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ドン・ジョヴァンニ・・Staatsoper Unter den Linden・・2018/1/21 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Alessandro De Marchi
INSZENIERUNG Claus Guth

DON GIOVANNI Christopher Maltman
DONNA ANNA Maria Bengtsson
DON OTTAVIO Paolo Fanale
KOMTUR Jan Martiník
DONNA ELVIRA Dorothea Röschmann
LEPORELLO Mikhail Petrenko
MASETTO Grigory Shkarupa
ZERLINA Anna Prohaska

 以前から観たいと思っていたグート演出マルトマンの『ドン・ジョヴァンニ』
 2008年ザルツブルク初演なので10年近く続いている演出です。長く続いている演出の再演なのでチケットは余裕で取れるだろうと思って油断していたところ、気づくと少ししか残ってなくて焦ってしまいました。長く続いているのは人気が高いからであってチケットも早めにとっておくべきでした。

 森林の回転舞台。騎士長殺害場面、ドン・ジョヴァンニも騎士長のピストルで負傷するという設定。死を覚悟し、命果てるまで生き様を貫くドン・ジョヴァンニ演ずるマルトマンがやたら格好良く見えた演出でした。個人的には、もうこの演出はグートのドン・ジョヴァンニというよりマルトマンのドン・ジョヴァンニといった方がピンとくるくらいです。
 他の登場人物も個性の強い設定で楽しめました。
 ドンナ・アンナは悩みながらも明らかにドン・ジョヴァンニに惹かれていて、ベングッソンはその心情を弱音を駆使した歌唱で表現していたのですが、席が3階サイドでオケが強めに聞こえ、森林の奥で歌ったりすると埋没ぎみになってしまっていたのが少々残念ではありました。音響が良くなったせいか?オケを臨める席だと以前より演奏が強く聞えるような気もしました。
 そんなドンナ・アンナの気持ちを全く知らず、ひたすらドンナ・アンナを慕っている気の毒なオッターヴィオでしたが、ファナーレの歌うアリアは聴きごたえ十分。このところオッターヴィオは良い人ばかり聴いてます。
 レポレッロを歌ったペトレンコはトボケた雰囲気でしっかりブッファの担い手を好演。
 エルヴィーラがブッファの一端を担っていたのも面白く、富士真奈美のようなプンプンプリプリぶり。元アンサンブルのレシュマンは初演からこの役を歌っているので、すっかりこの役をものにしてました。それにしてもウィーンでイェヌーファを歌った時とは別人すぎて笑えました。
 ツェルリーナとマゼットはここのアンサンブルコンビ。ツェルリーナが普通でなく明らかにプッツンというキャラ設定。プロハスカはおじさんキラー的プッツンキャラを演ずるのが上手い。シュカルパがそんなプッツンキャラに翻弄されるマゼットを好演してましたが、この後、新国の『松風』に出演したとのこと、公演は評判が良かったようで何よりです。

 地獄落ちのシーンは実は騎士長は死んでいなかったとも取れるし、死ぬ間際のドン・ジョヴァンニの幻想とも取れるような気もしました。ウィーン版とあって最後の6重唱はありませんが、その方が自然な演出です。

 演奏は特に誇張することなく、モーツァルトは譜面通りで登場人物全員のキャラが立っていれば満足感が高いという公演でしたが、この演出は一風変わった設定ということが更なる面白味となってます。
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イェフタ・・・Palais Garnier・・2018/1/20 [オペラ]

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Conductor William Christie
Director Claus Guth

Jephtha Ian Bostridge
Storgé Marie-Nicole Lemieux
Iphis Katherine Watson
Hamor Tim Mead
Zebul Philippe Sly
Angel  Valer Sabadus

Orchestre et Choeur des Arts Florissants

 ヘンデルのオラトリオですが、旧約聖書にある元の話とはエンディングが異なり、ハッピーエンドにしているあたりは娯楽性を考慮したオペラに近い作品と言えそうです。
 聖書ではイェフタが戦争に勝利できれば帰還した後に最初に目にした者の命を捧げると神に誓ってしまったがために、勝利し帰還した後、最初に目にしたのが自身の娘であったことで苦しみながらも娘の命を捧げるという話ですが、この作品では古楽オペラにありがちな無理やり感で、殺される前に天使登場。一生処女で神に仕えるという条件で命が救われるという話になってます。
 最近の古楽の演出は不自然なハッピーエンドをハッピーエンドで終わらせないというのが主流で、この演出もしかり。そういった点では想定内の演出ではあったのですが、そのままハッピーエンドに終わった場合は今時なんだかなー・・・と言うに違いなく、この辺は想定内でも文句を言ってしまっては、ああ言えば上祐的文句でしかないので特に文句はありません。
 ただし、抽象的でシンプルすぎる演出で退屈という面がなきにしもあらず。『エリオガバロ』でも途中から睡魔と戦う羽目になってしまいましたが、古楽は音楽が心地よすぎるという面もあって、演出がシンプルすぎたり殺風景だとどうしてもボーっとして集中力を欠いてきてしまいます。また、登場人物は自然な動きばかりでなく、何かを象徴するように全員が動くときもあったのがどこか冷めた印象を残す演出でもありました。

 音楽的にはクリスティ&レザール・フロリアンの演奏、ソリストの歌、コーラス共に充分に満足でした。
 最も注目していたのは初めて聴くボストリッジ。スレンダーな姿はストイックで、美しい声もあって中性的な雰囲気もあり、独特なカリスマ性で魅了されました。
 古楽を聴くときに気になる様式感と劇的信憑性のバランスという点ですが、コンサート形式でしか聴いたことのなかったミードが絶妙のバランスで好演でした。
 娘役のワトソンも清純な印象でハマリ役。
 ルミューが、少々気持ちが入りすぎて様式感が微妙になっていた感がなきにしもあらず。ただ前述したように演出がシンプルで少々冷たい印象があったので、気持ちが入りすぎくらいで良い気もしました。
 サバドゥスは以前から天使のような声と思っていたのですが、今回はその天使の役。『エリオガバロ』のときと異なり、歌うのはソロだけだったので声量の物足りなさもそれほど気にはなりませんでした。ただやはりもう少し小さい劇場のほうがより良さを発揮できる人ではあります。

 演出に物足りなさを感じながらも音楽的には満足感の高い公演でした。

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連隊の娘・・・WIENER STAATSOPER・・2018/1/19 [オペラ]

 2月20日に久しぶりにアップしたときには12公演溜まっている状況だったのが、それを全て書き終える前にまた3公演観に行ってしまったので今の段階で6公演残ってます。なんだかそれも書き終わらないうちにまた観に行くことになりそうですが、地味にポツポツと1月の旅行の続きを書くことにします。

 ドレスデンに来たのは良いのですが、次の日ウィーンまで行くのは結構難儀でした。カマレナ降板とあってよほどウィーンはパスしようかと考えたりしたのですが、他に用事もあったので行かないわけにもいかず。電車が楽と思いながらも乗継時間を含めると所用時間が少ないのはバスだったのでバスで移動。ただ前日が嵐のような強風だったのでダイヤが乱れるかもと心配していたところ、案の定出発は20分遅れ、しかし到着は20分早くて問題ありませんでした。冬場とあってオリジナルスケジュールを長く取ってあったようです。
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DIRIGENT Evelino Pidò
REGIE UND KOSTÜME Laurent Pelly

Marie, junge Marketenderin Sabine Devieilhe
Tonio, junger Bauer John Tessier
Sulpice, Sergeant Carlos Álvarez
Duchesse de Crakentorp Marjana Lipovšek
Marquise de Berkenfield Donna Ellen
Hortensius Marcus Pelz
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 ペリーの演出はダムラウ&フローレス、デュセ&フローレスで聴いたことがあるので3回目。観たことのある演出でカマレナが早々に降板してしまったので席は安席でバルコンサイド。

 代役の人は以前ここで同役を歌ったことがあるということで、さすがに高音はきれいに決めてましたが、声質が優しく柔らかなレッジェーロなので力強い痛快感が希薄だったのは致し方なし。大柄でなかなか格好よく、半ズボン姿が似合うような?似合わないような?それが妙に微笑ましく好印象ではありました。
 マリー役ドゥヴィエルは細くて小柄で舞台に出てきたときはデュセが出てきたかと思ってしまいましたが、若々しく可愛らしい声はハマリ役で素敵でした。
 
 悪い印象は皆無で良い公演ではありましたが、同じ演出で3回目となれば新鮮さもなく、カマレナの派手な高音がお目当てだったということもあり、鑑賞しながらもどこか虚しく、なんだかなー('_')。。。でありました。

 また来シーズン聴く機会があるかチェックしなくてはいけません。できたら他の演出がよいのですが・・・はてさて?

