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マクベス・・・Wiener Staatsoper・・2015/10/10 [オペラ]

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Alain Altinoglu | Dirigent
Christian Räth | Regie

George Petean | Macbeth
Ferruccio Furlanetto | Banquo
Tatiana Serjan | Lady Macbeth
Jorge de Leon | Macduff
Jinxu Xiahou | Malcolm
Jongmin Park | Spion
Donna Ellen | Kammerfrau
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 ウィーン国立歌劇場、面目躍如の秀作。
 苦手なヴェルディもこういう秀作と出会うこともあるから、完全に切り捨てることはできない。そう思わされた公演でした。
 ヴェルディで完全に拍手が被らなかった公演というのは2つくらいしか思い出せません。ドレスデンの『リゴレット』(ルイージ、ルチッチ、ダムラウ、フローレス)とチューリッヒの『オテロ』(ザネッティ、クーラ、フリットリ、ハンプソン)です。
 大きな劇場はどうしても多少なりとも拍手が被ってしまうのがヴェルディですが、ウィーンも大きいので全く被らないというのは無理だろうと想像してました。しかし、最後に演奏が終了する前に幕が降りはじめたにもかかわらず、拍手が被ることはありませんでした。ヴェルディは好んで観る公演ではないので、席は最上階の後方でしたが、一見さんのコソコソ話で悩まされることの多い最上階でも全員シーンとしてガン見ガン聴き。それほどの緊張感で物語を伝えていただけでなく、幕が降りたら拍手などという気にはなれない、現代にも通じる重い問題を暗示していた公演でした。

 まず演出が遠くにいる観客でも非常にわかりやすい手法を取って秀逸でした。灰色を基調にしたシンプルな舞台に中東を連想するマクベスとイアーゴの軍服姿。魔女は常に舞台のどこかにいてマクベスの運命を暗示するだけでなく、永遠に続くかのごとき因果応報の象徴であり、光と影がマクベスの狂気を誘ってました。
 
 この公演を観たのはパリのテロ事件の前でしたが、テロ事件でこの公演を思い出さずにはいられませんでした。報復の連鎖が繰り返されないことを願うばかりです。

 公演全体として秀作だったことは出演者、演奏、演出、全て良かったということで、個別に書く必要もないかもしれませんが、少し書き残しておきます。

 タイトルロールのオリジナルはテジエでしたが、1か月くらい前にはペテアンに代わっていたので、リハーサルからペテアンは参加していたことと思います。ペテアンは何回か聴いたことはあって、いつも端正で堅実な歌唱で、コメディでも悲劇でも舞台センスもある印象ですが、大見得をきるようなタイプには思えず、ヴェルディのタイトルロールはどうかな?と思ってました。しかし、大見得をきる必要がある演出でもなく、端正な歌声は生真面目な人間が過ちを犯して狂気に導かれるさまをまざまざと伝えてました。

 セルジャンを聴いたのは残響が大きかったローマだったので、そのときは大見得きりまくり。たっぷりと厚化粧をほどこされていたと感想では書いてしまったのでした。今回はペテアン同様、大見得をきっていたという印象はありません。ヴィヴラートが強い歌声でしたが、ローマでは残響が大きすぎて気が付かなかったのかもしれません。ヴィヴラートの強さはいかにも野望があるという印象であった一方で、気が狂ってしまう場面では精神の不安定さを表すものでした。

 フルラネットを聴くのは久しぶりでしたが、やはり声自体に年月が経ったのは否めません。しかし、イアーゴが年取っていることになんら問題があるはずがありません。ブラヴォーをもらってました。

 演奏は際立つものでも誇張したものでもありませんでした。しかし、演出の意図を観客に伝えるのにほどよいテンポで緊張感を維持し続け、観客を物語に釘付けにしたアルティノグリュこそ最大の功労者と思わざるをえません。


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