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夢遊病の女・・Wiener Staatsoper・・2017/1/13 [オペラ]

DIRIGENT Guillermo García Calvo
REGIE UND LICHT Marco Arturo Marelli

Graf Rodolfo Luca Pisaroni
Amina Daniela Fally
Elvino Juan Diego Flórez
Lisa Maria Nazarova
Alessio Manuel Walser
Teresa Rosie Aldridge

 ユニコーンは姿を現さず、これでペガサスまで現れなかったら余程普段の行いが悪いということですが、しっかり姿を現してくれてホッとしました。もちろん見終わったあとはそれだけで満足感があったのは間違いありません。しかし、その後3月にも何公演か鑑賞すると1月に観た公演の中で最も印象が薄くなってしまったのはこの公演で、感想を書こうにも???

 それって、ただの痴呆じゃない?というのも否定できないのは情けないところではあるのですが、印象に残らないのはほとんど想定内の公演だったのが理由という感がなきにしもあらず。
 フローレスもピサローニもこれくらい歌えて当たり前。ファリーのコロラトゥーラがピッチが怪しいと感じる部分が少々ありながらも以前聴いたときよりも声の密度が高くなったようで、想像していたよりは良かったのですが、それでも新鮮な印象が残るというほどでもなく・・・・。
 バルトリの『チェネレントラ』でも同様の感想を書いたことがありますが、いくら素晴らしい歌手の人でも何回か聴いていると最初に聴いたときのような感動は得難くなってくるものです。

 そこで重要なのは演出であるのですが、スイスの雰囲気があって決して悪くはないけど面白くもないというのが正直なところ。
 ここウィーンは相変わらず演奏は上手いし、一流の劇場であることに何の疑いの余地はないのですが、保守的な演出ばかりで3日間も続けて鑑賞すると、当分来なくてよいかと思ってしまいました。取り組み姿勢といった面で、今時4回転ジャンプのない男子フィギュアスケートのような演出ばかりというのはいかがなものか?
 3日間続けてここで鑑賞したのが間違いだったのでしょう。
 それでもこういった普通の演出を好む人達は相当数いるので、このまま保守的な路線で存続する意義もあるのかもしれません。個人的には新国や予算のないイタリアだけで十分だと思うのですが・・・・。

 

 

死の都・・・Wiener Staatsoper・・2017/1/12 [オペラ]

DIRIGENT Mikko Franck
REGIE Willy Decker

Paul  Herbert Lippert
Die Erscheinung Mariens, Pauls verstorbener Gattin Camilla Nylund
Frank, Pauls Freund Adrian Eröd
Brigitta Janina Baechle
Juliette Simina Ivan
Lucienne Miriam Albano
Victorin Joseph Dennis
Graf Albert Thomas Ebenstein

 1月の旅行の目的はユニコーン(フォークト)&ペガサス(フローレス)。異次元ツアーといったところでしたが・・・ユニコーンは姿を現さず・・・・。
 改めてパウルという役は難役なのだと思い知らされたわけです。代役といっても引き受ける人を見つけるのは至難の業であろうことは想像に難くなく、代役を務めた人はウィーンのアンサンブルの人で、歌い通しただけでも立派なのかもしれません。
 『死の都』といえば喪失感に震災を思い出すのはパブロフの犬状態になってしまっているのですが、今回は思い浮かべてはいけないと思ってしまいました。終始[猫]を襲った喪失感はフォークトがいないという喪失感でしかなく、またいつか聴く機会もあるだろうという希望のある喪失感でしかありませんでした。
 
 演出は舞台奥にパウルの想像である空間がある分かりやすいものでしたが、マリーの遺髪は一部ではなくカツラのようで、そのためマリー役はスキンヘッドだったのが最初は少々違和感がなきにしもあらずでした。しかし、マリー役がスキンヘッドでも美しいニュルンドで、女優のようにも見える演出にはハマリ役でした。
 エレートはフランクとフリッツでは別人の趣で上手さは相変わらず。
 奥行と深みのある演奏は作品の美しさを伝えていて、またパウルに振られることがあったとしても懲りずに聴きに来ずにはいられないと思わされたのでした。

西部の娘・・・Wiener Staatsoper・・・2017/1/11 [オペラ]

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DIRIGENT Marco Armiliato
BÜHNENBILD Marco Arturo Marelli