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ジークフリート・・・Semperoper Dresden・・・2018/1/18 [オペラ]

 プラハから移動して昼過ぎにはドレスデンに入ったのですが、午後から徐々に風が強くなり、劇場に向かう頃には突風が吹くような天候で、コケてなるものかとピンヒールを履いて石畳を歩くのも容易でない状況になってしまいました。
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Musikalische Leitung Christian Thielemann
Inszenierung Willy Decker

Siegfried Andreas Schager
Mime Gerhard Siegel
Der Wanderer Vitalij Kowaljow
Alberich Albert Dohmen
Fafner Georg Zeppenfeld
Erda Christa Mayer
Brünnhilde Petra Lang
Waldvogel Tuuli Takala
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 席はあまり選べる状態ではなかったので平土間後方。ロイヤルボックスの下だったのでほぼ中央やや下手より。これがオケのバランスが悪くてワーグナーの世界に没頭しがたいNG席。ホルンとチューバだけが下手側の壁に大きく反響して他の楽器と違うレベルで鳴ってしまうという現象が起こってました。オケピを覗くと案の定、一番下手、壁を背にしてホルンとチューバが配置されているという状態。素人の浅知恵ながら、こういったことはオケの配置を変えれば避けることができると思うのですが・・・・。以前ここで『ローエングリン』を聴いたとき、平土間前方下手側で管が近いので強いと感じたわけですが、今回の席は反響によってレベルの違うバランスの悪さになってしまって、これだったら管が近くても前方の席のほうがましというほど。この劇場で既に何回も公演を行っているはずなのに常にこのようなオケの配置で行っているのか?疑問が残りました。この現象が起こることに気づいていないというのも考えにくく、平土間後方席は無視しても他の席にバランス良く届くようにしたという意図だとしたら、平土間後方席虫扱い。こんな名前ばかり長くて面白くもなんともない虫扱いはいかがなものか?席を販売している以上、誰かが平土間後方席虫扱いされることには、冗談ではなく、無視し難いものがありました。
 
 席については別件で他にも少々難あり。同じ並びの数席むこうの若造が途中で思いっきり爆睡。鼾とまではいかないもののスースーと気持ちよく寝息をたてていたのには前列の人が気になって何度も振り向くほど。隣席だったらピンヒールで足を踏んででも起こしてやるのにと心の中では思いましたが、いくらなんでもそこまで狂暴にはなりません。小突いて起こすところでしたが、数席向こうでは如何ともしがたしでありました。

 歌手陣については盤石で、ブリュンヒルデがブリュンルートかオルトヒルデだったのは想定内なので問題なし。
 ただシャーガーに少々ぎこちなさがなきにしもあらず。元々オリジナルでしたが、一度キャストから落ちていたのが再度復活したという状況で、演技を見ているとあまりリハに参加できなかったのではないかという様子。最もそれが顕著だったのが角笛を吹く場面。シャーガーは笛を口にしてないのに鳴ってしまって、慌てて笛を口に持っていくという有様。ここまでボケツッコミ的笑いどころにする必要があるのか?これにはちょいと意地悪された感もなきにしもあらずでした。もちろん天然ジークフリートたる歌声は健在でしたが、カーテンコールでも賞賛に溢れてはいても足踏みの多さではミーメとさすらい人の方が多いくらいだったのは、同様にぎこちなさを感じた人が少なからずいたのではないかと思います。

 演奏はいつものティーレマンらしく音を抑えたり、パウゼを取ったりと相変わらずではありましたが、これも想定内。オケのバランスが悪い席で聴いても賞賛が多い理由は分からないわけではありません。楽劇の醍醐味とでも言える言葉を大切にしたパフォーマンスは、歌手は大袈裟な演技などしなくても緊張感に満ち、ドイツ語圏の人達にとってはオケのバランスの悪さがあったとしても気にならないのかもしれません。

 演出についてはリングを通して観ないと理解しがたく思いましたが、椅子に何か意味がありそうでした。

 なんだかんだ書きましたが、前年某所で聴いたリングを思い起こせば、もちろんこちらの方が遥かに高品質ではありました。


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劇場的都合不都合・・ Stavovské divadlo・・2018/1/17 [オペラ]

 1月の遠征の目的はウィーンの『連隊の娘』とパリの『イェフタ』
 ウィーンはカマレナ&ドゥヴィエルが楽しみだったのにカマレナが早々に降板。目的が『イェフタ』だけでは少々寂しい。それに10月12月とワーグナーなしだったのでそろそろ聴きたい。などと考えていたら、幸い売り切れだったゼンパーの『ジークフリート』のチケットが出てきたので、当初の予定より早く出発することにしてプラハにまず入りました。

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Dirigent Enrico Dovico
Režie: Radim Vizváry

Daria Jana Sibera
Procolo Jiří Hájek
Biscroma Strappaviscere Igor Loškár
Agata Marek Gurbaľ
Luigia Michaela Zajmi
Guglielmo Josef Moravec
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 この日は到着日。プラハには複数の歌劇場がありますが、スタヴォフスケー(エステート)は行ったことがなかったので公演があったのは幸運でした。
 以前チューリッヒで観たことのあるドニゼッティの喜劇です。とにかくバカバカしいことで笑わせようという趣向で、レパートリー公演とあってチームワーク良く面白い事満載。遠目で見ていると、中岡創一みたいな人がいたのが個人的に更なる笑いどころでした。
 それでも到着日とあって例のごとく、というよりいつにもまして(-_-)zzzだったのは機内で全然眠れなかったので<(_ _)>

 エステートはドン・ジョヴァンニが初演された劇場とあって内部に資料が掲示されてます。ちょうど機内で映画『プラハのモーツァルト』を観たので感慨深く、どうせだったら公演もモーツァルトが観たかったと思わないでもなかったのですが、最近ますます到着日は(-_-)zzzの時間が長くなってきたので訪問できただけで満足としておきます。
 ただプラハの他の劇場でも感じたことがあったのですが、時々PA使用感があるのが少々気になったところです。
 
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カルメル派修道女の対話・・・La Monnaie・・・2017/12/8 [オペラ]

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Conductor ALAIN ALTINOGLU
Director OLIVIER PY

Le Marquis de la Force NICOLAS CAVALLIER
Blanche de la Force PATRICIA PETIBON
Le Chevalier de la Force STANISLAS DE BARBEYRAC
L’Aumônier du Carmel GUY DE MEY
Le Geôlier, Thierry, M. Javelinot NABIL SULIMAN
Madame de Croissy SYLVIE BRUNET-GRUPPOSOSOPHIE PONDJICLIS
Madame Lidoine VÉRONIQUE GENS
Mère Marie de l’Incarnation SOPHIE KOCH
Sœur Constance de Saint Denis SANDRINE PIAU
Mère Jeanne de l’Enfant Jésus MIREILLE CAPELLE
Sœur Mathilde ANGÉLIQUE NOLDUS
Premier commissaire YVES SAELENS
Second commissaire ARNAUD RICHARD
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 フランスを代表する女性歌手がこれだけ勢ぞろいするのはこの作品以外ないかもしれません。この作品はマインツで鑑賞して以来ですが、その時は到着日で睡魔と戦わざるを得ず、また機会があったらと思っていたので、これだけ豪華なキャストの公演を見逃すわけにはいきません。何よりフランス人によるフランス作品の上演なのですから期待も高いのは当然。これが非常に完成度の高い公演で期待以上、満足感も高いものでした。

 モノトーンの色彩の舞台は重苦しい雰囲気に満ちながらも、横にスライドする床と縦横にスライドする壁がどの場面も絵になる美しいシーンを創りだし、適材適所の歌手とアルティノグル率いるオケの演奏は時代に翻弄されながらも信仰を貫いた人々の悲劇を紡ぎだしていました。

 最も印象に残ったのはブランシュとコンスタンス。プティボンは今までルルやアルチーナで聴いたので魔性の女といったイメージが強かったのですが、今回は純粋で繊細な貴族の娘であり、ベテランのピオーは屈託のない素朴な少女のようで、鑑賞しながらも残酷な結末が受け入れ難くなってしまったのでした。

 マインツでは鋭く響くギロチン音に恐怖を募らせたのですが、今回は鈍く生々しく響く音が辛すぎたのでした。

 

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ダフネ・・WIENER STAATSOPER・・2017/12/7 [オペラ]

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DIRIGENTIN Simone Young
REGIE Nicolas Joel

Peneios Dan Paul Dumitrescu
Gaea Janina Baechle
Daphne Regine Hangler
Leukippos Benjamin Bruns
Apollo Andreas Schager
1. Schäfer Gabriel Bermúdez
2. Schäfer Wolfram Igor Derntl
3. Schäfer Jens Musger
4. Schäfer Hans Peter Kammerer
1. Magd Ileana Tonca
2. Magd Margaret Plummer
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 ダフネ欠乏症になっていたのはかなり前から認識していたので、この公演は見逃せませんでした。
 
 神秘的な美しさと深い叙情性に満ちた作品というと、この『ダフネ』は格別であります。
 歌劇の中で何が一番好きかと問われれば、今のところ間違いなく『ダフネ』と答えるでしょう。この作品を聴いてしまうと同じ作曲家のバラやアラベラなどのオチャラケ作品は聴くに値しない駄作、況や薄っぺらなイタリアオペラをや、とまで言ってしまうと暴言ではありますが、本当にそう思っているので正直に書いておくことにします。

