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メフィストフェレ・・・BAYERISCHE STAATSOPER・・・2016/7/24 [オペラ]

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 7月の旅行の目的はこの公演。
 歌劇場の装いは上旬にきたときと同じ源氏の白旗・・・・・と思いきや・・・・よく見ると屋根の上の旗だけが白い旗ではなく国旗に変わってました。しかも半旗だと分かって弔意を示す事態になっていることに気づき、ドイツ南部の悲惨な事件のことを知ったのでした。

Musikalische Leitung Omer Meir Wellber
Inszenierung Roland Schwab

Mefistofele René Pape
Faust Joseph Calleja
Margherita Kristine Opolais
Marta Heike Grötzinger
Wagner Andrea Borghini
Elena Karine Babajanyan
Pantalis Rachael Wilson
Nerèo Joshua Owen Mills
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 演出は冒頭から退廃的な印象で、メフィストフェレによって支配された未来という設定。スクリーンにNYの街と飛行している航空機が交互に映し出され、航空機が急旋回して下降するところで映像はストップするのですが、当然観客の脳裏に浮かぶのは9.11・・・・・・これも悪魔のせいかと思わされる演出ではありますが、実際にドイツ南部で悲惨な事件のあった直後に観るのは辛いものがあります。芸術と現実を重ね合わせるのは良いときもあれば、別のものとしてとらえるほうが良いときもあります。今回は別のものとして考えるよう努めました。
 演出手法についてはブレークダンスを取り入れたり、カメラを登場人物に持たせてその映像を映したりと最近ではよくある手法の組み合わせといった面があり、何もそこまでという部分もなきにしもあらずではありましたが、非常に見ごたえがあったのは3つに分かれる舞台を上下に別々に動かして波のようなダイナミックな動きを創りだしていたところ。下に舞台が動いても舞台上にいる人たちは皆演技をしているので、この演出は平土間で観るよりも少し上から観たほうがより楽しめそうです。ただ音楽を一部蓄音機で流すという手法はあまり好ましいものではない気がしました。

 イタリア語のオペラといっても音楽はドイツオペラという印象で、オーケストレーションは複雑で厚みがあり、コーラスの迫力も観客を魅了するものでした。いつものように予習など何もせずに聴いてきたわけですが、作曲したボーイトが既存のイタリアオペラを批判しワーグナーに信奉していた時期の作品ということは聴けば容易に想像できるものです。

 歌手についてはほとんど言うことなしではありますが、カレイヤがいつも棒立ちで歌うのが少々気にならないでもなく・・・・これから棒立ち歌いをカレイヤ派と呼ぼうかと・・・・ただし声の素朴さから棒立ちこそが自然体と見えなくもないのが得な人です。初演の時から歌っているはずですが、演出家も歌っている間は多くを求めなかったのか?
 オポライスを聴くのは初めてでしたが、想像していたより線が細く、声が痩せているように感じたのは役柄ゆえでしょうか?
 演技も歌もいろんな意味で最も自然体だったのはタイトルロールのパーペ。次のシーズンでは他の人が歌うことになったため、この公演だけを目的に来た甲斐はありました。

 マイア・ヴァルバー指揮する演奏はダイナミズムに溢れ、見事な鳴らしっぷり。最後はコーラスの迫力と演奏にメフィストフェレの声がかき消されるほどでしたが、それこそが結末に相応しく、悲惨な事件が続く中での鑑賞では救いに思えたのでした。



ポント王ミトリダーテ・・Rokokotheater Schwetzingen・・2016/7/23 [オペラ]

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Musikalische Leitung: Rubén Dubrovsky
Inszenierung: Nicolas Brieger

Mitridate: Mirko Roschkowski
Aspasia: Astrid Kessler
Sifare : Mary-Ellen Nesi
Farnace: Clint van der Linde
Arbate: Antonio Giovannini
Ismene: Vera-Lotte Böcker
Marzio: Daniel Jenz

Orchester des Nationaltheaters Mannheim

 2度目のシュヴェツィンゲンのロココ劇場。ここでは年3回フェストがあり、春はSWR,夏はマンハイム歌劇場、冬はハイデルベルク劇場の主催です。

 夏はモーツァルト・サマーと銘打っての公演ですが、オケはマンハイム歌劇場のオケで古楽オケではありません。
 ドロットニングホルムで聴いた公演は古楽オケで歌手の歌も様式美に溢れ、バロックを印象づけるものでしたが、今回は歌にアジリタなどの技術を残しながらも演劇性に重きを置いたもので、演技にも歌にも感情を激しく表現する場面が多々ありました。歌手の配役も異なり、ドロットニングホルムではアスパージア、シーファレ、イズメーレ、アルバーテがソプラノ、ファルナーチェがCT,ミトリダーテとマルツィオがテノールでしたが、今回はシーファレはメゾ、アルバーテはCTでした。オリジナルはシーファレもアルバーテもソプラノのようですから、メゾ、CTでも高音を出せる人でないと難しいのではないでしょうか。

