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ホヴァンシチナ・・Wiener Staatsoper・・・・2015/9/20 [オペラ]

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James Conlon | Dirigent
Lev Dodin | Regie

Dmitry Belosselskiy | Iwan Chowanski
Christopher Ventris | Andrei Chowanski
Herbert Lippert | Golizyn
Evgeny Nikitin | Schaklowity
Ain Anger | Dossifei
Elena Maximova | Marfa
Norbert Ernst | Schreiber
Caroline Wenborne | Emma
Lydia Rathkolb | Susanna
Marcus Pelz | Warsonofjew
Marian Talaba | Kuska
Wolfram Igor Derntl | Streschnew
Hans Peter Kammerer | 1. Strelitze
Il Hong | 2. Strelitze
Benedikt Kobel | Vertrauter Golizyns
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 コンロン指揮の演奏にはいかにもロシアの歴史絵巻といった壮大な音楽を堪能させてもらいました。

 演出が雰囲気は合っているものの、極めてシンプルで上下に動くだけだったのは少々退屈という面は否めないところで、いっぱいだった立ち見の観客も長丁場ということもあって2回目の休憩後はガラガラになってしまいました。

 歌手の人達は全員好演でしたが、最も印象に残ったのはドシフェイ役のアンガーとホヴァーンスキー公のベロゼロスキー。
 アンガーは見た目は淡々とほとんど無表情にもかかわらず、凛とした雰囲気と宗教家の懐の深さを歌で伝えてました。
 ベロゼロスキーはまだ30代だそうですが、いかにも権力者らしい貫禄。
 息子役のヴェントリスが張りのある若々しい声で好演していて、遠目で見ていると童顔ということもあり、親子でなんら違和感もなく観てました。
 他の人達も好演してましたが、久しぶりに聴いたニキーチンの声が以前より明るくなったような気がして最初はご本人と確信がもてないくらいでした。

 音楽的には満足感が高い公演でしたが、長丁場の作品とあって演出にもう少し変化があるほうが好ましく思えた公演でした。

チェネレントラ・・・Wiener Staatsoper・・・2015/9/19 [オペラ]

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Michael Güttler | Dirigent
Sven-Eric Bechtolf | Regie

Benjamin Bruns | Don Ramiro
Gabriel Bermúdez | Dandini
Pietro Spagnoli | Don Magnifico
Margarita Gritskova | Angelina
Marco Vinco | Alidoro
Hila Fahima | Clorinda
Juliette Mars | Tisb
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 ギュットラー指揮の『チェネレントラ』というと、シャンゼリゼ劇場で鑑賞した公演を思い出します。その公演は古楽器の演奏だったのですが、そんなことも分かっておらず、ちょうどウィーンで鑑賞後で、シャンゼリゼの音響がデッドなせいもあり、ヘボい音などと暴言を吐いてしまったのでした。それでも音にはすぐ慣れ、すごく良い公演で、最高に面白かった『チェネレントラ』でした。

 今回も指揮はギュットラー、同じ公演に出演していたスパニョリも一緒です。
オケピはガラガラにもかかわらず、席の位置がバルコンサイドだったために、オケ強すぎじゃない?などと一瞬思ったものの、その上質な演奏の心地よさといったら最高!
コーラスの人たちが女装など、おもしろい恰好して足踏みをしながら歌う場面があったのですが、その足音まできれいに揃っていて、おもしろさの中にもあくまで上質を追及する心意気に感心しつつ、口元が自然とほころんでました。

 ラミーロはイタリアの自動車メーカーの若旦那で、ダンディーニに元で修行中といった設定。

 歌手はマニフィコ役のスパニョリとアリドー役のヴィンコ以外はウィーンのアンサンブルメンバー。
 スパニョリのマニフィコは今回も最高。考えてみるとキャストの中で唯一のイタリア人。歌はもちろん、2枚目が意地悪父さんを演じるときはかくあらんというお手本のような渋い面白さ。

 驚いたのはラミーロ役のベンジャミン・ブルンス・・・どこかで聞いたことがあると思って、ご一緒した人にふともらすと、バイロイトのオランダ人で舵取り役だったとのこと。確かにその時もよいパフォーマンスでしたが、ロッシーニでこれほど魅力を放つとまで想像してませんでした。アジリタは少々粗さがありながらも、高音をパーンと決めてくれて爽快感抜群。芯の太い声ですが、固すぎず、親しみやすい暖かさとまろやかさがあるのも大きな魅力。一生懸命ダンディーニの元で修行するボンボンを若さ溢れる演技で好演してました。