Minnie Emily Magee
Sheriff Jack Rance Andrzej Dobber
Dick Johnson (Ramerrez) Aleksandrs Antonenko
Nick Carlos Osuna
Ashby Alexandru Moisiuc
Sonora Boaz Daniel
Trin Thomas Ebenstein
Sid Hans Peter Kammerer
Bello Igor Onishchenko
Harry Peter Jelosits
Joe Benedikt Kobel
Happy Clemens Unterreiner
Larkens Marcus Pelz
Billy Jackrabbit Ryan Speedo Green
Wowkle Ilseyar Khayrullova
Jake Wallace Orhan Yildiz
José Castro Orhan Yildiz
Postillion Wolfram Igor Dernt
 
 ウィーンに来た目的はフォークトの『死の都』&フローレスの『夢遊病の女』で、この日はオマケといえばオマケではあったのですが、アントネンコを聴くのは初めてということで楽しみではありました。

 2013年にプルミエだったはずの演出ですが、一体どこに新しさがあるのかと思うほどフツー。しかし、何か新鮮さを示したかったのか?最後ミニーとジョンソンが旅立つ乗り物が客席から笑いが漏れるようなもの。その後の幕引きがかなり重い演出であるだけに、この乗り物はいかがなものかと思わざるをえませんでした。
 
 アルミリアート指揮の演奏の鳴らしっぷりはたたみかけるような緊張感をもたらすものでしたが、反面、抒情的な印象は希薄で、ミニーの小屋で愛を確かめ合う場面も浪漫的というより、その後の切迫した状況への序章のような雰囲気でした。
 歌手の歌い方は歌うというより台詞を言うように途切れがちに聞こえ、楽劇といった様相を呈すものでしたが、たたみかけるような緊張感は迫真の演技を伴ってミニーとランスとのカードゲームの駆け引きでピークに達したというところでした。
 
 アントネンコは張りのある良い声でしたが、途切れがちな歌い方だったことで良いのか悪いのかわからないといった感あり、しかし以前同役で聴いたことがあるマギーも今回は途切れがちに歌っていたという印象だったので、アルミリアートの意図でそういった歌い方にしたのか?爆演でそういった歌い方をしたほうが楽だったのか?

 決して悪い公演ではなかったのですが、鑑賞する自分自身の心構えがオマケだったこともあって、オマケはオマケでした。
 
 

アルチーナ・・・Opernhaus Zürich・・・2017/1/10 [オペラ]

 今年に入ってからも2回遠征して7公演鑑賞しているのですが、既に忘却が進みつつあり、これ以上溜めるとまたとてつもなく書くのが面倒になる気がするので、これからは印象に残っていることを1公演ずつあげていこうと思います。
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Musikalische Leitung Giovanni Antonini
Inszenierung Christof Loy

Alcina Cecilia Bartoli
Ruggiero Philippe Jaroussky
Morgana Julie Fuchs
Bradamante Varduhi Abrahamyan
Oronte Fabio Trümpy
Melisso Krzysztof Baczyk

Orchestra La Scintilla
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 演出は劇中劇。アルチーナ、モルガーナ、ルッジェーロは役者さん。冒頭ドロットニングホルムやチェスキークルムロフのようなバロック劇場で当時のスタイルで歌うのがお洒落で可愛らしく、見た目も華やかな演出でした。モルガーナとメリッソはスーツ姿で現れ、共演者であるアルチーナの虜になってしまったルッジェーロを取り戻しにくるという設定。オベルトの場面はカットでしたが、全く不自然さはありませんでした。

 バルトリの公演はどうしてもバルトリに注目が集まってしまいがちですが、今回は他の歌手の人達がそれぞれ個性のある密度の高い声で技術的にも聴かせてくれたので、声だけに言及すると一番魅力に乏しいのはバルトリではないかと思えてしまったほど。しかし、弱音での繊細なコロラトゥーラには微妙な女心にホロリとさせられるものがあり、やはりバルトリは凄いと思わされたのです。
 ルッジェーロ役のジャルスキーは同役をエクスで聴いたことがあり、その時も良かったのですが、ベタッとした音響調整感で耳が疲れて不覚にも途中ウトウトしてしまったのでした。今回は到着日ではありましたが、途中ウトウトすることもなく濃密な声とアジリタを堪能させてもらいました。舞台センスもすごく良くてルッジェーロという役はハマリ役。後半の聴かせどころSta nell'Ircanaはダンサー達に交ざって体育会系ダンスや腕立て伏せをしながらも見事に歌い、すごく楽しい見せどころでもありました。ただし、どうしてもダンサー達の体育会系ダンスはバタバタと音がしてしまい、せっかくの聴かせどころなのに勿体なく、音をたてない体育会系運動にできないものかとも思ったのでした。