 今回の『ダフネ』は爆演大声大会風。キャストにワーグナーも歌える人達が揃ったからこそ可能だった爆演です。今まで聴いたタイトルロールはベングッソンとイソコスキでしたが、この二人だったらここまで鳴らすことはできないというくらい鳴らしていて、ダフネとアポロの出会いなどはブリュンヒルデとジークフリートの出会いかと思えたほど。鳴らしていた分、前半は叙情性といった面では若干希薄にも思えたのですが、神秘的な力を宿すようなオーケストレーションの中に身をおける素晴らしさは極上でした。ロイキッポを失った後のダフネの悲しみには涙せずにはいられない切なさがあるのもこの作品に魅了されるところですが、そこは叙情性に満ちた演奏でダフネ役のハングラーもしっとりと美しく歌い上げていたのが胸に浸みました。
 
 演出については今時ダフネが月桂樹になる演出があるとしたらここウィーンだろうと思っていたら、その通りで想定内。それでもアポロの回想という設定が叙情性を深める余韻を残し、悪くない演出でした。
 

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ルル・・WIENER STAATSOPER・・・2017/12/6 [オペラ]

パリからウィーンへ移動して2泊。お目当ての『ダフネ』の前にこの公演を鑑賞しました。
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DIRIGENT Ingo Metzmacher
REGIE Willy Decker

Lulu Agneta Eichenholz
Gräfin Geschwitz Angela Denoke
Dr. Schön/Jack the Ripper Bo Skovhus
Alwa, sein Sohn Herbert Lippert
Schigolch, ein Greis Franz Grundheber
Theatergarderobiere/Mutter Donna Ellen
Gymnasiast/Groom Ilseyar Khayrullova
Medizinalrat Konrad Huber
Maler/Neger Jörg Schneider
Tierbändiger/Athlet Wolfgang Bankl
Prinz/Kammerdiener/Marquis Carlos Osuna
Theaterdirektor/Bankier Alexandru Moisiuc
Polizeikommissär Konrad Huber
Fünfzehnjährige Maria Nazarova
Kunstgewerblerin Bongiwe Nakani
Journalist Manuel Walser
Diener Ayk Martirossian

 キャスト表を見て、これは脇が盤石といった印象の公演になりそうと思っていたところ、その通りでありました。
 タイトルロールの人も決して悪くなく、スタイルの良い美人て魅力がないわけではなかったのですが、デノケが歌うやいなや全て持っていかれたという印象になってしまったのは致し方なしか?
 
 演出のセットは舞台中央に部屋があり、その部屋を見下ろす形で舞台奥に観客席のように半円状の階段が設けられてました。サイドの席から鑑賞しているとセットの客席の延長に自分が座っている気がしてきて、舞台中央で繰り広げられる惨劇を見ながら連想したのはコロッセオ。惨劇を鑑賞するのは古代から続く人間の性なのかと考えながら、実際の殺戮ではなく劇として鑑賞するのだから人間も進歩しているとも思ったり、それでも音楽がなければこういった暗くて救いようもない話を鑑賞する気になれるだろうかと自問したり・・・でした。

 尚、さすが世界のウィーン国立歌劇場、日本語対応の字幕新システム (人''▽`)ありがとうごさいます☆
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皇帝ティートの慈悲・・Palais Garnier・・2017/12/5 [オペラ]

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Direction musicale Dan Ettinger
Mise en scène Willy Decker

Tito Vespasiano Michael Spyres
Vitellia Aleksandra KurzakAmanda Majeski
Sesto Marianne CrebassaStéphanie d'Oustrac
Annio Angela Brower
Servilia Valentina Naforniţa
Publio Marko Mimica

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 ティトと言えばザルツブルクで観た斬新な公演が記憶に新しいですが、そのせいもあってか今回はオーソドックスという印象になった公演でした。演奏はほぼ譜面どおり、歌手はそれぞれのキャラが際立ち、モーツァルトの作品の良さを充分に味わったというところ。
 モーツァルトに限ったことではなく、譜面どおりで登場人物のキャラが際立っていれば満足感が高いのは当前といえば当前なのかもしれません。現代的解釈を交え色々変化を加えた公演も思いがけない発見があるのでもちろん肯定派ですが、今回のようなオーソドックスな公演も肯定派です。

 それに音楽的にはオーソドックスでも演出は現代的な感覚が盛り込まれ、衣装はクラシックでもセットは抽象的なものでした。秀逸だったのは登場人物の動きと演技でそれぞれの内面を浮き彫りにしていた点で、一つだけ例を挙げると、最後、王冠を頭からはずしてそっと下に置くティトには王としてではなく人間として寛容であれという姿勢が窺えて印象的な幕切れでした。
 
 
 キャストはオリジナルから二人変更になってしまいましたが、元々ダブルキャストだったこともあって全く問題なし。
 キャスト表を見て鑑賞する前からこれは質の高い公演になりそうという予感があったのは脇役にバイエルンのアンサンブルであるブラウアーとウィーンのアンサンブルであるナフォルニツァがいることで、実際にモーツァルトは脇役を含めて全員が充実していると満足度が高いということを再認識した公演でした。(二人共既にアンサンブルを離れて独立したかも?)
 主役級の三人はいずれも初めて聴く人達でしたが、それぞれ役のイメージに合っていて、スパイヤースはいかにも穏やかそうな外見が懐が深い雰囲気で声も優しそう。ドゥストラックはズボン役が似合う暗めの声で悩めるセストにピッタリ。マジェスキは嫉妬深く気が強そうでありながら憎めないキャラを好演してました。

 ということで、歌手の人達が演出にそって好演していたからこそ登場人物の個性が際立ったということではありますが、公演の要であるエッティンガー率いるオケの若干重めの演奏も歌手の好演を引き出すのに成功していたとも言えるでしょう。ところで、エッティンガーの指揮する姿が師匠にそっくりというのを聞いたことがありますが、今回良く見える席だったので、なるほど納得でありました。

 
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エリスメナ・・Opéra Royal・・2017/12/3 [オペラ]

 三兎追う者は一兎をも得ず、とまではいかなかったから良かったものの、三兎追う者は一兎を逃す。
 12月の遠征、注目したのはパリの『死者の家から』ウィーンの『ダフネ』ブリュッセルの『カルメル派修道女の対話』。これが『死者の家から』の最終日が2日、『カルメル派修道女の会話』の初日が8日ということでいつになく長い旅程にせざるを得ず。それでもなるべく短くと考えて2日到着にして観ようなどと考えたのが一番の敗因で、その他諸事情もあって観ること能わず。代わりに知人が行ってくれて感動したと言っていたのが救いでした。それにこの頃パリでは良い公演が結構あったので、4泊と久々にゆっくりと楽しむことができました。

 3日はヴェルサイユへ。
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Leonardo García Alarcón Direction
Jean Bellorini Mise en scène et lumières

Francesca Aspromonte Erismena
Carlo Vistoli Idraspe
Susanna Hurrell Aldimira
Jakub Józef Orliński Orimeno
Alexander Miminoshvili Erimante
Benedetta Mazzucato Flerida
Andrea Vincenzo Bonsignore Argippo
Stuart Jackson Alcesta
Patrick Kilbride Diarte
Tai Oney Clerio Moro

Cappella Mediterranea

 オケは指揮&チェンバロのアラルコンを含め11名編成。大きなガルニエではばらつきが少々気になったオケですが、古楽はやはり小さ目の劇場で小編成で聴くのが良いものです。
 歌手は若手中心といった趣でしたが、既に夏のエクサンプロヴァンスで公演してきたとあって完成度の高いチームワークの良さは言わずもがな。
 特筆すべきはタイトルロールのアスプロモンテ。ボルドーで聴いたロッシの『オルフェオ』でも好演してましたが、活き活きとした歌声は人を惹きつける魅力に溢れ、イタリア人ということもあってディクションの美しさも際立つものがありました。1991年生まれと若いですが、既にあちこちで主役級を担うだけの存在感があります。夏にはインスブルックでハッセの『セメレ』のタイトルロールを歌う予定ですが、脇にインヴェルニッツィやプリナなどのベテランが配されているのですから興味津々。と言っても観に行くことは難しそうなのが残念なところです。
 声質の異なる3人のCTもそれぞれ好演。10月に観た『リナルド』でタイトルロールだったオルリンスキーはブレークダンスまで披露してくれました。

 演出は正直もう少しなんとかならなかったかというところ。舞台下手に常にディレクターか音声係のように2人がじっと座っているのが劇中劇風でもあったのですが、あらすじを調べて鑑賞したのでまだ良かったものの、調べなかったらフランス語の字幕だけでチンプンカンプンに終わったであろう公演でした。

 
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ランメルモールのルチア・・東京文化会館・・2017/11/9 [オペラ]

またまた放置状態。
12公演たまってます。
ぼちぼちとメモのような感想ではありますが、書き残しておきます。
まずは3か月以上前の公演から。

指揮 ペーター・ヴァレントヴィッチ
演出 マーテー・サボー

ルチア:エディタ・グルベローヴァ
エドガルド:ペーテル・バンツォー
エンリーコ:ゾルターン・ケレメン
ライモンド:イシュヴァーン・コヴァーチ
アルトゥーロ:ゾルターン・メジェシ

