鬼門です。
 
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サウル・・・Glyndebourne Festival・・・2018/8/18 [オペラ]

 8月の旅行はグラインドボーン&ペーザロ。7月に訪れた時はバーデンバーデンからの移動で難儀しましたが、今回は前日に日本から到着していたので慌てることもなく順調でした。天候は7月は晴天で暑いくらいだったのですが、この日は曇り時々小雨で気温も20度前後。それでも寒いというほどではなく、酷暑の続く日本を脱出して気持ちよいくらいでした。
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Conductor Laurence Cummings
Director Barrie Kosky

Merab Karina Gauvin
Michal Anna Devin
Saul/Apparition of Samuel Markus Brück
David Iestyn Davies
Jonathan Allan Clayton
Abner/High Priest/Amalekite/Doeg Stuart Jackson
Witch of Endor John Graham-Hall

Orchestra of the Age of Enlightenment
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 『サウル』は英語のオラトリオなのでサウルではなくソール、ダヴィデではなくデイヴィッド、ヨナタンではなくジョナサンですが、日本の解説やあらすじを調べているとサウル、ダヴィデ、ヨナタンとしているほうが多いようなのでサウル、ダヴィデ、ヨナタンと書いておきます。

 さまざまなアイデアを盛り込んだコスキーの演出は時にユーモアを交えながらもシリアスに複雑な人間関係とそれぞれの内面が巧妙に描かれ、適材適所の歌手を得て充実した内容の公演となってました。
 衣装はクラシックで豪華、床は砂が敷きつめてあり、セットは大きなテーブルくらい。それでもテーブルは小道具で飾り付けられ、派手な衣装と相まって見栄えする華やかな舞台を創りだした一方で、後半は砂を敷きつめた床に蝋燭を何本か立てているだけで暗く、精神世界へ誘うかのような舞台に一変。この砂を敷きつめた舞台は一部回転する仕掛けにもなっていて、オルガン奏者がクルクルと回る舞台で演奏していたのは目が回りそうだったのにもかかわらず、見事に演奏していたのは聴きどころ見どころの一つでもありました。サウルがノイローゼ気味になる場面ではギョっとするような仕掛けが床にあったのですが、嫌な雰囲気はなく、サウルの精神状態を表すには納得できるものでした。

 歌手で最も好印象だったのはヨナタン役のテノール、クレイトン。サウルの息子でありながらダビデを慕い、サウルが嫉妬からダビデを亡き者にしようと画策するのに抗ってダヴィデを助けるという重要な役ですが、歌も演技も自然体でありながら公演全体に緊張感と信憑性をもたらしていたキーパーソンでした。
 サウルのブリュックはチューリッヒで同じコスキー演出による普通とは異なる『マクベス』のタイトルロールを完璧に担っていたのが印象に強く残ってます。声自体に大きな特徴はないかもしれませんが、歌い方や体全体で感情や精神状態を表現するのが上手く、性格俳優といった趣で今回も好演でした。
 ダヴィデ役のデイヴィスを聴くのは初めて。伸びやかな美声はカリスマティックでダヴィデはハマリ役。
 二人のサウルの娘は、姉はダヴィデを最初は見下しながらも後に改心してダヴィデを讃えるという少し複雑な内面の持ち主、一方妹はダヴィデに首ったけという夢見る夢子。この姉妹を演じたゴーヴァンとデヴィンがこれまたそれぞれピッタリで文句なし。
 大柄なテノール、ジャクソンもアブネル、司祭、アマレク人、ドエグの四役を存在感のあるパフォーマンスで公演のスパイスのような役割を果たしてました。

 2015年の初演時からのキャストはデイヴィスとグラハム・ホールくらいで指揮者も他のキャストも代わってますが、7月末から公演を重ねていることもあってか、演奏、コーラスを含めた歌手の人達、全てが指揮のカミングスを中心に息が合っていて完成度の高い公演でした。

 グラインドボーンは行くまでが少々面倒ではありますが、劇場はバロックに適度なサイズなので、また気になる公演があったら再訪するかもしれません。

 


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ペレアスとメリザンド(セミステージ形式)・・オペラシティ コンサートホール・・2018/8/1 [オペラ]