 他の出演者の人達も良くて満足感の高い公演で、カーテンコールは賞賛に溢れてました。
 


生存確認 [虫シリーズ]

 はい(・∀・)/ [猫]普通に生きてます。

 どうということでもないので無視してください・・・64・・・虫シリーズです。

 かなり長期にわたり、放置してしまいました。しばらくは観に行っても書くことに時間を取れない状況が続き、鑑賞した公演のキャストを入力するだけで放置してました。そういった状況が続くとブログに時間を割くこと自体がバカバカしいこととしか思えなくなり、どうでもよいことになってしまいました。しかし、バカバカしいことは嫌いでなく、むしろ好きなのが如何ともしがたい性分であります。

 昨年度末までに鑑賞した98公演(1公演はストによりキャンセル)を一気にアップしました。中には鑑賞後にメモを残した公演もありますが、ほとんど忘却のかなたといった公演もあり、賞味期限切れのしけた感想でしかないので、読んでも面白くないと思います。よって無視してください。虫でよろしくお願いします。98公演ともなると写真の整理だけでも大変で、書いては途中で嫌になり放置、また書いては放置を繰り返してました。

 特に印象に残った公演をいくつかここに挙げておきます。(演目クリック)
松風・・・STAATSOPER in SCHILLER THEATER・・・2015/7/12
ラインの黄金・・・JAHRHUNDERTHALLE BOCHUM・・・2015/9/16
ニュルンベルクのマイスタージンガー・・STAATSOPER IM SCHILLER THEATER・・2015/10/11

 また、ヴェルディはあまり興味がないのですが、そんな中でもこれは秀作と思ったのが次の2公演。
マクベス・・・Wiener Staatsoper・・・2015/10/10
マクベス・・・Opernhaus Zürich・・・2016/4/19

 鑑賞した公演は興味があって観に行っているので、ほとんどが満足感が高く、他にも挙げるときりがなくなってしまいますが、そんな中でも一番の忘れえぬ公演といえばボータ氏のおそらくは最後のオペラ公演以外ありません。
トゥーランドット・・Bayerische Staatsoper・・2016/7/7
 
 復帰を喜んでいただけに喪失感は大きく、完全復帰を信じて臨まれたのか、この公演を最後と覚悟して臨まれたのか、いずれにしても思い出しては胸が痛くなるのは禁じえずにいます。

 
 
 今年に入ってからも4公演ほど鑑賞してますが、それは追々・・・・といってもここまで書いただけで疲れてしまったので、また相当放置してしまうかもしれません。

 尚、相変わらずあらすじを調べる以外はほとんど予習なしで聴いてくるのですが、疑問だったことなどについて、ネット上に無償で学術的資料を提供している評論家の方々、愛好家の方々には大変ありがたく参考にさせていただいてます。特に御殿先生とオペラ対訳さま、ありがとうございます<(_ _)>

 また、なぜか放置していた間にアクセス数が100万を超えてしまいました。(ソネットはページアクセス数) 恐縮でございます<(_ _)>



ユグノー教徒・・・Deutsche Oper Berlin・・・2016/11/13 [オペラ]

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Musikalische Leitung Michele Mariotti
Inszenierung David Alden

Marguerite von Valois Patrizia Ciofi
Graf von Saint-Bris Derek Welton
Graf von Nevers Marc Barrard
Valentine Olesya Golovneva
UrbainIrene Irene Roberts
Tavannes / 1. Mönch Paul Kaufmann
Cossé Andrew Dickinson
Méru / 2. Mönch  John Carpenter
Thoré / Maurevert Alexei Botnarciuc
de Retz / 3. Mönch Stephen Bronk
Raoul von Nangis Juan Diego Flórez  
Marcel Ante Jerkunica
Bois-Rosé Robert Watson
Ein Nachtwächter  Ben Wager