 アンジェリーナ役は遠目で観ているとオードリー・ヘップバーンのようにスマートな美人。高音の発声が少々強引で、そこまで頑張らなくても聞こえるのに・・・というのが気にはなったのですが、それ以外は文句なく、お茶目で素敵なアンジェリーナでした。

 ダンディーニ役のバミューデスが低めのバリトンで、縞のスーツ姿なのがマフィアっぽい雰囲気。この凄みがトボけた演技と重なって独特の面白さを出すことに成功してました。

 ウィーンはSKBのコンサートと『ホヴァンシチナ』を目的に立ち寄ったのですが、これも鑑賞できたのは幸運だったと思えた公演でした。

ベルリン国立歌劇場管弦楽団・・・Musikverein・・・2015/9/20 [コンサート・リサイタル]

Staatskapelle Berlin
Daniel Barenboim, Dirigent
Martha Argerich, Klavier

プログラム
Ludwig van Beethoven
Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur, op. 19 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur, op. 19
-------- 休憩 ----------
Edward Elgar
Symphonie Nr. 1 As-Dur, op. 55 Symphonie Nr. 1 As-Dur, op. 55

 前方2列目の席。想定内ではありましたが、ピアノの場合、ペダルワークがよく見える席ということ。ちょうど優雅に湖面を泳ぐ白鳥の足を見ているような感覚でした。アルゲリッチは結構細かくペダルを踏んでいて、それゆえに生まれる美しく深い音色を堪能。

 アンコールはなんとバレンボイムとの連弾。ペダルはアルゲリッチが担当してました。柔らかく、優しく、豊かな演奏に陶酔。

 休憩後のエルガーはSKBの低弦の魅力にドップリとつかり・・・
ひさびさに[猫]のSKB漬け一丁上がり。

 ちょうど日本はシルバーウィークで、日本の方も大勢いましたが、「最高やったな」という声あり。全くもって同感でした。

L'Amore in Musica・・barokní divadlo v Českém Krumlově・・2015/9/18 [オペラ]

Antonio Boroni: L’Amore in Musica
Dramma Giocoso per Musica
First performed in Venice, Teatro di S. Moisè, in 1763

Modern World Premiere
Hof-Musici Baroque Orchestra, directed by Ondřej Macek
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 世界遺産に登録されているチェスキークルムロフ城のバロック劇場では毎年9月にバロックフェスティヴァルが開催され、3日間だけバロックオペラを上演します。それも当時の上演形式で、現代では上演されなくなった作品を上演するというものです。
 埋もれた作品を現代によみがえらすのには大変な労力と資金が必要なはずで、そのため物価の安いチェコにしてはチケット代は日本円で1万円くらいするのですが、立派なパンフレットが無料で配られ、そのくらいのチケット代ではとても採算が合うものではないかと思われました。採算云々というより、文化遺産の保護という意味合いが強く、年に一度は舞台装置点検と整備に公演を行っているというところでしょう。観客席も6、7割くらいの観客しか入れてませんでした。

 ドロットニングホルムよりも小ぶりで、古びた雰囲気の劇場です。内部の照明は蝋燭型の電気の照明ですが、薄暗く、とてもパンフレットを読める明るさではありません。字幕なしのイタリア語のオペラで、イタリア語を理解できる人以外は内容も分からないまま進行していくので、休憩時には外へ出てパンフレットを読む観客の人が大勢いました。[猫]はメガネを持っていかなかったので外へ出ても万歳お手上げ \(??)/
 作品はモーツァルト作品に似た雰囲気で、コロラトゥーラを駆使する歌も盛り込まれた喜劇でした。内容については、パンフレットをしっかり読めばわかるのでしょうが、怠慢[猫]はその後いっさい開けておらず・・・<(_ _)>

 演出はいわゆるHIP(Historically informed performance)、歌手の所作はバロックジェスチャー、内容云々というより、当時の雰囲気を味わうことが醍醐味という公演でした。