 演劇性重視といった面があったためか、アスパージア役とイズメーレ役の人は時にヒステリックと感じるような高音を出す場面もあったのですが、シーファレ役のネシはもともと古楽系の人でメゾということもあって激しく歌う場面があっても過度になりすぎず、聴いていて心地よく耳に残りました。
タイトルロールのテノールの人が荒々しさがありながらも実に良い声の持ち主でしたが、後半になって高音が2,3か所決まらなくなってしまったのが惜しいところ。ただし、ハイCもある難役ということを考えれば十二分に存在感のあるタイトルロールでした。ファルナーチェ役の人が体調が万全でなかったのか、途中舞台で吐いてしまって大丈夫かと心配したのですが、その一瞬だけで、歌も演技も全力投球で立派に最後まで勤め上げてプロ根性を見せてました。


 この劇場は舞台の模型が展示されているのですが、模型ではかなり奥行があるのに、冬の公演でもこの夏の前半もそれほど奥行がなく、修復でもしているのかと思っていたところ、後半になってその奥行を活かした演出となり、奥で火を燃やしているかのような迫力は見ごたえがあるものでした。

 この劇場のサイズには古楽オケでバロックのほうが合うという気はしましたが、歌手陣の熱演が好印象として残った公演でした。

 今回は昼頃にはシュヴェツィンゲンに到着したので、冬に来たときに修復中だった城内の見学ができるかと思ったのですが、残念ながらまだ修復は終わってませんでした。

エレーヌ・グリモー/オーストラリアン・ユース・オーケストラ/マンフレート・ホーネック・・・Kurhaus Wiesbaden - Friedrich-von-Thiersch-Saal・・2016/7/22 [コンサート・リサイタル]

Hélène Grimaud, Klavier / Australian Youth Orchestra / Manfred Honeck, Leitung

Programm
Carl Vine Celebrare Celeberrime
Maurice Ravel Klavierkonzert G-Dur
Gustav Mahler Sinfonie Nr. 1 D-Dur „Der Titan“

 日本からの到着日に公演が何かあるかと探したところ見つけたのがラインガウ音楽祭のこの公演。
5月にヴィースバーデンのオペラハウスに行ったばかりですが、すぐ側にあるクアハウスの中にあるコンサートホールでの公演でした。
 ただし、この公演は人気が高く、気づいたときは売り切れ。4月下旬になって再度販売に出ていたので音楽祭のH/Pで申し込んだのですが、ちょうどゴールデンウィークの時期に代金を振り込むようにというメールがあり、日本の銀行は長い休日で期日までに送金は無理と返信。それに海外送金など手数料が高くて避けたいと思い、当日チケットを受け取るときに支払うということで了承してもらえて助かりました。

 オーストラリア・ユース・オーケストラは毎年オーストラリアの若手の中からメンバーを選抜し、海外ツアーを行っているそうで、今年は欧州とアジアを1か月ほどかけて巡るそうです。会場にはメンバーの家族の人たちも大勢いて、どうりでチケットが早々に売り切れとなるわけです。

 若さ溢れる活力に満ちた演奏になったのは言うまでもなし。指揮のホーネックもそれこそが狙いとばかりエネルギーに満ちた爆演で、これほどの鳴らしっぷりは楽友協会で聴いたフェドセーエフ&モスクワ放送響以来かななどと思い出しつつ、最初のVineが終わった段階で最後までこの調子だと虚弱体質の[猫]の耳はどうなってしまうかと心配したのですが、その後グリモーのピアノとの共演では鳴らしっぱなしというわけはないということで全く問題なく楽しめました。

 若い人たちが心を一つにして臨む音楽に力をもらった公演でした。


イル・トロヴァトーレ・・・STAATSOPER IM SCHILLER THEATER・・・2016/7/8 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Philipp Stölzl