 開演17時、途中30分の休憩が2回、終演22時・・・・ワーグナーなみの長さです。

 マイアベーアは初めてということで楽しみではありましたが、前半はコメディかショーのような部分があり、違和感と古臭い印象は否めませんでした。無論ミュージカルはまだない時代、オペラにミュージカル的要素があったのは自然なことなのかもしれません。当時流行ったグランドオペラということで、その後の作曲家に影響を与えたそうですが、これを聴いたことでグノーの『ファウスト』やヴェルディの『トロヴァトーレ』のオチャラケ部分も納得できてしまいました。

 しかし、長いアリアの作り方が実に巧妙で、アカペラやバイオリンとの掛け合いが印象的であり、前半のオチャラケから徐々に緊張感が高まっていくのは見事な作品です。そこにはもちろんマリオッティの作品全体を構築する上手さもあって、長いアリアでも決してリサイタルモードと感じることはなく、自然な流れで徐々に緊張感を高めることに成功していたに違いありません。

 2015年7月にスカラで聴いたときにペガサスの羽が小さくなったと感じてしまったフローレスですが、長いアリアでも高音を力強く決めまくり。やはり只者ではありません。ペガサスはペガサス、普通のサラブレッドとは違う次元を走ってます。などと考えながら聴いていたら舞台に巨大なペガサスが出現したのには笑ってしまいました。一瞬[猫]の発想がパクられたかと思ってしまいましたが、そんなわけはありません<(_ _)>
 ヴァランティーヌ役の人も好演していてフローレスとの重唱は聴きごたえ満点。
 ひときわ背が高かったのがマルセル役のジェルクニカ。この人はリセウの『パルジファル』に出演していて、その時は出演者全員似たり寄ったりの背丈で大柄な人だとは思いませんでしたが、やはりワーグナーも歌える人は大柄です。リセウの『パルジファル』でも好演してましたが、キャスト表を見なければ同一人物と分からないほど声の印象が異なり、素朴で誠実な印象がありながら力強さと意思の強さも伝わる歌いっぷりで好印象でした。

 この作品はサン・バルテルミの虐殺を元に創られたそうですが、演出はマイアベーアが生きていたころのように見えた時代設定でした。鑑賞したのはプルミエ初日ということで、カーテンコールは演出にだけブラヴォーに混ざってブーイングも少々ありましたが、いつの時代も世界のどこかでサン・バルテルミの虐殺を想起させることが起きているのではないか?ということを鑑みれば、時代設定は問題ではないように思えました。

 ここベルリンはフランスでユグノー教徒が迫害された時代、移民として受け入れたいう歴史があるそうです。アスパラガスを持ち込んだのも彼らだったとのこと。ユグノー博物館もあるので、次回行ってみようと思います。移民を受け入れるという姿勢は現代まで続く伝統でしょうか?移民がもたらす恩恵も知っている国ということかもしれませんが、事件が起こるたびに痛ましく、寛容であり続けることの厳しさも知っている国であるのは間違いありません。



マッティ サルミネン・・・・・2016/11/12 [コンサート・リサイタル]

Leif Segerstam, Dirigent
Matti Salminen, Bass

Yulia Mennibaeva, Mezzosopran (Fjodor)
Otar Jorjikia, Tenor (Schujskij)
Valeriy Murga, Bariton (Schtschelkalow)
Pavel Daniluk, Bass (Pimen)   

  Arien aus «Die Zauberflöte»,
«Eugen Onegin», «Don Carlo»,
«Der fliegende Holländer»,
«Götterdämmerung», «Boris Godunow»  

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 マッティ・サルミネンのさよならコンサートです。ここチューリッヒでも人気が高く、最後の公演を惜しむ観客で一杯でした。19時開演、21時頃終演と表示があったのですが、すごくお話好きで会場をなごませ、終了は22時を過ぎてました。

 オケの演奏もすごく良くて、どのプログラムも充実してましたが、圧巻だったのはボリスゴドノフの死の場面、他の歌手を交えたパフォーマンスは臨場感に満ちたものでした。

 今までサルミネンを聴けたのはここチューリッヒで聴いたオランダ人でのダーランド役だけ。まだ歌ってくれる機会はどこかでないものかと調べてしまいました。なんとか聴きに行きたいものです。

