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グリゴリー ソコロフ・・・Liederhalle・Stuttgart・・・2016/4/21 [コンサート・リサイタル]

R. Schumann
Arabeske op.18

Fantasie in C major op. 17

Intermission



F. Chopin

Nocturne in B major, op.32 n.1

Nocturne in A-flat major, op.32 n.2

Sonata No.2 in B-flat minor, op.35

1. Grave. Doppio movimento
2. Scherzo
3. Marche funèbre
4. Finale. Presto

4月の旅行の最後を飾るのはオペラではなく、ソコロフのリサイタル。

ローザンヌからは5時間近くかかりましたが、来た甲斐があったリサイタルでした。

ピアノという楽器一つでこれほど厚みのある表現ができるとは・・・・

賞賛は長々と続き、6曲もアンコールに応えてくれましたが、プログラムはソコロフのH/Pからコピペしたもの。
あと2曲は不明。

アリオダンテ・・・Opéra de Lausanne・・2016/4/20 [オペラ]

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Direction musicale Diego Fasolis
Mise en scène, décors, costumes et lumières Stefano Poda

Ariodante Yuriy Mynenko
Ginevra Marina Rebeka
Dalinda Clara Meloni
Il re di Scozia Johannes Weisser
Lurcanio Juan Sancho
Polinesso Christophe Dumaux
Odoardo Jérémie Schütz

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アリオダンテ.jpg
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 ローザンヌに来たのは初めてのこと。チューリッヒより小ぶりの劇場は古楽を聴くのにはちょうど良いサイズ。フランス語圏ということもあり、フランスのバロック好きにも通じるものもあるかもしれません。

 オケピを覗くと意外に深く、2台のチェンバロだけ台座をつけて浅い位置に置いてあるのが珍しい気がしましたが、チューリッヒやTAWより小ぶりな劇場だからでしょうか、演奏のバランスは各楽器のバランス、歌声とのバランス、共にこのオケピ設定でちょうどよいと実感しました。

 始まる前にアナウンスがあり、ペレスの調子が悪く代役が歌うとのことでした。てっきりH/Pでも代役の名前が載っていると思って名前を記憶する必要はないだろうと思っていたのですが、H/P上に記載がなく、代役で歌った人が気の毒なきがしました。冒頭こそ緊張ぎみといった面が垣間見れたのですが、小柄で品よく、可憐な歌声は姫君といった雰囲気に満ちて、彼女で良かったとさえ思えました。

 演出は゛壁に耳あり、障子に目あり”ならぬ゛壁に耳あり、壁に目もあり”。さらに゛天井に手あり”で屋根にはその手を根とするように草が生えているというセット。因果応報を象徴するようでありましたが、最後は現代的な読み替え演出で、失望して疾走するような男にハッピーエンドはありえないとばかり、゛覆水盆に返らず” でした。

 この公演を観たいと思った理由は2人のCTですが、2人とも適材適所。
 ミネンコは見た目も歌声もストイック。高音が少々強引に聞こえるのがさらにストイックさを強く印象づけたのですが、裏切られたと思いこんだときの自分自身を追い込んで行く様子がまざまざと現れてました。歌が長いフレーズを息継ぎなしでアジリタ三昧で難しそうな部分でも、顔色一つ変えず歌いきるのは見事。
 デュモーはチョイ悪からチョー悪まで、悪役が似合いずぎ。今回はチョー悪の役ですが、アジリタの部分でも痩せていたころより間違いなく声量アップしていると実感できました。

 他の出演者も好演で、全体的に洗練された印象のとても充実した公演でした。


マクベス・・・Opernhaus Zürich・・・2016/4/19 [オペラ]

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Musikalische Leitung Teodor Currentzis
Inszenierung Barrie Kosky

Macbeth Markus Brück
Banco Wenwei Zhang
Lady Macbeth Tatiana Serjan
Kammerfrau der Lady Macbeth Ivana Rusko
Macduff Pavol Breslik
Malcolm Airam Hernandez
Arzt Dimitri Pkhaladze
Diener Macbeths, Mörder Erik Anstine

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 10月に観たウィーンの『マクベス』は秀作でしたが、コンセプトも手法も全く異なるものながら、この『マクベス』も秀作でした。


 コスキーとクレンツィス、この2人の個性が交わったとき、どのような作品になるか?それは1+1=1といったコンセプトの一致がある一方で、1+1=10、あるいはそれ以上の大きなインパクトのある作品に仕上がってました。

 『炎の天使』の強烈な演出が記憶に新しいコスキーですが、今回も魔女の集団は・・・こんなもの見たくないヨ・・・といったギョッとするような裸体の集団です。しかし、そう思うのも一瞬で、映像を重ねることによって芸術と言ってもよいほど幻想的なシーンに昇華してしまう手法は見事としか言いようがありません。それにこのギョッとするようなシーンは極僅かで、ほとんどは闇という極めてシンプルな演出でした。
 魔女である裸体集団は歌わず、コーラスは真っ黒な衣装で常に暗闇の中で歌って観客からは見えません。セットといえるようなものは2つの椅子くらいで、真っ暗闇の中、舞台外側から内側奥へ向かってトンネルのように点々と4本のライトが並び、舞台前方頭上に歌手を照らすライトがあるだけ。
 永遠に続く闇の中、登場人物は闇から出で闇に帰す・・・・人間の深層心理に潜む闇の部分を闇で表現した心理劇といった様相でした。