 最も興味深かったのはオケピの中。譜面を照らす照明は蝋燭で、始まる前に蝋燭を点灯してまわったのには少々ビックリ。オケの配列は2列に向かい合って座っており、その間に譜面と蝋燭があるというもので、左端にチェンバロを弾く人がオケのメンバーの方を向いて座っており、統率を取っていました。

 チケットはネットで予約できますが、1か月以内に引き取りに行かなくてはいけません。今回はたまたま8月にも行けたので、そのときに引き取ってきましたが、意味不明だったのはネット上では列と座席番号があるのにチケットには一切表示がなく、尋ねてみたところ、ベンチシートで番号などなく自由席とのこと。結局、販売数コントロールのためにネット上では座席番号があるように販売しているということのようです。前もってチケットを引き取りに行けない場合はメールなどで問い合わせたほうがよいでしょう。


プラハ交響楽団・オープニングコンサート・・Smetana Hall・・・2015/9/17 [コンサート・リサイタル]

Pavel ŠPORCL | violin
PRAGUE SYMPHONY ORCHESTRA FOK
Pietari INKINEN | conductor

プログラム
ESA-PEKKA SALONEN  LA Variations (Czech premiere)
BOHUSLAV MARTINŮ  Concert for violin and orchestra č. 1 H 226
ANTONÍN DVOŘÁK  Symphony No. 9 in E minor, op. 95 "From the New World"

 
 初めてのスメタナホールでの鑑賞は首席指揮者インキネンを迎えてのオープニングコンサートでした。

 まず、プログラムが素晴らしい。
 初めにインキネンの祖国フィンランドの先輩指揮者サロネンの曲にしたのはフィンランド出身という自己紹介のよう。
 次に、祖国チェコに帰郷することを願いながら時代に翻弄され、無念にも願い空しく異郷で果てたマルティヌーを忍ぶ。バイオリニストのシュポルツルは長い髪を後ろで束ね、さりげないカジュアルな服装で現れ、これまたさりげなく妙技を披露し、観客は大感動でアンコール。

 休憩後のドヴォルザークはオケのメンバーの誇りに満ちた演奏に聴いていても見ていても感動でした。

 観客はスタンディング・オベーション。隣に座っていたおばあちゃまは胸に手をあて、目に涙を浮かべてました。

 インキネンとプラハ交響楽団の船出は順風満帆に思えました。

ラインの黄金・・・JAHRHUNDERTHALLE BOCHUM・・2015/9/16 [オペラ]

Musikalische Leitung Teodor Currentzis
Regie Johan Simons

Wotan - Mika Kares (Bass)
Donner - Andrew Foster Williams (Bariton)
Froh - Rolf Romei (Tenor)
Loge - Peter Bronder (Tenor)
Alberich - Leigh Melrose (Bariton)
Mime - Elmar Gilbertsson (Tenor)
Fasolt - Frank van Hove (Bass)
Fafner - Peter Lobert (Bass)
Fricka - Maria Riccarda Wesseling (Mezzosopran)
Freia - Agneta Eichenholz (Sopran)
Erda - Jane Henschel (Alt)
Woglinde - Anna Patalong (Sopran)
Wellgunde - Dorottya Láng (Mezzosopran)
Floßhilde - Jurgita Adamonytė (Mezzosopran)
Sintolt, der Hegeling, Diener - Stefan Hunstein (Darsteller)
MusicAeterna
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 9月の旅行で一番の目的だった公演。冒頭NGでしたが、スケールの大きなワーグナーの世界に引き込まれ、非常に満足感の高い公演となりました。

 ルール・トリエンナーレの公演です。会場のヤールフンデルトハレはだだっ広い倉庫のようなところです。会場内部天井の全体の4分の1くらいの場所に縦に大きな梁があり、その梁をさけて全体の4分の3ほどのスペースに舞台と客席を設置してあるので、全体の4分の1くらいの空間は何もない状態でした。

 公演の時間が18時半から21時半、休憩なしと書いてあって・・・???どんだけゆっくり演奏したって3時間はなかろう・・・・何かやらかすということネ・・・と、楽しみでもあり、休憩なしの3時間は辛いと少々不安あり・・・でしたが、長さを感じることなく楽しめた公演となりました。

 舞台は3層に分かれ、下層にライン河、中層にオケのステージ、上層はヴォータン邸といったセット。3人の女性が本当に水がはってあるライン河に横たわっていると思ったら、これは人形でした。