 ハンガリー国立歌劇場公演。
 イタリアオペラの中でもヴェルディーやプッチーニは最初から興味がないのですが、ベルカントものと言われる演目でさえ興味がなくなってきている今日この頃。グルベローヴァもここ2回、ベルリンとウィーンで聴いた時の高音の強引な発声に、もう聴かなくてもよいかなと思ってました。しかし、ルチアは日本でのリサイタルで一部しか聴いてないので行くことに。それでも失礼ながらほとんど期待はしてはいませんでした。

 ところがところが・・・強引な発声の高音は影を潜め、コロラトゥーラは今できるあらん限りの技術を惜しみなく披露した圧巻のパフォーマンス。もちろんコントロールが以前に比べれば甘いとはいえ、70歳を超えても舞台上では運命に翻弄される乙女であり、観客を物語にいざなう姿は今尚挑戦し続ける舞台人として至芸の極みでした。
 
 もう聴かなくてもよいという前言は撤回したほうがよさそうです。


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神々の黄昏・・新国立劇場・・2017/10/17 [オペラ]

[指揮]飯守泰次郎
[演出]ゲッツ・フリードリヒ
ジークフリート:ステファン・グールド
ブリュンヒルデ:ペトラ・ラング
アルベリヒ:島村武男
グンター:アントン・ケレミチェフ
ハーゲン:アルベルト・ペーゼンドルファー
グートルーネ:安藤赴美子
ヴァルトラウテ:ヴァルトラウト・マイヤー
ヴォークリンデ:増田のり子
ヴェルグンデ:加納悦子
フロスヒルデ:田村由貴絵
第一のノルン:竹本節子
第二のノルン:池田香織
第三のノルン:橋爪ゆか
読売日本交響楽団

 しばらくワーグナーは聴かなくてもよいかと思ってしまって、この公演のチケットを購入してあったのをあやうく忘れてしまうところでした。
 
 冒頭、気になってしまったのは音。いつもより良くない??いえいえ、そう感じてしまったのは読響のせいではないとすぐに気がつきました。スカラやSKBなど良い音のオケばかり聴いてきた後だから、などと書くとただの嫌なヤツではありますが、感覚とはそんなものかと。4月に某所で聴いたリングを思い出したら、悪くない、むしろ良い音だと即効で脳内修正完了でした。

 演奏はこれまでの3作と同様、時間軸が伸びてしまうときもありましたが、見事な鳴らしっぷりでごまかし、もとい、見事な鳴らしっぷりで最後に相応しい盛り上がりを見せたのでした。

 歌手はなんといってもグールド。4作全てにご出演の功績は賛辞しかありません。
 ラングは以前バイエルンで同役を聴いたときはブリュンヒルデというより、ブリュンルートかオルトヒルデでありましたが、今回はブリュンヒルトという印象。この最後のトがデになるまでにはオルトルートで聴きすぎたこともあってまだ時間がかかるかもしれません。それに聴く側の問題ではなく、根本的に声質がオルトルートのほうが合っているという面もありそうです。
 マイヤーさまのヴァルトラウテは相変わらず超一流。今後もまだまだ第一線でご活躍いただけることでしょう。

 演出については何も書く必要はないと思うのですが、以前のウォーナーリングはあっさりとほかしてしまったとか。それが理由というわけではないのですが、[猫]もあっさりと「クラブ・ジ・アトレ」カードをほかしました。今シーズン始まったばかりとはいえ、もう今シーズン来る機会はなさそうですし、その先のことを考える必要があるとも思えないので。それにこういったことは捨てる神あれば拾う神あり。でもウォーナーリングはどこも拾ったという話は聞かないので、もったいないことでございます。

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ゲーテのファウストからの情景・・STAATSOPER UNTER DEN LINDEN・・2017/10/6 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG  Daniel Barenboim
INSZENIERUNG  Jürgen Flimm

FAUST, DOCTOR MARIANUS  Roman Trekel
GRETCHEN, UNA POENITENTIUM  Elsa Dreisig
MEPHISTOPHELES, BÖSER GEIST, PATER PROFUNDUS  René Pape
MARTHE, SORGE, MATER GLORIOSA  Katharina Kammerloher
NOT, MAGNA PECCATRIX  Evelin Novak
MANGEL, MULIER SAMARITANA  Adriane Queiroz
SCHULD, MARIA AEGYPTICA  Natalia Skrycka
ARIEL, PATER ECSTATICUS  Stephan Rügamer
PATER SERAPHICUS  Gyula Orendt
SOLI  Narine Yeghiyan Florian Hoffmann Jan Martiník
SCHAUSPIELER FAUST, HEROLD  André Jung
MEPHISTOPHELES, LIESCHEN  Sven-Eric Bechtolf
GRETCHEN, ASTROLOG, ENGEL, TÜRMER  Meike Droste
PROLOG, EPILOG  Anna Tomowa-Sintow
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 待望のリンデンのオープニング。3年のはずが7年ですから、幼稚園生が中学生になってしまいました。
 
 このオープニングは本来の予定よりも遅れたので、世界中の公演、歌手の人達に影響があったに違いなく、実際日本でもここのアンサンブルであるパーペがバイエルンの公演に参加できないことになってしまいました。それでもネトレプコが急遽来日公演をしたのもおそらくはここのスケジュールが開いたのでしょうから、良い影響もあったのかもしれません。

 何から書いて良いものやら、公演の感想、新装の劇場についてなど、なんもかんも、てんこ盛り!です。

 まず、公演の印象がてんこ盛り!ファンタジー。ということで、シューマンの『ゲーテのファウストからの情景』の感想から。
 元々歌劇ではないこの作品が演出つきで上演されるのは珍しいことです。
 作品構成がゲーテの作品からいくつかの場面を抜き出したものであるため、演出は曲の間を劇で補うという趣向。そのためファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレスは歌手と俳優の二人ずつ。ただし交互に舞台上に出てくるというわけではなく、二人共舞台にいることがあったり、劇中劇風の様相も呈していたのが複雑な二重構造という感がありました。それにその他の登場人物も多く、後半は児童合唱に混成合唱と舞台上は人で溢れかえって、まず物理的にてんこ盛り!状態。
 歌の部分は独語、英語の字幕があっても劇の台詞は全く字幕なし。もちろんドイツ人の人達あるいは独語が堪能な人達には全く問題なしであって、劇の台詞に字幕をつけるのは前日のようにフランス語圏で英語の台詞だったら当然でも、自国の言葉に字幕というのは役者さんたちがやりにくいだけでなく、タイミング悪く字幕が先に出てしまうと不興になってしまいます。
 しかし、独語が堪能でない[猫]の感想は南海、ホー、クス ←誤変換<(_ _)>
難解、ほー、クス
ここの舞台ってこんなに奥行があったのかと驚きの(@o@)ほー
アリエルの宙づりや鬼の子達のかわいらしさに(・m・ )クスッ。
 それに、こんな高齢者にしか分からないオヤジギャグほどしょーもないものではないにせよ、内容的にも茶目っ気、洒落っ気のある遊び心や意味不明の部分がテンコ盛り!でありました。
 難解ついでに、4人の灰色の魔女たちは不気味な様子ではあっても素敵なロングドレス姿で、なんだか難解キャンディーズ。栄光の聖母と悔い改めた女たちはピンクの袈裟を身に着けた僧侶で、難解ピンクレディー<(_ _)> こんなオヤジギャグはいい加減にするとして、このところ多くの演出家に仏教への傾倒傾向が見受けられるのは時代の反映なのかもしれません。
 

 てんこ盛り演出はギャル曽根の胃袋のような脳味噌を持ち合わせていない[猫]には鑑賞しながらの消化は難しく、アップアップ状態になりそうではありましたが、色鮮やかな巨大ポップアップ絵本のようなセットと可愛らしい衣装は御伽噺風という一面もあり、何より音楽の浸みわたるような美しさと輝かしさに飽きることなく鑑賞することができました。特に最後の合唱の神々しいばかりの圧倒的な力は筆舌に尽くしがたく、長い歳月を経て再開を果たした歌劇場の第一歩に相応しいものでした。
 
 シラーという小さな仮小屋で7年もの間、公演数が減っただけでなくオケピに入る人数も減って、オケのメンバーの中にはオペラ感が鈍ってる人もいるのではないかと考えたりしてましたが、ただの素人の杞憂でありました。
 音響は明らかに残響感が強くなってドレスデンに近いような印象で、演目によってはこの音響に慣れるのに時間がかかることもあるかもと考えたりもします。でもそれも素人の杞憂なのかもしれません。個人的には以前のドライな音響が好みだったので、少々寂しい気もしてますが、以前の建物のまま続けていたら突然床が抜けて大事故になっていたかもしれず、無くなってしまったものを追っても仕方ありません。とにかく再開に至ったことはめでたい\(^o^)/万歳\(^o^)/

 歌手は全員アンサンブルメンバーとここの国際オペラスタジオのメンバー(研修生のようなものだと思います)だったのも喜ばしいことでした。なんといっても7年間も待って再開を一番喜んでいるのはオケ、アンサンブル、コーラスなど関係者の人達なのですから。それぞれ活き活きとチームワーク良く完成度が高かったのは言うまでもありません。

