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ワルキューレ・・Deutsche Oper Berlin・・2017/4/14 [オペラ]

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Conductor Donald Runnicles
Production Götz Friedrich

Siegmund Stuart Skelton
Hunding Tobias Kehrer
Wotan Iain Paterson
Sieglinde Eva-Maria Westbroek
Fricka Daniela Sindram
Brünnhilde Evelyn Herlitzius
Helmwige Martina Welschenbach
Gerhilde Seyoung Park
Ortlinde Sunyoung Seo
Waltraute Michaela Selinger
Siegrune Annika Schlicht
Rossweiße Christina Sidak
Grimgerde Ronnita Miller
Schwertleite Rebecca Raffell

 トンネルはやはりスケール感があって良いのですが、この日古臭い違和感があったのはワルキューレ達の衣装がTV番組『不良少女と呼ばれて』を彷彿させるものだったこと。番組が放映されていたのがこのトンネルリングの初演と同じ1984年なので、当時の世相を反映しているかもしれません。こんなに大勢不良娘がいたらヴォータンの苦労はいかばかりかと思ってしまいました<(_ _)>

 歌手で最も声が出ていたのはウェストブルック。カーテンコールでも賞賛は大きかったのですが、個人的には決して良い意味で目立っていたとは思えず、絶叫ぎみで浮いているといった感があり、この辺は指揮者からアドバイスがなかったのかと疑問が残ります。これにつき合わざるをえず大変そうにみえたのがスケルトン。もともとオリジナルのキャスティングではなかったのが2週間前くらいにキャストチェンジで歌うことになったのですが、同じボリュームで歌い続けた結果、1幕終盤は息も絶え絶えながらなんとか歌ったというところ。ところが2幕になってから持ちこたえ、ヨレヨレ感は劇的信憑性といった面で良い印象になってました。
 良かったのはヘルリツィウスとパターソン。ヘルリツィウスは元々意思の強さが声に感じられる人ですが、ブリュンヒルデ役では少女らしい愛らしさも印象に残り、絶叫ではないコントロールされた表現の上手さがありました。パターソンは劇場のサイズの違いもあってか、シラーでさすらい人で聴いたときほど声の深みは感じられなかったのですが、それでも包容力のある声で、微妙な心の機微が現れていて巧みでした。

 この日もオケは控えめでワルキューレの騎行も薄っぺらい印象。ここは音響に問題があると以前感じましたが、連日聴くと問題はそれだけではなく、オケのレベルもいかがなものかと思わざるをえませんでした。

ラインの黄金・・Deutsche Oper Berlin・・2017/4/13 [オペラ]

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Conductor Donald Runnicles
Production Götz Friedrich

Wotan Derek Welton
Donner Noel Bouley
Froh Attilio Glaser
Loge Burkhard Ulrich
Alberich Werner Van Mechelen
Mime Paul Kaufmann
Fasolt Albert Pesendorfer
Fafner Andrew Harris
Fricka Daniela Sindram
Freia Martina Welschenbach
Erda Ronnita Miller
Woglinde Meechot Marrero
Wellgunde Christina Sidak
Flosshilde Annika Schlicht
Chorus Kinderchor der Deutschen Oper Berlin
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 長年親しまれたゲッツ・フリードリッヒ演出の通称トンネルリングがついに最終公演を迎えるとあって2年以上前にチケットを購入してありました。1984年初演ということでで30年以上続いた演出ですが、役柄設定に古臭さは否めない部分があるとはいえ、今では考えられないほどセットが充実していているだけでなく練り上げられた演出で、30年続くのも当然、続けなくては申し訳ないと思えるものでした。

 新国のリングも同じゲッツ・フリードリッヒの演出なので、役柄設定などはほとんど一緒。ドンナーは拳に白い布を巻いているのですが、やはりこの作品はドイツの作品と思わされるのは、日本人だと不自然に大きなグローブをつけているようで意味不明の役柄設定だったのが、大柄な歌手だと大きな握りこぶしにしか見えず、ほとんど演技などせず仁王立ちであっても無骨なドンナーと納得できてしまいました。巨人族兄弟も極高シークレットブーツではなく極高金属製下駄という違いだけ。最後のヴァルハラ城入場の行進ダンスも全く一緒等々、基本的には新国のプロダクションと同じということが多いのですが、奥行のあるトンネルがあるだけでスケール感に大きな違いをもたらしてました。