 席についてしばらくして気になったのはブーという低いベース音のような音がずっと響いていること。これで何がNGだったかワーグナー好きだったらすぐにピンとくるはず。音響設備の音なのか?以前ムジカエテルナのコーラスをエクスで聴いたとき、入場時に低い音(コーラスの低い声のようにも聞こえた)が流れていたのを思い出し、ムジカエテルナの入場のときにはいつも低い音を流すのだろうか?などとも考えてしまいました。
 時間の18時半になっても舞台上には誰も現れず、客席はざわついたまま・・・・45分くらいになってようやくクレンツィスを筆頭にオケ入場。低いベース音は消えることのないまま始まりました。
 当然最初の音が~~~~~~~~(vv。。。コントラバスによるゾクゾク感なし。その上、ムジカエテルナの音がどちらかというとヘナチョコ系で冒頭は結構ムッとしてました。しかし、演奏に溜めというか踏ん張りといったものがあり、金管も粘りがあるので重さと迫力を感じることができ、巨人族もハグリットのサイズは間違いなくあると思えたのでした。(ハグリットサイズは[猫]の拘り)
 クレンツィスの指揮ぶりは時に凄い踏み込みで、卓球のスマッシュか?というほどの体育会系。舞台上で振っているため、バン!と踏み込む音が演奏に混ざって聞こえたときもあったのですが、それも気にならない程度の回数で、むしろ迫力を増すものとなってました。
 また、面白いのはここぞというとき、頑張ります!とばかりに座って演奏していた奏者が立って演奏すること。この辺は立ちたければ立てば、というだけのことであってどうでもよい話ではありますが、ムジカエテルナは立奏が基本のようなので拘りがあるのかもしれません。

 アンビルが鳴り響き、ニーベルハイムにヴォータンとローゲが降りていく場面。オケのメンバーが何人も指揮のクレンツィスから金槌を受け取り散らばっていき、あちこちでやたらくたらとアンビルが鳴り続ける状態となり、黙役だったヴォータンの召使いが「世の中いつも戦争している!」とか語りだした!!これがあって3時間だったわけ。召使いが語っている間、クレンツィスや一部のオケのメンバーは舞台からいなくなって休憩だったもよう。
 語っていたのは現代社会、資本主義社会がかかえる矛盾と問題に対する不満と批判のようでした。この趣向は決して流れを阻害するほどでもなく、気になることはありませんでしたが、この語りがなくても、演出で同様の内容は見て取れるものでした。

 ヴォータンは立派な身なりのお金持ち、アルベリヒとミーメは煤だらけの炭鉱労働者。
 アルベリヒがラインの乙女たちから指輪を奪う場面、乙女たちはまるでコンサート形式のように中段に位置するオケの前で歌い、アルベリヒは下段のライン河に横たわる人形を相手にくんづほぐれつ。それはまるでアルベリヒの想像のようで、ラインの乙女たちから指輪を奪ったというより、指輪を発見したかのような印象を与えるものでした。アルベリヒから指輪を奪うのも、ヴォータンとローゲは騙して奪い取るのですから、なんでも自分の思いどおりにしてしまう金持ちなわけです。アルベリヒが気の毒でかわいそうに思えた演出は初めてでした。
 ヴォータンの役柄は自分の地位を維持することに疲れきっているようであり、指輪の魔力に負けてしまう自分自身への嫌悪感や将来への不安を見せます。エルダは母親のようで、エルダに甘えるように寄り添うヴォータンの姿はその現れでした。

 歌手陣はベテランと若手を適材適所に配したという印象。

 アルベリヒ役のメルローズはライン河畔で水浸しになりながらの熱演。
 エルダ役のベテラン、ヘンシェルは朗々とおおらかな懐の深さを感じる歌唱。
 ヴォータン役のカレスは堂々たる体格ながら、弱さを垣間見せる役柄を好演。

 クレンツィスの演奏のテンポは中庸といったところでしたが、アルベリヒの恨み節、エルダの説得、ヴァルハラ入場前のヴォータンなど、ここぞというところをゆっくりめにしっかりと歌わせていて、カーテンコールでもこの3人が特に賞賛されてました。