 ところでチューリッヒのオランダ人でタイトルロールを歌ったステンスヴォルトはもう引退してしまったのでしょうか?地獄から這い上がってきたような凄みにはゾクっとさせられました。超ベテランだとも知らず、また聴く機会もあるかと思っていたのですが、最近おみかけしません。

 超ベテランの味わいは引退する前に聴いておかなくてはとつくづく思った公演でした。




シロエ・・・Opéra de Lausanne・・2016/11/11 [オペラ]

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Siroe Max Emanuel Cencic
Laodice Julia Lezhneva
Emira Roxana Constantinescu
Medarse Mary-Ellen Nesi
Cosroe Juan Sancho
Arasse Dilyara Idrisova

Armonia Atenea
Direction musicale et clavecin George Petrou
Mise en espace Max Emanuel Cencic
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 11月の旅行の最大の目的はこの公演。ユリアちゃんとディリヤラちゃん!

 以前アン・デア・ウィーンでコンサート形式で聴いて以来、同じメンバーで演出つきの公演があったら聞き逃してなるものかと意を固めてました。アラッセ役がディリヤラちゃんに変わりましたが、ディリヤラちゃんもハレの『アレッサンドロ』で聴いて以来、また聴く機会があればと思っていたので願ったりかなったり。

 ユリアちゃんもディリヤラちゃんも1989年生まれなのでまだ20代。
2人共小柄なので、衣装を身に着けた姿は中学生の学芸会かと思ってしまうような可愛らしさですが、2人共歌うと凄い!

 特にユリアちゃんはその声の豊潤さ、歌唱技術の見事さは既に旬に入ったと言ってもよく、その可能性はバルトリ以上という話も耳にしましたが、それも過言ではないと思えるほど。シロエを窮地に追いやる諸悪の根源であるラオディーチェ役ですが、可愛い外見にもかかわらず、豊潤な声はふてぶてしい熟女を彷彿とさせることもありました。

 ディリヤラちゃんは声は可憐な印象。今回は忠実な家臣とうことでヒゲをつけての男性の役とあって可愛すぎる声とのギャップが不思議な面白さになってましたが、心優しい忠臣という印象で今回も見事なアジリタ三昧。それほど歌う機会の多くない役だったのが残念に思えたくらいでした。

 また、古楽を聴くようになってから、おそらく一番聴く機会が多いのがテノールのサンチョ。剛柔ともに熟すといった感があって、どの役でも安定して好演しているので、ワーグナーにおけるユンのように何故かいつもいるという貴重な存在かもしれません。

 演出はタイトルロールのツェンチッチによるものですが、オケが舞台奥で演奏し、紗幕をはさみ、その前で衣装を身に着けた出演者が演技をしながら歌うというスタイル。
背景に映像が映し出され、セットは椅子とテーブルと敷物という簡素なものですが、衣装を含めて雰囲気のよいものでした。

 演奏のほうは大雑把ではありましたが、歌手の好演で十分。

 コンサート形式では見事なアジリタ三昧歌合戦という印象でしたが、演出があることによって歌手の人たちもより感情をこめて歌い、物語の信憑性が高い見応えもある公演になってました。

 この公演は2017年5月にヴィースバーデンで再演の予定です。

フィガロの結婚・・・Teatro alla Scala・・・2016/11/10 [オペラ]

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Conductor Franz Welser-Möst
Staging Frederic Wake-Walker
Il Conte Simon Keenlyside
La Contessa Diana Damrau
Figaro Markus Werba
Susanna    Golda Schultz
Cherubino Mrianne Crebassa
Bartolo/Antonio Andrea Concetti
Don Basilio/ Don Curzio Kresimir Spicer
Barbarina Theresa Zisser
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 フィガロといえば、数年前にここスカラでカビが生えそうな演出で鑑賞したのでした。その時のことはさておいて・・・・11月の旅行はこの公演が目的というわけではなく、オマケといえばオマケなのですが、新演出ということ、久しぶりにダムラウとキーンリーサイドを聴けるということ、そして何よりもクレバッサを演出つきの公演で聴けるのが楽しみで毎日移動の日程になってしまってもスカラまで来たのでした。