マルク・ミンコフスキ 指揮
フィリップ・ベジア 演出
フローレン・シオー 演出

スタニスラス・ドゥ・バルベラック ペレアス(テノール)
キアラ・スケラート メリザンド(ソプラノ)
アレクサンドル・ドゥハメル ゴロー(バリトン)
ジェローム・ヴァルニエ アルケル(バス)
シルヴィ・ブルネ=グルッポーソ ジュヌヴィエーヴ(メゾソプラノ)
マエリ・ケレ イニョルド(アキテーヌ声楽アカデミー)
ジャン=ヴァンサン・ブロ 医師、牧童
ドビュッシー特別合唱団 合唱

オーケストラ・アンサンブル金沢
  
 オケの前に廊下状に舞台を作り、背後のスクリーンに映像を映し出すという手法で行われた公演はセミステージ形式とはいえ、ミンコフスキとフランスの歌手の人達にとっては観客をドビュッシーの『ペレアスとメリサンド』の世界へ誘うには充分でした。

 アルモンド王国という架空の国の話は曖昧模糊として美しく、しかし暗く、背筋が冷たくなるような御伽噺でした。メリサンドは泉の精霊なのか?かつて泉に身を投げた王女の霊なのか?泉に沈んだのは王冠や指輪だけでなく、全てがメリサンドの魔力とも言ってよいような魅力によって泉の底に沈んでいくようであり、同時に観客は『ペレアスとメリサンド』の世界に深く引きずり込まれていったのでした。

 ミンコフスキは終演時に譜面を高々と掲げ、作曲家と作品への愛情と敬意を表していたかのようでしたが、『ペレアスとメリサンド』は初鑑賞ながら、その真髄に触れることができたような満足感が残りました。



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ジュリオ・チェーザレ・・Glyndebourne Festival ・・・2018/7/15 [オペラ]

 バーデンバーデンからグラインドボーンまでの移動はやはり少々無理がありました。バーゼルからのフライトが遅延のため指定の列車には乗れず。ただ1時間後の列車でも劇場までの連絡バスはあると書いてあったので、余裕かと思っていたところがその列車がキャンセル。慌てて駅係員に尋ねたところ直通はさらに1時間後とのこと。結局ブライトン経由で行ってタクシーでグラインドボーンへ行くことに。それでもなんとか間に合ったということで、結果オーライではありましたが、さすがにもうあちこちと行く旅程は避けたくなり、自らを欧州引きずり回しの刑に処すのもいい加減にしないといけないと自覚するにいたりました。
Conductor Jonathan Cohen
Director David McVicar
Orchestra of the Age of Enlightenment
The Glyndebourne Chorus

Giulio Cesare Sarah Connolly
Curio Harry Thatcher
Cornelia Patricia Bardon
Sesto Anna Stéphany
Cleopatra Joélle Harvey
Nireno Kangmin Justin Kim
Tolomeo Christophe Dumaux
Achilla John Moore

 クレオパトラとシーザーの話をイギリスがエジプトを支配していた時代に置き換えた演出は楽しい趣向満載のコメディ仕立て。2005年初演なので10年以上経っているのですが、人気グループのパフュームのように歌手がダンサーと一緒になって踊りながら歌う場面など、まだまだ新鮮な面白さを保っているプロダクションでした。
 ヘンデルは古楽の中でも歌手の歌唱技術を堪能できるのが醍醐味ですが、それもダンサーと3人で同じ振付で踊りながら小気味よく聴かせてくれたのがクレオパトラ役のハーヴェイ。声質、声量共にアジリタを要するところでもそうでないときと全く変わらずスムーズに歌いこなし、キュートで活き活きとした様が好印象でした。
 同様にダンサーと3人組になって振付つきで歌ったのがCTのキム。いままで聴いたのは凛とした男性の役で、歌も非常に男性的で男前歌唱と表現したくらいですが、今回はオネエ系の設定で歌もソフトでほんわか。今までとは全く異なる印象だったのが好感度アップ。歌うところが少なくて残念に思えたほど。
 もう一人のCTデュモーは聴くたびに声の密度が高くなっていて6年前に初めて聴いたときのことを思い起こせば今や全く別人といってよいくらい。演出上、プッツン系悪役だったのがハマリすぎで、常日頃鍛えているらしく開脚ジャンプに側転と身体能力の高さでも観客を楽しませてくれました。
 タイトルロールのコノリーは初演時からこの役を歌っているということで完全にものにしている感があり、見た目は完璧に男性。ただアジリタになると声量が落ちるのが若干気になったところ。今まで聴いたことが多いわけではないので何とも言えないところですが、最近はワーグナーも歌っているので過渡期なのかもしれません。
 セスト役のステファニーも見た目は青年そのもの。母親役のバードンと二人、コメディ風演出の中でも悲劇的部分の味わいを担って好演。
 指揮はクリスティーが執る公演もあったのですが、この日はコーエン。イギリスの古楽界で活躍している若手のようですが、チームワーク良く公演の要の役割をしっかりと果たしてました。