 他のキャストも盤石。
 ローゲ役のブロンダーはミーメ役で活躍することの多いキャラクターテノールで、確かに声はミーメが合いそうではあるのですが、パっと見、坂上二郎さんはドイツで生きていたという噂が立ちそうな白髪の小柄な姿は老練な知恵者そのもので、この人には敵うわけないと思わせるものでした。
 ファフナー役のロベルトは歌も姿も正に巨人。
 ファーゾルト役のファン・ホーヴは遠目で見ていてもフライアを思う気持ちの切なさが歌にも演技にも現れていたのでした。

 3層に造られた舞台だけでなく、壁面上部にある回廊や客席通路で歌手が歌うこともあったのですが、どこで歌っても歌手の声がよく通り、普通の歌劇場では味わえないスケール感のある充実した公演でした。

 途中バラバラと雨の落ちるような音が鳴り、PAで効果音でも流しているのかと思いきや、天井や壁は一部透明なので、外の大雨の音だと分かりました。雷鳴の閃光が見え、音も聞こえましたが、不穏な自然現象の音は雰囲気を盛り上げる効果を果たしてました。

 カーテンコールも大盛り上がり。続きの『ワルキューレ』があるものと楽しみにしていたのですが2016年はなし。いつでも良いから、絶対に続きを観たい聴きたい!と思うのですが、全く独立したプロダクションなのかもしれません。


ファルスタッフ・・・OPERNHAUS ZÜRICH・・2015/9/15 [オペラ]

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Musikalische Leitung Fabio Luisi
Inszenierung Sven-Eric Bechtolf

Mrs Alice Ford Serena Farnocchia
Nannetta Sen Guo
Mrs Quickly Judit Kutasi
Mrs Meg Page Judith Schmid
Sir John Falstaff Bryn Terfel
Ford Roman Burdenko
Fenton Javier Camarena
Dr. Caius Airam Hernandez
Bardolfo Dmitry Ivanchey
Pistola Dimitri Pkhaladze

Philharmonia Zürich
Statistenverein am Opernhaus Zürich
Chor der Oper Zürich
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 ターフェルのファルスタッフには、この話がもともとイギリス貴族の話だということを強く印象づけられました。
 小さな子供が登場するのですが、ファルスタッフと同じ衣装を身に着けているので子供か孫のよう。子供相手のカードゲームも大人げなく負かして子供をくやしがらせる。それも貴族たるものいかなる場合も真剣勝負といったところかな?偏屈なおもしろさがにじみ出たターフェルのファルスタッフでした。

 演出については結局のところ、子供登場にまたしても絆されたという面もあるのですが、歌っている人以外は動かないフリーズ法も効果的に使って楽しく素敵な演出でした。

 カマレナはここのアンサンブルだったので、出演機会が多い劇場ですが、フェントンという役はカマレナには役のほうが不足かもしれません。
 相手役のグオはかなり以前になりますが、リンデンの夜の女王で好演していた人です。弱音のコロラトゥーラのコントロールも行き届いて、カマレナと並ぶと可愛らしい東洋人カップル風でした。

 ヴェルディは好んで聴く演目ではないので、オマケで観た公演ではありますが、結構満足できた公演でした。




魔弾の射手(コンサート形式)・・・Théâtre des Champs Elysées・・・2015/9/14 [オペラ]

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Thomas Hengelbrock direction

Véronique Gens Agathe
Nikolai Schukoff Max
Christina Landshamer Annette
Yorck Felix Speer Kouno
Miljenko Turk Ottokar
Franz-Josef Selig L’Ermite
Dimitry Ivashchenko Gaspard

NDR Sinfonieorchester Hamburg
WDR Rundfunkchor Köln
NDR Chor Hamburg
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 ドイツのオケの音にドイツにいるような感覚で聴いていたのですが、途中フランス語の語りがあり、ここはフランスなのだということに気づかされ、劇場内でドイツとフランスを行ったり来たりしながらの鑑賞となりました。フランス語の独特の語り口は作品に溶け込み、悪魔の物語に相応しい雰囲気を醸し出すものでした。