 席はお金持ち入り口から入れる最上階、つまり4階席サイド。
 オケの音が密度が濃く、ウィーンの音に近いと感じてしまったのはメスト指揮ゆえなのか?今までここでモーツァルトを聴くと軽やかな印象でしたが、今回は軽やかさは希薄でメリハリのある印象になってました。

 演出は劇中劇で舞台隅に台本を追っている人が座り、出演者がレチを忘れるとツッコミを入れるという場面があったり、舞台セットを運ぶのは髪を高く結い上げ、ハイヒールと黒い衣装を身に着けたモデルさんのような黒子で、時々茶々を入れるのもオチャメな演出でした。内容的には何か伝えたいという意図は特に感じられず、ただウケを狙っているようにしか思えなかったのは[猫]の能力不足かもしれませんが、コメディは楽しめればそれでよい気はします。

 長期休養を取っていたキーンリーサイドはすっかり復調といったところ。相変わらずキャラ作りが上手で、真面目にマヌケな伯爵に、思わず口元がほころんでました。
 ダムラウは何を歌ってもダムラウという感があるのは否めないのですが、伯爵夫人という役はそのままの良さで通せるハマリ役でした。アリアでメストはダムラウにお任せでしたが、途中で間を取ってじっくり歌ったときがあって、終わったと勘違いしてしまった観客が拍手をしてしまい、周囲の観客からシッと注意され、これにはメストも首を振って残念がるといった場面もありました。
 今までコンサート形式で聴いたことのなかったクレバッサは演出上、大袈裟なくらい落ち着きなくコミカルに動いてましたが、それが凄く可愛らしく素敵で舞台センスもよい感じ。
 フィガロとスザンナのカップルはそれほど特徴的な役柄を与えられてなく、決して悪くないのですが普通な印象にとどまってしまった感がありましたが、新制作ではそうそう勝手に動いたり歌ったりするわけにもいきません。

 理想的なキャストで重唱も美しく、オペラを聴き始めたころだったら満足度が高かったあろう公演ですが、新演出のインパクトはそこそこ、新鮮だったのはクレバッサの舞台センスくらいでほとんど想定内といった感は否めず、オマケはオマケの公演だったかなー。もちろん贅沢なオマケではありました。



カルメル派修道女の会話・・・Staatstheater Mainz・・・2016/11/9 [オペラ]

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Musikalische Leitung: Hermann Bäumer
Inszenierung: Elisabeth Stöppler

Marquis de la Force: Peter Felix Bauer
Blanche de la Force: Vida Mikneviciute
Chevalier de la Force: Jungyun Kim
Madame de Croissy, Priorin: Gudrun Pelker
Madame Lidoine, neue Priorin: Nadja Stefanoff
Mutter Marie, Subpriorin: Linda Sommerhage
Schwester Constance, Novizin: Dorin Rahardja
Mutter Jeanne: Katja Ladentin
Schwester Mathilde: Anke Steffens
Beichtvater des Karmel: Johannes Mayer
Erster Kommissar: Scott Ingham
Zweiter Kommissar: Ion Dimieru
Offizier: Georg Lickleder
Stimme des Kerkermeisters: Derrick Ballard
Antoine Thierry: Reiner Weimerich
Monsieur Javelinot, Arzt: Hans-Helge Gerlik

Chor und Extrachor des Staatstheater Mainz
Philharmonisches Staatsorchester Mainz

 日本からの到着日、フランクフルトでは公演なし。しかし、近郊の町でもオペラは観れるのはさすがドイツです。ヴィースバーデン、マインツ、ダルムシュタット、ハイデルベルクなど調べること怠りなく、ダルムシュタットの『青髭公』かここマインツの『カルメル派修道女の会話』と少々迷いましたが、まだ鑑賞したことのない作品を選びました。

 オケピはかなり深く設定してありましたが、小さな劇場とあって、爆演、大声大会でした。

 始めから終わりまでなんと緊張感に満ちた作品でしょうか。ただ演出が難解で、おまけに到着日とあって睡魔に襲われるのを避けることができず、途中ウトウトしはじめると、爆演、大声にビクッとさせられるという状態での鑑賞になってしまいました<(_ _)>