 てんこ盛りで舞台がごった返して見えるときも、目立っていたのが背の高いトレーケル。特にマリアヌス博士となった後は品格のある声と鍛え抜かれた体躯で崇高な雰囲気に溢れていたのが印象的でした。
 昨年まで国際オペラスタジオのメンバーの一人だったドライシヒ(ドイツ語読みしましたが、フランス人で姓はデンマーク人である母親と同じなので本来は別の読み方だと思います)が今シーズンからアンサンブルメンバー入り。1991年生まれということでまだ20代ですが、研修時代からチョイ役でも光っているという印象はありました。アンサンブルになって早々、今シーズンはこの他にもヴィオレッタなども歌うのですから大活躍しそうです。昨年のオペラリアで1位となっただけあってどの音域でも発声に無理がなく、透明感のある若々しい声はグレートヒェンにぴったりでした。既に舞台慣れしている感もあるのは研修時代からの積み重ねもあるのでしょう。3月にボルドーで観た『オルフェオ』でも同じ1991年生まれのアスプロモンテが大活躍してましたが、将来有望な若手を発見できるのも遠征の楽しみです。

 尚、今シーズンからアンサンブルメンバーの中にシャーガーの名前も加わってました。昨今の引っ張りだこ状態にまで至った経緯を鑑みれば、オファーがあったら受けるのは自然なことのような気がします。

 次に新装の劇場について  ↓修復前 
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               ↓修復後
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 外観からしてピンク色になってかわいらしく、内部はピッカピッカ!以前は廊下に写真などが飾ってありましたが、それもまだなし。パッと見、このまま続けて良さそうなのですが、化粧室は隔階閉鎖状態。女子化粧室の扉から男性係員が出てきて?と思っていたところ、その扉の向こうは更に通路となっていて壁一面ベニヤ張り。楽屋に通じる扉もあるので間違って他の扉を開けないように係り員が配置されていたので、さすがに再度閉鎖して完成させないといけない状態ではありました。

 音響改善のため高くした天井 ↓修復前(2階席より撮影) ↓修復後(平土間より撮影) 
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画像 307.jpg
 
 















 平土間前方で聴いていると台詞もPA使用感が全くなく自然に聞こえました。ただし一か所だけ明らかにエコーをかけた部分があり、上階では常にPA使用感があったかもしれませんし、逆に台詞が聞き取りにくいことがあったのかもしれません。
 歌手にとっては間違いなく歌いやすい劇場になったはずです。

 劇場のボックスオフィースは劇場内部ではなく、左側にプレハブの小屋が設けられていました。改修前は内部にあった気もするのですが、7年以上前のことでシラーと混同しているかもしれません。

 今シーズン最も楽しみなのは『トリスタンとイソルデ』。来シーズン以降はヘアハイムの『ローエングリン』と数年前に話題になった『マイスタージンガー』をぜひ再演してほしいと願っているのです。

 以上、なんもかんもてんこ盛りでした。
 

 
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ミランダ・・Opéra Comique・・2018/10/5 [オペラ]

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Direction musicale Raphaël Pichon
Mise en scène Katie Mitchell
Librettiste Cordelia Lynn

Miranda Kate Lindsey
Prospero Henry Waddington
Anna Katherine Watson
Ferdinand Allan Clayton
Le Pasteur Marc Mauillon
Anthony Aksel Rykkvin / Marius Valero Molinard

Chœur et orchestrePygmalion
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 演出家ケィティ・ミッチェルと指揮者ラファエル・ピションがシェークスピアとパーセルの作品をもとにして新しく創作したセミオペラです。(休憩なし1時間半)

 『ミランダ』は『テンペスト』に登場するプロスペローの娘の名前ですが、新作なのであらすじの調べようもありません。オペラ・コミックのH/Pでミランダの葬式から始まるということと、ミランダの人生が父親であるプロスペローに支配されたものだったということに焦点をあてた作品であることというくらいしか分かりませんでした。
 しかし、新作に限らず、何も調べずに臨んだり、あらすじを調べても鑑賞するときには忘れてしまっている<(_ _)>ときもあったりなので、いつもとそれほど変わらないだろうとイージーゴーイング。フランス語の字幕だけというのが少々不安でありましたが、分からなくても音楽を聴くだけでも満足できるに違いないということもありました。もともと何故この作品に興味を持ったかと言えば、ボルドーで鑑賞したロッシの『オルフェオ』がすごく良かったピション&ピグマリオンの公演だからです。

 英語の作品ですが[猫]の能力では歌詞は聞き取りにくいものです。しかし曲の間にPAで台詞が入ったので、それほど難解ではありませんでした。舞台は思わぬ方向に進んだので少々混乱しながらも、次はどう展開するのかという興味で最初から最後まで集中して鑑賞することができました。
 舞台は教会内部で展開。ミランダのお葬式に集う人々。葬儀が進行する中、突然鳴り響く不穏な音、乱入してきた挙動不審者、テロ?教会ジャック??ミランダは自分を支配し続けた父親に対して反旗を翻すべく大芝居を仕組んでました。
 結末はハッピーエンドではありません。何とも言えない複雑な気持ちに支配される結末ではありますが、父にも娘にも寄り添う人がいたのが救いでした。

 演出は教会内部の出来事ということが衝撃的で異様な緊張感をもたらし、思いもよらぬ場面では登場人物全員スローモーションになるという手法が観ている者の感覚に合って効果的でした。後日振り返ると現実味が希薄な設定にも思えるのですが、現代の問題をも内包する作品内容は考えさせられるものでした。

 パーゼルの『テンペスト』と『インドの女王』からの曲を再構築し、リブレットも新しい作品です。前日に聴いたファソリスの『タメルラーノ』と同様、ピション&ピグマリオンの演奏は古楽らしくテンポを大きく変えないのが好ましく、静かな緊張感を紡ぎだしてました。音が心地良いのも魅力です。
 最終日ということもあってか歌手の人達も完成度が高く、複雑な後味がありながらも満足感と充実感が残りました。
 
 考えてみると『リナルド』『タメルラーノ』も最終日。リンデンのオープニング公演と合わせて鑑賞できると考えて組んだ日程でしたが、いずれも完成度が高い公演だったことは幸運でした。

 元々フランスは古楽が盛んということでクリスティ&レザール・フローリサン、ミンコフスキ&レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル、ルセ&レ・タラン・リリク等々、錚々たるものがありますが、1984年生まれと若いラファエル・ピションの率いるピグマリオンも要注目です。

 

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タメルラーノ・・Teatro alla Scala ・・2018/10/4 [オペラ]

今回の旅行で最も良い席での鑑賞だったのに、残念ながら写真は失敗<(_ _)>
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Conductor Diego Fasolis
Staging Davide Livermore
Teatro alla Scala Orchestra on period instruments

Tamerlano Bejun Mehta
Bajazet Kresimir Spicer
Asteria Maria Grazia Schiavo
Andronico Franco Fagioli
Irene Marianne CrebassaLucia Cirillo
Leone Christian Senn

 ヘンデルはなんといっても様式感のある歌唱を満喫することが醍醐味。その点では既にヴェルサイユとザルツブルクで堪能したことはありますが、今回は演出つき本格的舞台での初鑑賞です。
 演出つきなのですから様式感といった面だけでなくドラマとして伝わるものがあることを期待して臨むのは当然といえば当然。これが期待以上、心揺さぶられる悲劇となってました。

 元々バヤゼットの死という重さのある作品ではありますが、演出をロシア革命に設定することにより、元の話よりも更に悲しみは深く、主役はアステリア、準主役はアンドロニコ、タイトルロールのタメルラーノは革命軍の主導者とあって、今回は悪役といった印象が残った公演でした。
 
 冒頭から凍てつく厳冬のロシアの雰囲気に満ちた舞台。セットと衣装は一流歌劇場としての誇りを感じるもの。その他大勢が演技する戦闘シーンは時にスローモーションというだげでなく、静止、巻き戻しを交えて繰り返され、その悲惨さを強調。映像で表現するようなシーンを実際に人が演じるといった趣向に保守的なイタリアの人は慣れていないのか?最初は巻き戻した動作で笑いが漏れてしまいました。確かに最初こそ少々違和感がなきにしもあらずではありましたが、すぐに慣れて煩わしいというほどではなく背景と化し、戦闘の凄惨さを表現するのに映像以上の効果があったように思えました。おそらくダンサー達がこのリピート演技をしていたと思うのですが、戦闘シーンなので倒れたり走ったりと激しく動いているにもかかわらず、音はほとんど気にならず、しかも何人もの人達が音楽に合わせて一斉に静止、巻き戻し、再生を繰り返すのですから、芸術的なプロのダンスといった様相でした。それに歌手の人達はそれが煩わしいと思える程度の実力の人達は皆無。舞台中央で集中して歌うことが多かったのに歌合戦という印象が皆無だったのもリピートダンスが自然な流れを創る効果になっていたように思えました。
 演出について重箱の隅をつつかせてもらうと、一幕、バヤゼットとアステリアが列車で護送されていくという設定で、列車が動いているように見せるため、監視兵が縦に小刻みに動いていたのが少々奇妙ではありました。列車は横揺れ、縦揺れは車。こんな些細なことが気になったくらいで、全体としては非常によくできた演出でした。
 