 歌手は総じて好演でしたが、一番良いと思ったのはローゲ役。声に飄々とした柔らかさがあるのがツボ。少々トボけたような何を考えているかわからない雰囲気があるほうがキーパーソンとして面白味があります。

 演奏は控えめ、アンビルの音もやたら可愛い音でしたが、ここは鳴らすと混濁するということを『ローエングリン』で嫌というほど実感したので、少々物足りないくらいのほうがマシかもしれません。ただ4日もこの劇場でワーグナーを聴くのには忍耐が必要でした。
 

テオドール・クレンツィス&ムジカエテルナ・・Meininger Theater・・2017/4/12 [コンサート・リサイタル]

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Dirigent: Teodor Currentzis
Mit: MusicAeterna (Orchester), Nuria Rial (Sopran), Paula Murrihy (Mezzosopran)

JOSEPH HAYDN (1732–1809)
„Die sieben letzten Worte unseres Erlösers am Kreuze” Hob. XX/1

GIOVANNI BATTISTA PERGOLESI (1710–1736)
„Stabat mater

 4月の旅行目的は長年親しまれてきたDOBのリング。前後に何か良い公演はないかと調べたところ見つけたのがこの公演。
 マイニンゲンは初めて訪れましたが、思いの外小さな田舎町でした。それでも歴史のある立派な劇場があり、演劇界ではマイニンゲンなくしてハリウッドなしといわれるほど重要なところだそうで、オペラにおいてもガランチャがアンサンブルだったり、今をときめくキリル・ペトレンコが音楽監督だった時代もあったのですから、侮れないところです。

 ムジカ・エテルナは前半は立奏でしたが、後半のスターバト・マーテルは奏者は着席しての演奏。

 照明は薄暗く、舞台前方に一列に並べられた蝋燭の炎がほのかに下から舞台上の人達を照らす中のスターバト・マーテル。リアルの清らかで透明感のある声とマリヒーのしっとりと愁いを帯びた声が美しく調和し、演奏と一体となった厳かさに心静かに浸った時を過ごしました。

 この作品は若干26歳にして逝去したペルゴレージの最後の作品とのこと。深い悲しみの中に透明感、清涼感のある美しい作品でした。


オルフェオ・・・Opéra National de Bordeaux・・2017/3/14 [オペラ]

 3月の旅行は『アルシルダ』が最大の目的ではあったのですが、前後で何か古楽で良さそうな公演がないかと探したところ、この公演が目にとまりました。他にパリに立ち寄りたい用件もあったので前日にブラスチラヴァからパリまで移動し、この日ボルドーまでやってきました。フランスは何回も来てはいるのですが、いつもパリだけで地方都市はあまり行ったことがなく初めてのボルドーです。
 チケットを購入するにあたり、この公演の残席数が『アルシルダ』より更に少なく、4日ある公演のうち残席があるのは2公演のみ、しかも1席ずつという状況でした。この日残っていたのは4階席サイドで照明器具が設置されているため見にくい席ではあったのですが、そんな席であっても手に入れることができたのは幸いで、人気が高く売り切れになるだけの内容がある公演でした。
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DIRECTION MUSICALE Raphaël Pichon
MISE EN SCÈNE Jetske Mijnssen
CHŒUR ET ORCHESTRE Ensemble Pygmalion chœur et orchestre

ORFEO Judith van Wanroij
EURYDICE Francesca Aspromonte
ARISTEO Giuseppina Bridelli
VENERE PROSERPINA Guilia Semenzato
AUGURE PLUTONE Nahuel Di Pierro
NUTRICE AMORE Ray Chenez
SATIRO Renato Dolcini
VECCHIA Dominique Visse
ENDIMIONE CARONTE Victor Torres
MOMO Marc Mauillon
APOLLO David Tricou
PREMIÈRE GRÂCE Alicia Amo
DEUXIÈME GRÂCE Violaine Le Chenadec
TROISIÈME GRÂCE Floriane Hasler
PREMIÈRE PARQUE Guillaume Gutiérrez
DEUXIÈME PARQUE Olivier Coiffet
TROISIÈME PARQUE Virgile Ancely
FIGURATION Aude le Bihan