 時代は現代に設定され、コンスタンスは妊婦。幼い王というのは頭部が陶製のお人形で、ブランシュが誤ってそのお人形を落とし、頭部が割れることで王が死ぬという、少々カルトか精神病を感じさせられる内容。
 ギロチンの場面は修道女が全員手をつないで横一列にならんでいるのですが、ギロチンの音と共に一人、また一人と後ろへよろめきながら倒れていくという演出でした。最初はその列の中にブランシュの姿はなく、コンスタンスが産み落とした赤ん坊をだきかかえながら現れ、最後のギロチン音でブランシュも倒れるのかと思いきや・・・・・

 難解中の難解という公演でしたが、プーランクの緊張感に満ちた作品は強く印象に残るもので、また機会があったら鑑賞したいものです。

 何も害を及ぼすことがない人たちが迫害される恐怖に、外の寒さ以上に体の芯が冷えきったような感覚でホテルまで帰ったのでした。


ワルキューレ・・・新国立劇場・・・2016/10/12 [オペラ]

指揮 飯守泰次郎
演出 ゲッツ・フリードリヒ

ジークムント ステファングールド
フンディング アルベルト・ペーゼンドルファー
ヴォータン グリア・グリムスレイ
ジークリンデ ジョゼフィーネ・ウェーバー
ブリュンヒルデ イレーネ・テオリン
フリッカ エレナ・ツィトコーワ

管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団

 この日余裕で家を出たのにもかかわらず、途中で体調が悪くなり、家に引き返す事態となってしまいました。しばらくすると落ち着いたので間に合わないかもしれないと思いながら新国へ行ってみたのですが、やはり開演に間にあわず・・・・。そういった人達は6,7名いたのですが、開演から15分くらいすると係りの人が案内してくれて入れたのはありがたかったです。

 日本のオペラ公演はワーグナーばかりでなく、どんな演目でも期待値は低いのは当然です。歴史が浅く、演奏機会も少ない日本のオケがどんなに頑張っても、百戦錬磨の本場のオケに比べたら大人と子供の差があったって不思議ではありません。しかし、大人と子供ほどの差はないと思うので、感想も悪く書くことはほとんどありません。観客だって鑑賞する機会が少ないのですから、どうしても有名歌手を聴くことに期待が集中するわけですし、演出だって古臭いくらいがちょうどよいのが現実でしょう。

 正直言ってしまうと、
1幕などはただの伴奏で完全に歌手だより。
2幕以降ワーグナーらしい重厚感が出てきて歌手との一体感もずっとよくなりましたが、どうしてジークムントとブリュンヒルデのやりとりをあそこまでテロテロとゆっくりとやるのか?
等々、不満や疑問があるっちゃーあるのです。しかし!ここは日本だっちゅーの!の一言で終了。

 充実の歌手陣を呼んだ新国はエライ!


エリオガバロ・・・Palais Garnier・・・2016/9/19 [オペラ]

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Music Francesco Cavalli

Conductor Leonardo García Alarcón
Director Thomas Jolly

Eliogabalo Franco Fagioli
Alessandro Cesare Paul Groves
Flavia Gemmira Nadine Sierra
Giuliano Gordio Valer Sabadus
Anicia Eritea Elin Rombo
Atilia Macrina Mariana Flores
Zotico Matthew Newlin
Lenia Emiliano Gonzalez Toro
Nerbulone, Tiferne  Scott Conner

Orchestre Cappella Mediterranea
Chœur de Chambre de Namur

 こういった珍しい古楽作品でシーズンをオープンするとはバロック好きのフランスならではです。

 同じカヴァッリ作曲の『エレナ』は全く何も調べずに臨んだのですが、大体のあらすじは分かっても登場人物が多くて理解しきれない部分もあったので、今回はあらすじだけはチェックして臨みました。
やはり登場人物が多く、それでも分からない可能性もあるかと思ったのですが、悪玉トリオを非常に分かりやすくした演出だったので助かりました。

 悪名高い皇帝ネロと同様、名高い暴君ヘリオガバロスの話です。

 悪玉トリオの長であるエリオガバロ、そしてその乳母レニアは外見からしてほとんど妖怪。エリオガバロは皇帝なので衣装が豪華なのは当然としても、目の周りに金をほどこした表情は妖気に満ち、レニアにいたっては顔上部を不気味なマスクで覆い、黒のドレスと帽子に金のアクセサリーをこれでもかと身に着けた姿は尋常でないものがありました。ゾティコはシンプルな黒の上下でしたが、二人の妖怪のパシリか丁稚小僧というところなのでよいのでしょう。