 歌手についてですが、冒頭アナウンスあり。クレバッサが歌えない状態なので代わりにチリッロが歌うとのこと。舞台上で他の人が演技をしてチリッロが舞台端で歌うという形での上演でした。前日に引き続きのキャストチェンジで、考えてみると夏に観たアイーダから数えるとキャストチェンジ三連荘です。
 チリッロは様式感が見事な美しい歌を聴かせてくれて、古楽を中心に活躍しているであろうことが分かるものでした。
 演出つきで古楽作品やベルカント作品を鑑賞する場合、様式感と劇的信憑性のバランスが気になることがあります。様式美で溢れているのに物語として感情移入できない場合もあるからですが、今回の歌手の人達は全体として劇的信憑性と様式美がバランスよく堪能できて満足感が高いものでした。
 劇的信憑性に重きを置いたように思えたのはバヤゼット役のシュピチェル。どこかで聴いた気がすると思ったらちょうど1年前にここスカラでバジリオ役で聴いてました。その時も好演してましたが、今回の入魂のパフォーマンスは胸を打たれるものでした。高音が良い声で素晴らしく通る人で、その割に中低音が弱いのが気にはなったのですが、怒りと焦燥感と娘への愛情が複雑に交錯する様子は鬼気迫るもの。気持ちが入りすぎて様式感という面では微妙でしたが、それよりも悲劇性を高めた功労者として賞賛したいところです。
 メータとファジョーリはザルツブルクのコンサート形式で聴いたことがあり、その時は声量といった面で差があったのは否めませんでしたが、今回は収容人数はほとんど変わらないサイズの劇場にもかかわらず、平土間前方で聴くかぎりはほとんど差は感じませんでした。この二人を演出つきで聴くと改めてそれぞれ適役だということを納得することとなりました。
 ファジョーリは繊細かつまろやかなアジリタを披露したのはもちろんのこと、舞台センスが良いので劇的信憑性といった面でも複雑な内面を自然体でこなす演技が見事。今シーズンはこの後エリオガバロ以外は演出つきの舞台をやらないのが残念に思えてしまいます。
 メータは年齢的にいっても超ベテランの域だと思うのですが、よく通る美声は相変わらず。アジリタも輪郭がはっきりして揺るぎなく、威厳を醸し出してました。今回の演出では占拠した皇帝邸で猥雑にたむろした革命軍兵士たちの真ん中で堂々とふんぞり返っている様相に、悪役の印象が強くなってましたが、それこそが演出のコンセプトといったところ。鑑賞後は感情移入しすぎて寛容さはもっと早く示せヨと思ってしまったしだい。
 二人のCTの重唱は聴きごたえ十分でもっと長く聴いていたかったくらいでした。
 ただこの二人については既に何回か聴いているということもあってか、今回最も印象に残ったのはアステリア役のスキアーヴォ。悲劇の皇女としてイメージぴったり。透明感のある華やかな歌声は様式感を保ちながらも活き活きとして、皇女としてのプライドや意志の強さも感じるもの。感情移入せざるをえず、最後の四重唱を虚しく聴くことになったのでした。

 この劇場で本格的バロックを上演するのは初めてらしいのですが、オケはスカラのオケと指揮のファソリスの古楽オケ、イ・バロッキスティの混成とのこと。古楽器でも相変わらず美しい音を堪能。ファソリスはローザンヌの『アリオダンテ』でも聴いたことがありますが、その時と同様、古楽らしくテンポを大きく変化させることなく譜面とおりといった演奏は好ましく、1幕終了時、楽譜を高々と上げたのも譜面どおりというポリシーを感じました。
 バロックには劇場のサイズが大きすぎる気がして席は平土間前方を取りましたが、上階の席ではどういうふうに聞こえたかは?
 
 開演夜8時。終演は12時半近くだったので、カーテンコールもそこそこに劇場を後にしましたが、既に地下鉄は走ってなく、タクシーでホテルまで行くことに。
 以前は働いている人達との契約で夜12時を超えることはなかったはずで、ワーグナー上演時ではオケのメンバーがあわててオケピを後にしていたのを思い出しましたが、ペレイラ総裁になってから労働条件が変更になったのでしょうか。いずれにせよ遅くまで上演するには環境が整っていないのは困ったものです。開演時間を1時間早めれば問題ないとも思うのですが、夕食はゆっくりと取ってからでないとという土地柄なのでしょうか?
 公演は大変満足できたので、今後も古楽を取り上げてほしいと思うのですが、来シーズンはなし。ということで来シーズンは来る機会はないかもしれません。
 


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リナルド・・Bockenheimer Depot・・2017/10/3 [オペラ]

 4,6,8月とワーグナーは結構聴いたので、しばらくは古楽中心で鑑賞します。
 10月はリナルド、タメルラーノ、ミランダの古楽3連荘、そして7年も待ったベルリン国立歌劇場、最後はオマケでバレエの大地の歌を鑑賞してきました。フランクフルト→ミラノ→パリ→ベルリン→バーデン・バーデンと毎日移動で大変だとは思ってましたが、ベルリンまでは順調で問題なし。ベルリンは時折強い風雨で変な天気だと思ってはいたのですが、この日、北ドイツは悪天候で鉄道が止まって大騒ぎだったとのこと。当然翌日も影響が残り、キャンセルの列車が多く中央駅のトラベルセンターは長蛇の列。幸い乗る9時35分発の列車は予定通り出発したものの、途中で止まったりしながらの運行。フランクフルト乗り換えで14時半頃到着するはずが、マンハイム乗り換えで17時半頃到着と3時間遅れでバーデンバーデンに到着。こんなことならオマケの公演はパスしても良かったかと一瞬思いましたが、この日帰る予定だったとすると飛行機に乗り遅れていたかもしれず、結果オーライです。天候によるイレギュラーは万歳お手上げ。無事に最後の公演も観れたのはラッキーとプラス思考に限ります。
 どの公演も充実して満足感は高かったのですが、なんだかんだで帰ってからドッと疲れがでること甚だしく、いつにも増して書く気になれず・・・2か月くらいかけてポツポツと書くことになると思います。
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Musikalische Leitung  Simone Di Felice
Regie  Ted Huffman

Rinaldo  Jakub Józef Orliński
Armida  Elizabeth Reiter
Almirena  Karen Vuong
Argante  Brandon Cedel
Goffredo  Julia Dawson
Eustazio  Daniel MiroslawDmitry Egorov
Frankfurter Opern- und Museumsorchester
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 到着日。フランクフルト歌劇場の公演ではありますが、会場のボッケンハイマー・デポはかつて市電の車庫だったところで、外観もいかにも車庫なら内部も梁がむきだし。ボーフムのヤールフンデルトハレほど大きくはないものの似た雰囲気です。
 客席は段差が結構あって後方でも視界に全く問題なし。客席数が350ほどしかない上に人気が高かったようで、補助の客席として段のある客席の両脇に10数席ずつ折りたたみ椅子が置かれてましたが、平面の床なのでそこはあまりよく見えなかったことでしょう。
 オケピといえるような囲いはなく、最前列の人達の目の前でオケのメンバーが演奏している状態でした。
 
 冒頭アナウンスがあり、バスのミロスワフが前の公演で肩を痛めたということでキャストチェンジ。代役はカウンターテノールのエゴロフで、オケの後ろで歌って舞台上で他の人が演技するという形での上演でした。オリジナルはカウンターテノールかアルトなので、様式感といった意味ではカウンターテノールのほうが合っているのかもしれませんが、バスが歌うとどういった雰囲気になるのか聴いてみたかった気もしました。

 この公演で肩を痛めたとのこと、始まってすぐにさもありなんと思えた演出の公演でした。幕はなく、床が黒い舞台は客席側にかなり傾斜していて、冒頭から舞台上で激しく剣を交えた二人が転がるように戦うのには、そのままオケに突っ込まないかと心配するほど。これが舞台とオケの間に細い溝があり、実際にそこに転がり落ちるときもあれば、這い上がるように舞台に登場したりするという仕掛け。出演者全員若手といった雰囲気でしたが、若くて身体能力が高いからこそできる演出で、それが魅力の一つと言ってよいほど他はセットなど何もなし。傾斜に沿うように足の長さが違う椅子や持ち運びのできる木などの小道具類が用いられただけの非常にシンプルな演出でしたが、スモークを使用したり、『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムのような不気味な動きをするダンサー達、衣装や被り物などで魔女ものの雰囲気を創り上げていたのは巧みでした。
 ただ実際にケガ人が出たという事態に至っては、再演時には安全第一で、舞台の傾斜を緩やかにする等の対策を講じてほしいものです。