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 『オルフェオ』というとモンテヴェルディが有名ですが、これはルイージ・ロッシの作品でフランスで上演された初めてのイタリアオペラだそうです。
 歌はソロ、重唱、合唱など変化に富んでいますが、歌った後に拍手をするようなアリアではなく、むしろ楽劇といった様相で、最初の一音から最後の一音まで拍手が被ることなく物語に集中して鑑賞することができました。

 冒頭ハープの独奏が流れる中、一人佇むオルフェオ。最後も全く同じシーンに戻る。時代を現代に置き換え、エウリディーチェを失ったオルフェオの回想と幻想が交錯する演出。目新しい手法ではないかもしれませんが、活き活きとした登場人物が紡ぎだす物語は哀愁を帯びた秀作となってました。
 セットは木造の壁に囲まれた空間に椅子とテーブルがあるだけ、黄泉の国では動物の被り物をした人達や羽を身に着けた神々が登場するのですが、その被り物や羽がセンス良くオルフォの幻想空間を創り上げてました。
 
 物語の特徴としてモンテヴェルディの作品では出てこないアリステオ(アリスタイオス)というオルフェオと同じアポロの子が物語のキーパーソンとして登場します。オルフェオの恋人であるエウリディーチェに思いを募らせ、気を引こうとして巡らせた策略がエウリディーチェを死に至らせてしまうという話です。元の話はギリシャ神話にあるのですが、元の話は策略ではなくアリスタイオスから逃げようとしたエウリディーチェが偶然に毒蛇に噛まれてしまうという内容です。
 前半はこのアリステオが歌う場面が多く、主役はオルフェオとエウリディーチェだけでなく、アリステオを含めた3人といっても過言ではありませんでした。
 登場人物が多い上に字幕はフランス語だけとあって、あらすじを調べたくらいでは分からない部分は途中あったのですが、この3人を中心に鑑賞して十分に充実感を味わえた公演でした。

 アリステオ役、エウリディーチェ役は共にイタリア人。美しく歌いながらも常に演技は自然体でほとんど演劇を見ているようでした。
 アリステオ役のメゾは素朴な印象の少年声。エウリディーチェが毒ヘビに噛まれた後に解毒剤を渡して助ければ彼女の気持ちが傾くと思い込んで毒蛇を用意してしまうという『恋は盲目』状態の愚か者です。毒蛇に噛まれた後になんとか解毒剤を飲んでもらおうと必死になっている様子、死なせてしまった後悔と罪悪感で打ちひしがれる様子など、純粋すぎて愚かな若者そのものでした。
 エウリディーチェ役のソプラノは1991年生まれ、まだ20代とあって外見も声も溌剌とした愛らしさ。 
 オルフェオ役のソプラノはオランダ人。役柄設定が知的で控え目なオルフェオで常に感情を抑え気味という印象でしたが、それゆえに漂う哀愁がありました。声も清楚で知的な印象で、エウリディーチェとの2人の重唱で共に引き立て合う美しさにはうっとりとさせられました。
 脇を固めた歌手の人達もそれぞれ個性ある役柄を好演。ピグマリオンのコーラスも素晴らしく、特に黄泉の国の場面では圧倒されるような凄みにゾクっとさせられたのでした。

 充実した公演の要はピション&ピグマリオン。チェンバロ、チェロ、リュートなどが優しく歌に寄り添い、間奏では密度が高く切れのある音でバイオリンが高揚感をもたらし、飽きることなく鑑賞できた公演でした。
 
 この公演を観てしまったが故に1月のウィーンの公演は影が薄くなってしまった感がありますが、自分自身の健忘症を棚上げにしているだけかもしれません。
 ネコは気がつくと棚に上がっている動物です。<(_ _)>

 
 

アルシルダ・・Pokladnica nová budova SND・・2017/3/12 [オペラ]

 1年以上放置して再開したのですが、一気に挙げた98公演の内、最もアクセス数が多いのは今のところ『エリオガバロ』で、他にもサバドゥスのコンサートなど古楽系の公演のほうがアクセスが多く、ネトレプコがエルザを歌ったドレスデンの公演はアクセス数が少ないという意外な結果になってます。古楽に興味を持つ人が増えているのでしょうか?