 この日はワールドカップの決勝の日。バーデンバーデンからの移動であたふたとそれどころではなかったのですが、カーテンコールでデュモーが国旗を片手にはしゃぐように現れたことでフランスの優勝を知ることとなったのでした。

 初めてのグラインドボーン行きは難儀しながらも、タクシーの人も劇場の係りの人も親切で助かりました。ちなみにルイス駅からグラインドボーンは定額15ポンド。帰りはバスで帰ることができました。



 

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魔笛(コンサート形式)・・・Festspielhaus Baden-Baden・・・2018/7/14 [オペラ]

 本当は11日に鑑賞予定にしていたところが、何故かフォークトが11日だけ降板。その前にベルリンーパリのフライトを取ってしまったため、パリにはいかないわけにもいかず、この次の日15日にはグラインドボーンまで行ったのですから、とんでもない旅程になってしまいました。バーデン・バーデンからグラインドボーンまで行く手段がなければこの公演はパスだったのですが、バーゼルからガトウィックへ飛ぶフライトを見つけてしまったのが運が良かったのか悪かったのか?。詳細は次回。
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Yannick Nézet-Séguin DIRIGENT
Rolando Villazón PAPAGENO
Regula Mühlemann PAPAGENA
Franz-Josef Selig SARASTRO
Albina Shagimuratova KÖNIGIN DER NACHT
Christiane Karg PAMINA
Klaus Florian Vogt TAMINO
Tareq Nazmi SPRECHER
André Eisermann ERZÄHLER
RIAS Kammerchor
Chamber Orchestra of Europe
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 コンサート形式ですが、通常の上演と違って途中カットがあり、それを補うように俳優さんによる語りが入るという上演でした。

 フォークトがタミーノを歌うことなどもうないかもしれないと思って聴きに来た公演ですが、キャスト表を見ての通り、この二人が同じ演目で歌うことがあるのかというキャスティングです。
 不思議くん、ユニコーン、超サイヤ人など数々の名声をほしいままに・・・もとい・・・[猫]が勝手にそう呼ばせてもらっているフォークトが、もし超サイヤ人までパワー全開するとミスター豆は吹っ飛ぶか潰れてしまうか。それでなくてもこの劇場、ワーグナー歌いとそうでない人では声の通り方の違いが歴然としてしまうところ。結局、フォークトとゼーリッヒ、それにワーグナー歌いではありませんがシャギムラトヴァの三人のソロは明らかに他の人達と違ってサイヤ人。それに今回の席が上から覗き込むような席だったこともあり、フォークトの長い金髪が目立って、歌は超サイヤ人とまではいかないまでも、見た目は超サイヤ人だなーと思って見てました。それでも重唱では三人共他の人達に合わせて、調和の取れた重唱を聴かせてくれたので、ミスター豆は吹っ飛ぶことも潰れることもなかったのは言うまでもありません。
 バイエルンの『カリスト』で豊かな声を聴かせてくれたカルクでさえ、今回は普通のソプラノに思えてしまいましたが、前半はパパゲーノとの重唱が多かったせいもあるかもしれません。それでも丁寧にコントロールされた歌唱で、フォークトとの重唱は若々しい清々しさで理想的なパミーナ&タミーノでした。
 シャギムラトヴァの夜の女王は前半のアリアこそ若干ピッチコントロールに苦労していた感がありましたが、後半のアリアは完璧!聴きに来た甲斐があったというほどお見事。
 パパゲーノはコミカルな演技が見せどころ。その辺を狙ってのミスター豆の起用としか思えませんでしたが、ロールデビューのようで譜面は手放せない様子。大御所を見習ってバリトン役に挑戦というのもいかがなものかとしか書きようがありません。
 この日は収録があったようでマイクが並べてあり、3人の少年達がマイクの高さに合わせるために踏み台持参で登場していたのが微笑ましく、歌も最高でした。

 ネゼ=セガンの指揮の演奏はミステリアスでファンタジックな柔らかさと活き活きとした躍動感が場面ごとに変容するさまが面白く、さまざまな面で普通とは異なる『魔笛』は新鮮に楽しめた公演でした。
 
 



 
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