 歌手はタイトルロールのオルリンスキと代役のエゴロフ以外はフランクフルト歌劇場のアンサンブルのようでしたが、時に激しい動きが要求される演技面でもチームワークの良い完成度の高さで、それぞれの役に入り込んだ歌手たちの歌はヘンデルらしい様式感といった面においても文句なしでした。
 役柄から当然と言えば当然ですが、目立っていたのはタイトルロールのオルリンスキとアルミーダ役のライター。
 オルリンスキは1990年生まれとのことなのでまだ27歳。しかし既にエクサンプロヴァンスの音楽祭でも歌っているだけあって歌の実力はもちろんのこと、ダンサーとしても活躍できるという運動能力の高さは舞台人として大きな可能性を感じるものでした。今回の演出では斜度のある舞台上でも戦闘シーンや捉えられて引きずり回されるシーンではクルクルクルと前転後転三昧。四つん這いの姿勢で下を向いて歌っても床の素材が反響板になっているかのごとくきれいに声が通って、劇的信憑性と様式美の両方をバランスよく表現できる逸材に思えました。これだけ歌って動ける人がいればセットにお金をかける必要もなく演出の幅が広がるというもので、実際この新制作『リナルド』はオルリンスキあっての演出といったところでした。
 魔女ものとしてアルミーダ役が弱いと面白味が生まれませんが、ライターの歌い方や動作がいかにも悪だくみしそうな雰囲気でしっかりと公演のキーパーソンの役割を担ってました。

 演奏はフランクフルト歌劇場と古楽オケの混成でしたが、旧市電車庫はバロックに丁度よい音響空間で心地よいものでした。

 ただ演奏が心地よすぎたせいか否か?演奏のせいにしてはいけませんが・・・惜しむらくは・・・・到着日とあって後半の途中から瞼の重みに耐えかねて目を開いていられなくなってしまいました<(_ _)> 決して面白くなかったわけではないのですが、大きな読み替えがある演出ではなく、脳への刺激が希薄ではありました。それにしても、いつも眠くなるときは黒目が瞼に隠れようとして白目をむくパターンだったのに、今回は瞼が重くて耐えられなかったという事実にガックリ。目の周りの筋肉が衰えているということです。ある年齢を過ぎると衰えを自覚していくことは避けられないことですが、元気なうちにあちこち行っておかなくてはとますます思ったのでした。

 それでも耳だけは起きていた気がしていて(気がしているだけかも?)最後は頑張って目を開けました。もともと十字軍のエルサレム奪還という話よりも魔法オペラとして娯楽性の高い作品です。結末も元の話は古楽にありがちな不自然なハッピーエンドですが、そこは変えてました。これがアルミーダの末路はしっかりと見とどけたのですが、アルガンテはどうなったのか?瞼の重さが自分のことながら恨めしい公演でありました。

 ところで演出の手法として要所要所にスローモーションを取り入れてましたが、今回の古楽3連荘は演出家が違っても全ての公演で同様の手法が見受けられ、流行りのようでした。演出家がお互い影響しあうということを実感したのは初めてではありません。時に同じ手法を何回も見ると新鮮さが薄れてくるものですが、今回鑑賞した3公演については違和感なく、どれも有効的な手法に思えました。

 カーテンコールは賞賛に溢れてました。
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ドン ジョヴァンニ(コンサート形式)・・・NHKホール・・・2017/9/9 [オペラ]

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ドン・ジョヴァンニ:ヴィート・プリアンテ
騎士長:アレクサンドル・ツィムバリュク
ドンナ・アンナ:ジョージア・ジャーマン
ドン・オッターヴィオ:ベルナール・リヒター
ドンナ・エルヴィーラ:ローレン・フェイガン
レポレッロ:カイル・ケテルセン
マゼット:久保和範
ツェルリーナ:三宅理恵
合唱:東京オペラシンガーズ
NHK交響楽団

 ほとんど日本では観に出かけることはないのですが、お誘いがあったので行ってみました。これが予想していたよりもずっと良い公演で、誘ってくださった方に感謝しなくてはいけません。

 コンサート形式といっても舞台に置かれたのは譜面台ではなく、横に並んだ2台のベンチシート。簡素ながら現代的な洒落っ気と茶目っ気のある演出つきの上演でした。
 N響の上手さは想定内ではあるのですが、とても良いと思えたのは滝在適所の歌手が揃い、全体としてチームワーク良く完成度が高かったことで、この公演を含めてたった三公演の上演というのがもったいないと思えたのでした。
 
 歌手の人達はそれぞれのキャラが立っていて、アンサンブルとして重唱も聴きごたえありという充実ぶり。
 中でもケテルセンのツボを心得た舞台センスは演出の面白さを伝えていて、公演のキーパーソンでした。
 オッターヴィオ役のリヒターは2012年に同役とタミーノを聴いたことがありますが、以前より声の芯が太く硬質の声になっていて、ますます男前度アップ。

 メリハリのある明快な演奏は速すぎず遅すぎず、地獄落ちも軽すぎず重すぎずだったのが演出に凄く合った絶妙の匙加減。公演の要であるパーヴォ・ヤルヴィの上手さを感じたのでした。



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アイーダ・・・Großes Festspielhaus・・・2016/8/16 [オペラ]

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Riccardo Muti, Musikalische Leitung
Shirin Neshat, Regie

Roberto Tagliavini, Der König
Ekaterina Semenchuk,Daniela Barcellona, Amneris
Anna Netrebko, Aida
Francesco Meli, Radamès
Dmitry Belosselskiy, Ramfis
Luca Salsi, Amonasro
Bror Magnus Tødenes, Ein Bote
Benedetta Torre, Oberpriesterin

Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Ernst Raffelsberger, Choreinstudierung
Wiener Philharmoniker
Angelika-Prokopp-Sommerakademie der Wiener Philharmoniker, Bühnenmusik
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 夏の旅行の最終日。ヴェルディの場合、耳が虚弱体質の[猫]にありがちなのは「コーラスがうるさい」などと言い出すこと。耳が丈夫な人や難聴ぎみの人には全く意味不明のこのようなことを言うことのないように、席は久々に奮発して平土間。

 冒頭で係員が登場。キャストチェンジのアナウンスがあり、セメンチェクの代わりにバルチェロナがアムネリスを歌うとのこと。代役としてこれ以上の人を望むべくもありません。この日の朝到着したばかりで尚且つキャリアとしてそれほど歌い込んだ役ではないと思うのですが、煩雑な演出ではなかったこともあってか自然に違和感なく見事に溶け込んでいたのはさすがです。
 ネトレプコはアイーダをムーティ先生の元でロールデビューできたことは幸運以外の何物でもないでしょう。当然アドヴァイスがあったことと想像しますが、コントロールされた弱音の悲哀の表現はかつて聴いたことがないほど見事で、新たな境地に達したのではないかと思えるほどでした。
 メッリについても最初のアリア『清きアイーダ』で同様のことを感じたのですが、最後を譜面通り弱音で歌ったことで譜面通りであるからこそ伝わるせつなさがあるのを実感したのでした。
 以前ナブッコのタイトルロールで聴いたことがあるサルシ。演出がほとんどコンサート形式で棒立ちで歌うことの多かったナブッコの時に比べると、今回は自然な演技を伴ってずっと好印象でした。
 ランフィス役のベロゼルスキーも文句のつけようもありません。
 
 演奏は優しく穏やかに歌に寄り添い、ここぞというときは解き離れたように盛り上がるさまは、必要以上に誇張することなく原典を大切にするムーティー先生ならでは。[猫]の最大の願いは最初の一音から最後の一音までムーティー先生の音楽を拍手が被ることなく聴かせてちょーだい!ということでしたが、観客全員が同様の願いを持って臨んだのかもしれません。念願叶ったことは大いに喜ばしいことではありましたが、『アイーダ』という戦禍の悲劇に観客はアリアの後即拍手、幕に反応して拍手という反応ができる公演ではありませんでした。

 イラン出身の演出家ネシャットは古代エジプトの悲劇である『アイーダ』を時代や場所を特定しない形で普遍的な戦禍の悲劇に変えることに成功してました。舞台装置のみならず、その他大勢の登場人物を徹底的にクールに演出することで、戦争が勝者の心も敗者の心も凍らせることを伝え、主要登場人物の熱い心と深い悲しみを浮き出すことにも成功していました。特に印象的だったのは凱旋の場面。勝者がじっと固まってひな壇に座っている冷たさは感情のかけらもない人形のようで、それが観客と向かい合っていたために観客を映す鏡のようでもありました。舞台が回転して背後に捕虜の姿が見えたとき、深読み癖のある[猫]には、こうしている今も戦禍で苦しんでいる人がいることを忘れないでほしいと静かに訴えているようにも思えたのでした。
 セットの素材も考慮されていて、特に最後の場面では、牢が見た目はシンプルな白い箱であっても反響が素晴らしく、中で歌うアイーダとラダメスの重唱が美しく際立つさまが強く印象残ったのでした。
 欲を言うと場面転換で間が開いてしまうのが少々残念ではありましたが、些細なことではあります。
 それにイタリア伝統の一列横並びもあったのですが、非常にクールな演出だったことと、音楽にブンチャッチャッ感が希薄だったことで三輪トラックやボンネットバスを思い浮かべるようなこともありませんでした。もしかするとブンチャッチャッと一列横並びが重なると脳内で昭和ノスタルジックモードが入ってしまうのかもしれません。

 カーテンコールは賞賛に溢れていたのは言うまでもありません。
 ムーティー先生は今後演出つきの公演を振る機会がないかもしれないので、この公演に臨めたことは幸運でありました。