GRAF LUNA Simone Piazzola
LEONORA Anna Netrebko
MANRICO Yusif Eyvazov
AZUCENA Dolora Zajick
FERRANDO Adrian Sâmpetrean
INEZ Anna Lapkovskaja
RUIZ Florian Hoffmann
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 このところネトレプコの追っかけと化しているかもしれない[猫]です。
 昨年の新制作であるシュトルツルの『イル・トロヴァトーレ』ですが、ヴィデオクリップを見るとこれがなんとも面白そうでどうしても観たくなってしまったのでした。

 開演時間になって係りの人が舞台に登場。開口一番、キャストチェンジではありませんのでご安心ください。これには観客から笑いがもれましたが、安堵もあって当然の反応。技術的な問題があるとのことでしたが、再演とはいえ3回公演の初日、以前『ファウスト』でもありましたが、再演の初日は要注意。仮の劇場で行う困難が露呈するようで、おそらくスタッフの人たちも早くリンデンに戻れることを心待ちにしているるに違いありません 。

 序曲冒頭・・・打楽器・・・上手すぎるゾクゾク感・・・・管楽器・・・・これまた上手すぎるワクワク感。この話、そこまで上手くなくてもよいの、肝心なのは大衆的ドンチャカ感。そう思いながら聴き始めたものの,肝心のドンチャカ感もアンビルコーラスでチンドン屋のような鳴り物を思い切り鳴らしてバッチリ。
 ただアリアの後の拍手の後に微妙な間合いがあることがあり、一瞬バレンボイム先生の具合でも悪いのかとも心配になったのですが、おそらくは冒頭でアナウンスがあった技術的な問題を確認しながら進行しなくてはいけない状況だったのではないかと?

 演出は人形劇風。夜な夜なおもちゃ箱の中ではこんな大変なことが起こっているのですヨ。といった趣向にも見えて、子供に聞かせる怖い話風仕立てです。これがネトレプコやザジックといった大見得を切れる人たちが歌うと人形にみるみる熱き血潮がみなぎり、情念が溢れるのが醍醐味。
 もともとネトレプコはコメディのほうがおおらかで伸び伸びとした魅力があって良いと思ってましたが、この演出では軽いコミカルな愛らしさから重い情念まで、ネトレプコの魅力を最大限に楽しめる、正にネトレプコのための演出といったところ。
 アズチェーナの髪が赤茶でボワボワ、マンリーコの服装が全身茶色ということで、この二人が並んでいると見た目はまるでタヌキの親子であるにもかかわらず、2幕の昔話の場面ではザジックのおぞましい凄みにゾクゾク。
 ザジックの歌い方が低音で声質が変わるのが少々気になったのですが、低音が出にくくなってしまったゆえか?わざと凄みをだすために声質を変えてるのか?いずれにしてもゾクゾクさせられたのはベテランの上手さと納得。
 タイトルロールのユセフはひたすら威勢の良さで勝負。聴かせどころの『見よ、恐ろしい炎を』は強烈な浜口方式。気合いだ!気合いだ!気合いだ!派手な恰好をしたコーラスと相まって、その威勢の良さには近くに座っていた人が思わずホッと溜息のような感嘆が漏れるほど。
 ルーナ伯爵役の人はイタリアでは既に幅広く活躍している人のようですが、見るからに若い感じの人で、慣れてないであろうドイツで、ネトレプコのようなスターとの共演は初めてではないかなといった様子。まして初演時にはドミンゴさまという大御所が歌ったのですから、その後を引き継ぐとあっては緊張しないわけはなかろうという状況であります。ネトレプコやザジックのような大見得を切れる人とつりあうようにゆっくりと歌う場面もありましたが、これからの人という印象でした。
 女性陣に比べてしまうと男性陣が物足りなさを感じてしまうのは致し方なしではあります。
 フェルランド役の人はザルツでも同役を歌っていた人ですが、脇役とはいえ歌はしっかり、舞台センスも良い感じで好演してました。

 ベルリンのトロヴァトーレは6月に観た軽量級のDOBの公演も面白かったですが、シラーの重量級のトロヴァトーレも面白くて満足でした。


トゥーランドット・・Bayerische Staatsoper・・2016/7/7 [オペラ]

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 9月8日のヨハン・ボータ氏の突然の訃報に喪失感と悲しみに襲われたのは言うまでもありません。
 聴いた役はラダメス、ローエングリン、ジークムント、影のない女の皇帝、そしてこのカラフ。何を歌っても素晴らしい人でした。この公演はフェストの2回公演の初日でしたが、オペラの出演はこの『トゥーランドット』が最後だったのかもしれません。実に立派な舞台でした。