 ブラスチラヴァを訪れたのは初めてですが、ウィーンの空港から直通のバスがあり、45分で街の中心まで行けてしまいます。スロヴァキア国立歌劇場は1776年に建てられた歴史的な劇場と2007年にオープンした新しい劇場とがありますが、この公演は新しい劇場での公演でした。今回は1泊だけの滞在だったので歴史のある劇場で鑑賞しなかったのですが、また来る機会のお楽しみとしました。

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Conductor: Václav Luks
Stage direction and set design: David Radok

Arsilda: Olivia Vermeulen
Lisea: Lucile Richardot
Barzane: Kangmin Justin Kim
Tamese: Fernando Guimarães
Cisardo: Lisandro Abadie
Mirinda: Lenka Máčiková
Nicandro: Helena Hozová

Collegium 1704 and Collegium Vocale 1704
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 3月の旅行の最大の目的はこの公演。行こうと決めたのが1月末だったのですが、ここブラスチラヴァでは2公演しかないせいか9日は既に売り切れ、12日も安席しか残ってない状況でした。普通はお手頃価格席からなくなっていくのですが、ブラスチラヴァは物価が安く、最高額の席でも49EURなので良席からなくなってしまうのは仕方ありません。前方の端から3番目の19ユーロの席での鑑賞でしたが、それはもう病みつき[るんるん]になりそうなお得感でした。

 ヴィヴァルディの『アルシルダ』は初めての鑑賞で、なおかつ字幕はスロヴァキア語しかないわけですから、予習しない[猫]でもあらすじだけは調べて臨みました。

 演出のコンセプトは古往今来。
 舞台はブルーグレイのパステルカラーの壁に囲まれ、セットは晩餐のテーブルと透明な椅子でしたが、登場人物の衣装とかつらは当時の舞台様式、いわゆるHIP(Histrically informed performance)の様相で、なおかつダンスや登場人物の動きもバロックジェスチャーのようだったので完全にHIPの演出かと思いきや、登場人物の動きは徐々にに自然な動きになり、休憩後の後半になってミリンダがタメーゼに思いを打ち明ける場面からやたら脱ぎだし、最後は完全に現代の衣装になってしまいました。それだけではなく、大詰めに指揮者が舞台に登って指揮をするにいたっては物語は現在進行形という印象になり、なおかつ、オリジナルと異なり覆水盆に返らず、各々が我が道を行くという結末で複雑な人間の内面を浮き彫りにしたのも現代的な感覚の演出でした。
 物語は男性として生きることを強いられた女性が出てくる話ですが、HIP様式だった冒頭からその他大勢の中に女装の男性と男装の女性がいることも古往今来を意識した演出に思えました。

 聴きごたえのあるアリア満載の音楽と華やかさのある舞台に魅了されていたのですが、演奏のテンポが演出が現代的になるにつれゆっくり目になり、アンニュイな雰囲気になっていったのは、覆水盆に返らずという演出に合わせてのことかと思います。ただ例のごとく時差が抜けきらない2日目の夜とあっては演奏がゆっくりになるにつれ、徐々に黒目がまぶたの裏に入ろうとするのを抑えきれず・・・舞台にいる人から見れば白目をむいている観客がいるのは気持ち悪いに違いないので、しばらく目をつぶってしまった時があったのは無念<(_ _)>でありました。

 カーテンコールには演出家も登場し、賞賛に溢れてましたが、歌手で一番賞賛されていたのはCTのキム。シュヴェツィンゲンでエネアス役で聴いたときと同様の男前歌唱。くっきりとした声で声量もメゾと何ら遜色なく技術的にも聴かせてくれました。ただ今回は高音で乾き気味の声だったのが少々気になりましたが、エネアスを歌ったときはそういったことは気にならなかったので調子のせいなのか?いずれにせよまた聴く機会を楽しみにしたい人です。
 リゼア役の人の歌い方が音域によって声質が変わるのが少々気になったのですが、タップリとしたアルト声は歌い方も含めて個性的で存在感がありました。
 
 この公演は今後リール、カーン、ヴェルサイユなどで上演予定です。


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