 ヘンゲルブロック指揮のNDRの演奏は密度の高い音で濃厚な時間を過ごせましたが、歌手の人たちもほとんど譜面を見ずに気持ちの入ったパフォーマンスで充実してました。
 唯一アガーテ役のジャンスだけ譜面をずっと見ながら緊張していたように見受けられ、ヘンゲルブロックも心配そうに彼女をサポートするように向きを変えて指揮する様子が伺えました。歌自体に違和感はありませんでしたが、この役は慣れてないのかもしれません。
 マックス役のシュコフはパルジファルやローエングリンなどワーグナーも歌う人です。想像していたより柔らかい声質で、純粋な青年という印象でマックス役は良いのではないかと思いましたが、パルジファルはともかく、ローエングリンを歌うというのはちょっと想像できない声質でした。
 最も際立っていたのがカスパール役のイヴァシチェンコ。深い凄みのある声にはゾクっとさせられました。

 パリは音響空間としてはバスティーユやガルニエよりもドライなシャンゼリゼ劇場のほうが好きです。

イル・トロヴァトーレ・・・Großes Festspielhaus・・・2015/8/11 [オペラ]

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Gianandrea Noseda, Musikalische Leitung
Alvis Hermanis, Regie und Bühne

Francesco Meli, Manrico
Anna Netrebko, Leonora
Artur Ruciński, Il Conte di Luna
Ekaterina Semenchuk, Azucena
Adrian Sâmpetrean, Ferrando
Diana Haller, Ines
Bror Magnus Todenes, Ruiz / Un messo
Matthias Winckhler, Un vecchio zingaro
Mitglieder der Angelika-Prokopp-Sommerakademie der Wiener Philharmoniker
Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor
Wiener Philharmoniker
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 前総裁のペレイラ氏が剰余金を使い果たし、資金繰りが苦しくなってしまったザルツブルク音楽祭。そのためか否か、この『トロヴァトーレ』は再演ですが、あまり好評でなかった公演の再演はいただけないものの、この公演のように好評だったものは行けなかった者にとっては大変ありがたいものです。

 美術館の中という設定が視覚的に美しく、絵画に描かれた人物の霊が美術館の係り員の姿を借りて物語が展開していくというのは面白いアイデアです。それは美術館の係り員に霊が乗り移ったというより、人の目には見えない霊の世界で、現実と別の次元で霊の世界が存在しているかのようでした。

 しかし・・・・どうしてこんなにヴェルディのコーラスはうるさいのだ!人数多すぎ!全くヴァルディは難聴ぎみの人を前提に演奏することが多いのではないかと言いたくなるほど。
 以前より遠征する機会を増やしたせいもあって一回の公演にかけるコストは節約せざるをえず、今回は上階後方の安席。もともと最上階の音響は苦手、なおかつ前日の耳筋オペラがこたえているのかもしれませんが、うるさくて頭がクラクラして気分が悪くなってきてしまいました。
 かねてから思っていることですが、音楽好きで普段からよく聴いている人は強い耳の持ち主というか、少々難聴ぎみともいえる人が多い気がしてなりません。そういった人達からすれば、[猫]などは全く理解不能なことでブツブツ言う変なヤツなのでしょう。
 1幕後半は休憩が来たら帰ろうと思いながら聴いていたのですが、休憩時に外の空気にあたったら大分回復し、ネトレプコもメッリも後半が聴きどころだからと帰らずに席に戻りました。

 ノセダ率いるウィーンフィルの演奏は極めて上質で上品。ドンチャカするはずのアンビルコーラスもおっとりぎみ。そして歌手はもちろん全員上質。

 はてさて・・・・ここで大きな疑問を持ってしまったのは、以前プラハで鑑賞した『トロヴァトーレ』を思い出さざるをえなかったから。あ~~~~たりまえですが、ザルツのこの公演のほうがオケ、歌手とも上質です。
 しかし・・・・どちらが面白かったかというと・・・・・こうしてあえて書くわけですから・・・・正直プラハのほうが面白かったし、熱いものがあったわけで・・・・・根本的に、この作品に上質ということが必要なのか?相応しいのか?という疑問が沸いてきてしまったわけです。オケは多少下手くそでもよし、ダサイくらいの適度なドンチャカ感と、バカッパレのテノール声でイチかバチかハイCに挑戦して決めたときの痛快感。もちろんこれだけが面白さというわけではないにしろ、ドンチャカオケとバカッパレのテノール声、庶民的活力のようなものこそこの作品における魅力では?