 ご冥福をお祈りいたします。
 合掌

 以下の感想は8月頃書いたものです。

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Musikalische Leitung Asher Fisch
Inszenierung Carlus Padrissa - La Fura dels Baus

La principessa Turandot Nina Stemme
L'imperatore Altoum Ulrich Reß
Timur, Re tartaro spodestato Goran Jurić
Il principe ignoto (Calaf) Johan Botha
Liù Irina Lungu
Ping Andrea Borghini
Pang Kevin Conners
Pong Matthew Grills
Un mandarino Bálint Szabó
Il principe di Persia Thorsten Scharnke
Kinderchor  Kinderchor der Bayerischen Staatsoper
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 客席に入ろうとすると係りの人から紙の3Dメガネを渡され???ビデオで使用するときがあるとのこと。これが字幕部分にメガネの絵が表示されるので、どこで使用するかはわかりやすいのですが、そのたびにカサカサと音がしてしまうし、別にそんなことオペラに期待しないヨというのが正直なところ。
 最近主流の映像を駆使した演出ですが、とにかく何でも取り入れてみようという趣旨もあり、ローラースケート、太極拳&ブレークダンス、宙づりパフォーマンス等々舞台上はてんこ盛り状態。このような近くで観た場合は煩わしいと感じるであろう公演も、遠目で観ていると異次元空間の話のような、まるでSF映画を観ているような面白さがあって悪くないと思えました。新しいものを芸術としてとらえ、オペラという伝統的芸術と融合することは、現代と過去のアーティストのコラボであり、オペラが生き続ける芸術であるための一つの手段であることは間違いありません。それにその他大勢がさまざまなことをやっても、歌手の負担は少なそうなのが何よりといった演出でした。

 始まる前に座っていた席の後列から米語が聞かれ、序曲が始まってすぐにローラースケートを履いた集団が現れただけで案の定、ケラケラと笑声(vv。。。光GENJIを知らんのか!ちっともオモロナイワイ!と、心ひそかにムっとしてたのですが、その後は静かに鑑賞できたのですぐにムっは収まったのでした。それに光GENJIを知らなくてもやむをえないところです。

 前日の『ボエーム』では幕に反応する人がいて音楽に拍手が被ってしまいましたが、この日は幕がなく、拍手が全く被ることはありませんでした。アリアの後も拍手の間をとることなく続けて演奏してましたが、大きな劇場とあってか、さすがに「誰も寝てはならぬ」の後は演奏を止め、拍手の間を取ってました。

 歌手で注目していたのは長い間お休みしていたボータ。見た目が痩せたと思いましたが、歌声はほとんど変わらない気がしたので安心しました。イタリアもの、ドイツもの、オールマイティに活躍できる貴重な人で、オペラ界になくてはならない人です。




ラ・ボエーム・・・Bayerische Staatsoper・・・2016/7/6 [オペラ]

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 5日の『裁判官』から8日ベルリン『トロヴァトーレ』まで、どこで何を観ようか? エクスやマドリッドで興味のある公演はあってもさすがに遠すぎて面倒なので、結局ミュンヘンへ。

 源氏の白旗良い旗印[るんるん]よくみりゃ父ちゃんのふんどしだ[るんるん]という歌を思い出してしまった今年のバイエルンフェスのデコレーション。屋根の上の旗まで真っ白。そんな歌を思い出してしまったのも申し訳なく、白い布で統一したのには何か意味があるのかと思い、係りの人に尋ねたのですが、特に意味があるかどうかもわからないとのこと。でも少なくとも源氏の白旗やふんどしからイメージするわけはないのであります。

Musikalische Leitung Asher Fisch
Inszenierung Otto Schenk

Mimì Sonya Yoncheva
Musetta Julie Fuchs
Rodolfo Wookyung Kim
Marcello Levente Molnár
Schaunard Andrea Borghini
Colline Goran Jurić
Parpignol Petr Nekoranec
Benoît Christian Rieger
Alcindoro Peter Lobert
Ein Zöllner Igor Tsarkov
Sergeant der Zollwache Johannes Kammler
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 バイエルンというと斬新な演出のほうが強い印象ですが、カビが生えそうな演出もしっかり残っていて、このボエームもその一つ。ドイツ語圏は公演数の多さから、斬新な演出が一番多いのもドイツなら、カビが生えそうな演出が多いのもドイツ語圏で、結局選択肢が多いというところなのです。