 今回の旅行で観たザルツブルクの三公演は、テロや戦禍の悲劇ということで世相を反映した作品ばかりでしたが、生きている芸術のあり方として自然なことだと思います。
 娯楽性の強い作品や時に知性に病ダレがつくようなバカバカしい作品も好きではありますが、ザルツブルクという国際的な音楽祭として今後も注目していきたいと思わせる姿勢が伺えた今年の音楽祭でした。

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マイスタージンガー・・・Bayreuther Festspielhaus・・・2017/8/15 [オペラ]

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Musikalische Leitung Philippe Jordan
Regie Barrie Kosky

Hans Sachs, Schuster Michael Volle
Veit Pogner, Goldschmied Günther Groissböck
Kunz Vogelgesang, Kürschner Tansel Akzeybek
Konrad Nachtigal, Spengler Armin Kolarczyk
Sixtus Beckmesser, Stadtschreiber Johannes Martin Kränzle
Fritz Kothner, Bäcker Daniel Schmutzhard
Balthasar Zorn, Zinngießer Paul Kaufmann
Ulrich Eisslinger, Würzkrämer Christopher Kaplan
Augustin Moser, Schneider Stefan Heibach
Hermann Ortel, Seifensieder Raimund Nolte
Hans Schwarz, Strumpfwirker Andreas Hörl
Hans Foltz, Kupferschmied Timo Riihonen
Walther von Stolzing Klaus Florian Vogt
David, Sachsens Lehrbube Daniel Behle
Eva, Pogners Tochter Anne Schwanewilms
Magdalene, Evas Amme Wiebke Lehmkuhl
Ein Nachtwächter Karl-Heinz Lehner

 この日だけバイロイトへ。この夏の旅行で最も楽しみにしていた『マイスタージンガー』です。天気は良かったのですが、2幕途中で外は大嵐になってしまい木に雷が落ちたとのこと。それでも休憩時にはほとんど風雨はおさまっていたので助かりました。

 席は平土間後方、以前『ワルキューレ』では音が頭上に届かずに少々不満だったのですが、その時とそれほど変わらない位置での鑑賞。これがコスキー演出の舞台セットは両サイドと奥が常に壁で囲まれたせいか、ふわっとした音に包まれての鑑賞となりました。それでも演出によっては少々物足りないと感じることがあるかもしれませんが、今回の演出にはすごく合っていて、ジョルダン(ヨルダン)指揮のやさしく彩り豊かな演奏に包みこまれた作品は、甘酸っぱい香りのする夢見心地の『マイスタージンガー』といった雰囲気の秀作になってました。
 
 何故甘酸っぱい香りがするかといえば、ドイツの歴史、あるいはワーグナーの個人史を語る上で影の部分である反ユダヤ主義が表現されている点で、ユダヤ人という設定のベックメッサーが苛められることといったら見ていて胸が痛くなるほど。それをコスキーは決してこの作品の喜劇性と本質を損なうことなく、最後はドイツ芸術、ワーグナー芸術を讃えていたことに感動しました。
 2幕終盤、民衆から苛められて膝をかかえてしゃがみこむベックメッサーの頭にユダヤ人の頭の風船を重ねて巨大に膨らませたのは、同じユダヤ人であるコスキーの「オラ達はどんな目に合っても負けない!」という意地の現れかと思ってしまいました。しかし、その風船がしゅ~~~んとしぼんでいく様子に大戦時の受難を思い起こし、これまた胸が痛くなってしまったのでした。

 冒頭はワーグナーとゆかりの人々が集うヴァーンフリート荘、ワーグナーがザックス、コジマがエファ、リストがポーグナー、ユダヤ人指揮者レヴィがベックメッサー、ヴァルターが若き日のワーグナーといった具合で始まった舞台。3幕はニュルンベルク裁判のセットの中で民衆が集う歌合戦。大詰めでヴァルターが称号を拒否した直後、大勢いた人々が一斉にいなくなり、ワーグナー(ザックス)一人が残されるという展開。その有様はそれまでの全てがワーグナー(ザックス)の回想と幻想が交錯したもので、裁判という場で全てを告白したかのようにも思えたのでした。残されたワーグナー(ザックス)の様子は観客が感じた胸の痛みと同様の、あるいはそれ以上の痛みを覚えているかのごとく、最後の演説は苦悩に満ちて始まりました。それは全てを事実と認めたワーグナー(ザックス)が、それでも音楽のマイスターとして残した作品は芸術として認めてほしいと観客に訴えているかのようで、その後舞台後方から現れたオーケストラを指揮する誇り高いワーグナー(ザックス)の姿に感動する中、舞台は幕を閉じたのでした。

 夢見心地の『マイスタージンガー』と書きましたが、コスキーは制作するにあたって夢のお告げのごとく毎夜夢の中でワーグナーと話し合っていたのではないかと思うほどです。
 作品にはワーグナーの人生やコジマへの愛情、ゆかりの人々の人間関係がさりげなく描写され、見るたびに何か発見できそうな内容の緻密さがあるのもリピーターの多いバイロイトに相応しく、魅力満載の作品です。

 非常に凝った演出で、さぞかしリハーサルも大変だったかと想像できるのですが、これがコーラスの人達も含めて登場する人達のチームワークが良く、歌手の人達それぞれの細かな演技や歌は複雑な内面まで表現する素晴らしさでした。
 フォレのザックスはワーグナーが乗り移ったのかと思うほど。
 普通とは異なる複雑な演技を要求されるベックメッサーも自然体で活き活きとこなしてしまうのがクレンツレの上手さ。
 ヴァルターのフォークトはトゥルクで超サイヤ人、もとい、パルジファルを歌った疲れも見せず好演。ただカーテンコールで他の人達は何回も出てきたのに一度きりだったのはやはりお疲れぎみだったかもしれません。
 バーデンバーデンの『ラインの黄金』で譜面を見ながらローゲを歌っていたベーレは水を得た魚のごとく、ダフィットが完璧なハマリ役でした。


 このチケットを取るにあたり、発売初日にアクセスして45分ほどで入れたのですが、すでに『マイスタージンガー』だけはこの日を含めてほとんど売り切れ状態でした。しばらく粘っていると戻ってきたのでなんとか入手できましたが、来年もこの演目は入手困難であることは避けられそうにありません。




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ヴォツェック・・Haus für Mozart・・2017/8/14 [オペラ]

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Vladimir Jurowski, Musikalische Leitung
William Kentridge, Regie

Matthias Goerne, Wozzeck
John Daszak, Tambourmajor
Mauro Peter, Andres
Gerhard Siegel, Hauptmann
Jens Larsen, Doktor
Tobias Schabel, 1. Handwerksbursch
Huw Montague Rendall*, 2. Handwerksbursch
Heinz Göhrig, Der Narr
Asmik Grigorian, Marie
Frances Pappas, Margret
Salzburger Festspiele und Theater Kinderchor
Wolfgang Götz, Leitung Kinderchor
Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Ernst Raffelsberger, Choreinstudierung
Wiener Philharmoniker
Angelika-Prokopp-Sommerakademie der Wiener Philharmoniker, Bühnenmusik
Patrick Furrer, Leitung Bühnenmusik

 舞台セットは殺伐とした瓦礫の山。不穏な閉塞感に満ちた演出の設定は負傷兵やガスマスクをつけた人がうろつく戦禍の街。前日に観た『皇帝ティートの慈悲』と同じく現代の世相を反映した演出でしたが、戦禍の中で狂気へと導かれるさまは現実味のある陰鬱さに支配されていました。
 子供をどう演出するか、この演目のポイントとして注目していたのですが、ケントリッジは人形で表現。傍で人形を操るのは看護婦で、子供は障害か病気がある設定になってました。戦禍の街ということで当然空爆や銃撃が原因だったのかと想像せざるをえず、幕切れで舞台中央で動くことができずにいる子供にスポットライトがあてられブラックアウトしたのが痛ましすぎて後をひく悲劇でした。
 
 席は2階後方サイド。ほとんど見切れることなく舞台を見れたのは良かったのですが、この演出で鑑賞するのはもう少し舞台に近いほうが良かったかもしれません。全体的に常に暗い舞台でスポットライトによって主要登場人物を浮かび上がらせることが多かったのですが、暗い部分でも度々人が現れたり動いたりしていて、それが気になっても良く見えないというのが変なストレスになりそうでした。これにはもう全体的な印象として捉えたほうが自分自身の緊張感を保てそうだったので、早々に細部に拘ることは諦めて鑑賞しました。それで良かった気がしてます。

 歌手はタイトルロールのゲルネをはじめ、適材適所。中でも意外性という点で印象的だったのはグリゴリアン。どちらかというとマリーという役は生活に疲れきった中年といった印象を持ってたのですが、若々しく溌剌とした明るい声は戦禍の中に咲く花といった雰囲気さえあり、殺害されてしまう悲劇性をさらに大きくしていました。誘惑され、若さゆえに誘いに従ってしまったと考えれば話としても自然に思えました。

 演奏も緊張感があって良かったと思うのですが、強く印象に残るものではなくやや控えめ。ユロフスキはバイエルンの『炎の天使』以来2回目で、その時は抑制された演奏が尖った演出によく合って好印象でしたが、今回も控え目に思えたのは常にそういう演奏スタイルなのか?今後も聴く機会があることを楽しみにしたいと思います。


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