 セットがシンプルな一方で、演出に合わせて演奏は様々な手法で変化に富み、厚みといったものさえ感じるもので、オランダ人がワーグナーのヴェルディもどきなら、マクベスはヴェルディのワーグナーもどき、とさえ思えるものでした。演出に合わせて、長いパウゼを作ってマクベスのハァハァという息を入れたり、バンコーの子供が持っていたボールがはずむ音だけを観客に聞かせたり、合唱の声をPAを使って観客の背後から流したり・・・・。それら全てがゾクゾクの連続で、ヴェルディらしく歌手にしっかりと歌わせながらも、観客の心理状態をも闇の緊張感に導くものでした。
 
 最後にマクベスが殺害される瞬間・・・舞台は未だ闇に包まれていても、観客は目の前が明るくなるように緊張感から解放され、コスキー&クレンツィスが創り上げた世界に目から鱗の状態になるのです。

 歌手も全員完璧にコンセプトを伝えることに成功してました。

 カーテンコールはスタンディング・オベーション!




ドン・パスクワーレ・・・Wiener Staatsoper・・・2016/4/18 [オペラ]

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Evelino Pidò | Dirigent
Irina Brook | Regie

Michele Pertusi | Don Pasquale
Juan Diego Flórez | Ernesto
Adam Plachetka | Malatesta
Valentina Naforniţa | Norina
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 4月の旅行の目的はこの公演とローザンヌの『アリオダンテ』でしたが、タイトルロールを歌うのはダルカンジェロだったはずが、知らない間にペルトゥージに変更になってました。

 それでもこのペルトゥージがとても良く、のほほ~~~んとしたと温かみのあるとぼけ方が最高。マラテスタ役のプラチェッカが深い声のバスなので、声の組み合わせとしては同じバスのダルカンジェロよりもバリトンのペルトゥージのほうが良いようにも思えました。

 演奏ものほほ~~~んとした緩さあり、テンポよく爽快な軽妙さあり。フワフワ、ホンワカとした音は指揮者のピドの意図もあってか、明らかにいつものウィーンフィルと違う音。こんなヘナチョコ系の音を出すときもあるのだと少々意外ではありましたが、この作品にはヘナチョコ系の音こそが合っていて、これもウィーンフィルの上手さと思わされました。

 フローレスもノリノリでしたが、なんと全力ピルエットを披露してくれるとは思いもよらず!!それも1度や2度でなく、そんなにクルクル回ったら三半規管がおかしくなって歌に影響すると心配になるほど。それでもそんなことはおかまいなしの楽しさは最高でした。

 ノリーナ役はアンサンブルの人でしたが、スリムな美人で役のイメージにピッタリの声。フローレスのようなスターと一緒でも何ら遜色なく、活き活きとしたさまは素敵でした。

 この日、チケットが取れずに立ち見しましたが、並んでも鑑賞した甲斐があった公演でした。

イェヌーファ・・・Wiener Staatsoper・・・2016/4/17 [オペラ]

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Ingo Metzmacher | Dirigent
David Pountney | Inszenierung

Christian Franz | Laca Klemen
Marian Talaba | Stewa Buryjia
Angela Denoke | Die Küsterin Buryja
Dorothea Röschmann | Jenufa
Aura Twarowska | die alte Buryja
Il Hong | Altgesell
Alexandru Moisiuc | Dorfrichter
Donna Ellen | Frau des Dorfrichters
Hyuna Ko | Karolka
Lydia Rathkolb | Schäferin
Ulrike Helzel | Barena
Annika Gerhards | Jana

 通常、ウィーンへの直行便を利用すれば到着日に鑑賞することにそれほど無理はないのですが、この日は日曜だったせいか、開演時間が18時。これは一幕は無理かと覚悟はしていたのですが、更に到着が1時間以上遅れ・・・・劇場に到着したときは2幕途中。
 ロビーでテレビの映像を見ながら過ごしたのですが、劇場で鑑賞するのとは違ってアップで見るのも表情まで分かって感動的でした。特にフランツですが、その表情、仕草、たたずまいに情があるというのがアップで見るとよく分かるものでした。
 
 デノケは今回は母親役ですが、イェヌーファも歌っているはずです。ただレシュマンの声と比べるとレシュマンのほうが甘い可憐さがあるのでデノケが母、レシュマンがイェヌーファというのがすごくしっくりとしてました。凛とした母とたおやかな娘でありました。

 カーテンコールではデノケとレシュマンに大きな賞賛があり、フランツは2人に比べると控えめな賞賛ではありましたが、大きな劇場では表情、仕草などまではなかなか伝わらないので仕方ないのかもしれません。歌い方がデノケとレシュマンが比較的譜面通りに美しく歌っているのに対し、フランツの歌い方が楽劇といった様相で、台詞を言うように途切れがちに聞こえるときがあったからかもしれません。

 最初から見れないであろうことは予想していたので、席は最上階の最後列で最後の幕だけの実演鑑賞でしたが、鑑賞できてよかったと思えた公演でした。