 失礼ながら個人的にはオマケの公演なので大した興味もなく、唯一楽しみな点を挙げるとしたら初ヨンチェバ。
 演出の面白さなどあるわけないのですが、出演者のキャラがそれぞれ立っていて、なおかつチームワークよく、最後は結構泣ける良い公演でした。

 ヨンチェバはミミの役柄のイメージに声も容姿もピッタリ。プッチーニとあって結構鳴らす部分があったのですが、余裕の声量。
 パークは『冷たい手を』でハイCを出したのは立派。少々気になったのは演技面で、仲間達と歌うときは自然体でよいのに一人でアリアを歌うと歌に集中してしまうためか演技が不自然で不器用な感じになってしまっていたのですが、多くのテノールが避けて歌う高音を出していたのですから、それも納得の範囲ではあります。
 主役2人も良かったですが、マルチェロ&ミュゼッタ役がそれぞれ役柄に合って、個性を発揮したことも充実した公演となった大きな要因です。マルチェロ役のモルナールはこの劇場のアンサンブルのようですが、懐の大きさを感じる歌唱に人柄の好さがにじみ出ていて、ミュゼッタ役のフックスは茶目っ気ある愛らしさで好演でした。ただフックスはは爆演大声大会的な部分もあるプッチーニより古楽あるいはロッシーニなどの技術系のほうがより良さを発揮できるのかもしれません。もちろん声のコントロールも素晴らしいし、舞台センスもすごく良いので不満があるわけではないのですが、少々コンパクトな印象になってしまうので、劇場サイズもチューリッヒくらいで技術系の歌を歌っているほうがより素晴らしい気がしました。


裁判官・・Theater an der Wien・・2016/7/5 [オペラ]

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Musik von Christian Kolonovits
Libretto von Angelika Messner

MUSIKALISCHE LEITUNG David Giménez
INSZENIERUNG Emilio Sagi

FEDERICO RIBAS, RICHTER José Carreras
ALBERTO GARCÍA, LIEDERMACHER José Luis Sola
PAULA, JOURNALISTIN  Sabina Puértolas
MORALES, VIZEPRÄSIDENT DER SAUBEREN HÄNDE Carlo Colombara
ÄBTISSIN Ana Ibarra
MARIA | ZWEITE NONNE Maria José Suarez
ERSTE NONNE Itziar de Unda
PACO, KAMERAMANN Manel Esteve
ALTE FRAU Milagros Martin
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Thomas David Birch
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Julian Henao Gonzalez
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Ben Connor
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Stefan Cerny
ORCHESTER  ORF Radio-Symphonieorchester Wien
CHOR Arnold Schoenberg Chor (Ltg. Erwin Ortner)

 7月の旅行の最大の目的は6月に引き続きシラー劇場。その公演が8日で前後になにか観るべきものがあるかと調べたところ、TAWのシーズン発表時にはなかったこの公演が目に留まりました。現代作品も決して嫌いでなく、レアもの好き、それでカレーラスの名前が目に飛び込んできたのですから、聴いてみたくなったのも当然といえば当然です。カレーラスは現在リサイタルが活動の中心ですが、再度オペラの公演に出演するとなると見逃す手はありません。まして[猫]はリサイタルでさえ聴いたことがないので、お初でございます。

 作品はフランコ政権下のスペインで修道院が子供を誘拐、拉致して身寄りのない孤児として教育を行っていたという実話をもとに制作されたもので、コロノヴィッツはカレーラスに歌ってもらうために作曲したということです。スペイン語の作品であり、初演もビルバオですが、これはスペインの人たちにとっては忘れてはならない事件だったことは想像に難くなく、この作品は2度とこのような悲劇が起こらないようにとの願いを世界に発信するために制作され、カレーラスもその一翼を担うべく再度オペラに出演する決意をしたのかもしれません。

 ある男性が母親から死に際に誘拐された兄の存在を聞き、兄を探すというストーリー。アリアもありますが、厚くオケが鳴らすことも多く、のど自慢大会的なイタリアオペラではありません。ギターの音色が印象的に響く場面があったり、歌手の歌いまわしにもスペインの民謡を思い起こすような部分があったりとスペインの風土を感じる作品です。

 [猫]はこの作品で初めてこの悲惨な事件のことを知りましたが、カレーラスが出演しなければ鑑賞したかどうかは疑問です。現代作品も鑑賞しなくてはと再認識した公演でしたが、カレーラスの存在は大きな力であったことは間違いありません。品格のある美声は全盛期を彷彿とさせるものでした。