 とはいえ・・・・美術館というアカデミックな設定で、霊の世界の話となればドンチャカというわけにもいくまいし・・・・バカッパレのテノール声よりもメッリのような品格のある声のほうが相応しい・・・・と納得することとしました。

 そのメッリはハイCとまではいかなくても高音もきれいに決めてくれましたし、ネトレプコはふくよかな声でアリアの最後に美しくコロラトゥーラを入れたりと実力を発揮してくれました。
セメンチュクとルチンスキも文句なし。

 演出で歌手が歌っている最中に背後の絵画が移動する場面が結構あるのですが、これは反響版が移動するということなので声の伝わり方が変わってしまうと思っていたら、急になくなるわけではないので大きな変化ではないものの、やはり微妙に変化してました。


メキシコの征服・・・Felsenreitschule・・・2015/8/10 [オペラ]

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Ingo Metzmacher, Musikalische Leitung
Peter Konwitschny, Regie

Angela Denoke, Montezuma
Bo Skovhus, Cortez
Susanna Andersson, Sopran
Marie-Ange Todorovitch, Mezzosopran
Stephan Rehm, Sprecher 1
Peter Pruchniewitz, Sprecher 2
ORF Radio-Symphonieorchester Wien

 コンヴィチュニーはヴォルフガング・リーム作曲『メキシコの征服』をメキシコの女流画家フリーダ・カーロを描いた作品に置き換えてました。

 女の性、男の性、男女間の葛藤、融和を伝える作品になってましたが、字幕を見ていると歌詞は会話というより、単語の羅列、散文といった詩のようなもので、neuter,masculine,feminine という単語が繰り返しあり、読み替えに違和感を覚えることはありませんでした。

 途中、妊娠したモンテズマから生まれたのが i-pad、登場人物全員がゲームに夢中になり、マリオなどのゲームキャラが映像で映し出されるという現代風刺があり、メキシコの征服ならぬ任天堂の征服か?といった様相で、一体メキシコはどこへ行った?ではありましたが、メキシコは常に舞台中央に鎮座ましましてました。
 動物の体に頭だけ人間の絵
 見始めてしばらくはどこかで見たと思いながらも、席が後方で遠くてはっきり見えずにすぐには思いだせませんでした。休憩時にそれがメキシコの女流画家フリーダ・カーロの『小さな鹿』だと分かり、なるほど納得でした。

 始まる前、客席に入るとすでに客席両サイドと後方で打楽器を演奏している状態で、時間になると指揮者のメッツマッハーが入場し指揮棒を構えましたが、打楽器の演奏は途切れることなく続いていたため、客席はざわついたまま・・・・結局打楽器の演奏は止むことなく、指揮棒を振り始め、始まったのに気づかない観客でしばらくざわついていたのですが、これは計算づく。
 この作品自体が人の溜息や声、手拍子足拍子といったものも楽器の音と同じように使用した作品で、観客のざわめきさえ、音としてとらえているに違いないと思えるものでした。

 コンヴィチュニーの演出は初めてではあっても、その手法は見聞きしたことがあります。今回も観客席にコーラスを配置したり、観客席で手拍子、足拍子をしたりと手法としては同じではありました。このいつもと同じであろう手法も、観客のざわめきさえ曲の一部と捉える作品では会場全部がオケであり舞台であるような面白さと活気をもたらしてました。

 ヴォルフガング・リーム作曲というと数年前にここザルツブルクで鑑賞した『ディオニュソス』を思い出します。それは大変難解な作品で、頭がズキンズキン、頭筋オペラなどと名付けてしまいましたが、この『メキシコの征服』はコンヴィチュニーの読み替えによって、もしかするとオリジナルの話よりも理解しやすい内容になっていたかもしれません。
 ただし、観客席中央に配置されたシンセサイザーが時々キ~~~~ンとハウリングのような音を演奏することがあって、これが耳に辛く、耳がキンキン。頭筋オペラならぬ耳筋オペラでした。

 レアもの好きとはいえ、現代作品というのはとっつきにくく、デノケ、スコウフスといった超一流の歌手の人が歌わなければ、なかなか鑑賞しようという気は起りません。こうして現代作品にも積極的に取り組んでくれることはありがたいことです。2人共、聴きごたえのある素晴らしい内容でした。

 ただカーテンコールで少々違和感が・・・・マリンチェ役は数人の美女達がほとんど裸のような状態で出演していたのですが、カーテンコールでガウンを着て登場すると、男性コーラスの人達がヒューヒューと観客よりも大はしゃぎではやし立てたのはいかがなものか?