 アレッサンドロ、フラヴィア、ジュリアーノ、アニシアという善玉チームはシンプルな衣装で、衣装だけでなく演技なども比較的単調。演出の意図が悪玉トリオをクローズアップしているのは明らかでした。

 悪玉トリオ、善玉チームなどと書くとコメディ?ですが、途中コミカルな部分はあっても、若くして皇帝となったエリオガバロの悲劇に仕上がっていた演出でした。それも、エリオガバロが生きている姿で舞台から去る前に振り向いた瞬間、それまでの妖気とは打って変わって、孤独にさいなまれ深い悲しみに打ちひしがれた姿に悲劇と悟らされるのです。
 エリオガバロの登場シーンは舞台上へと続く階段を上がり振り向くというものでしたが、その妖気にゾクっとさせられた一方で、同じ振り向くという動作で一瞬にしてエリオガバロの心の内に潜む悲しみを訴えることができるファジョーリの舞台センスには並々ならぬものがありました。
 黄金風呂での入浴シーンは圧巻で、歌も素晴らしいものでしたが、入浴しながらフラフラと揺れて歌うさまは異様ななまでの妖艶な美しさでした。
 エリオガバロが首となってからは強い喪失感に襲われることとなってしまったことは否めません。

 そこで疑問に思ったのは、元々この作品自体は勧善懲悪なのではないかという点で、エリオガバロの死後も結構長く続く作品であるのにもかかわらず、演出が悪玉トリオばかりに強い個性を与え、善玉チームはシンプルすぎた感があるということ。エリオガバロの死後、他の2人の悪玉も生きた姿で登場することなく首吊りてるてる坊主となってしまってからは、一気に睡魔に襲われるという羽目になってしまいました。

 それでも悪玉でも善玉でもないアティリア役のフローレスのしなやかな歌唱と活き活きとした演技はまるで妖精のようで、古楽を専門のようにやっている人とそうでない人の違い、また舞台センスの違いというのはあるのかもしれません。

 善玉チームはサバドゥス以外、古楽を歌う機会はそう多くなく、なおかつ演技も多くを要求されてないようで、舞台中央で真面目に歌っているという印象が強く、いろんな意味でお堅い人達になってしまった感があります。
 サバドゥスにはガルニエは大きすぎる印象で、他の善玉チームの人たちがガンガンに真面目に歌っているせいもあって、声量面で少々ヘナチョコぎみの騎士となってしまってました。

 この作品自体、もう少し小さな劇場のほうが相応しいのでしょう。演奏についても大雑把な印象だったのは、エクスの『エレナ』ではばらつきようがない少人数編成でしたが、ガルニエでは編成が当然多く、メディテラネオがガルニエの大きさの劇場で公演する機会などほとんどないのではないかと思えたのでした。

 尚、今回の演出でスポットライトを舞台奥から観客席に向かって照らす手法を取ってましたが、7月にバイエルンで鑑賞した『トゥーランドット』『メフィストフェレ』でも同様の手法を取っていて、全て異なる演出家ではありますが、この3か月で3公演目になります。『トゥーランドット』では自分の目に入り、辛かったのですが、今回はそういったことはなく、効果的に使って悪玉トリオを浮かび上がらせていたように思えました。



ノルマ・・・Teatro La Fenice・・・2016/9/18 [オペラ]

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Direttore: Daniele Callegari
Regia, scene e costumi: Kara Walker

Pollione | Roberto Aronica
Oroveso | Simon Lim
Norma | Mariella Devia
Adalgisa | Roxana Constantinescu
Clotilde | Anna Bordignon
Flavio | Antonello Ceron
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 フェニーチェは2回目。初めて訪れたのは焼失前なので、もうだいぶ前のことです。

 今回はスカラの『ねじの回転』が目的で計画したのですが、諸事情により観ること能わず。それでも焼失からまさに不死鳥のごとく甦ったフェニーチェには来れたのは嬉しいことです。

 デヴィーアは徹底した様式美の人という印象で、正確に抑制された歌声が、聴いていて心地良いことこの上ありません。
 物語に命を吹き込むべく奮闘していたのは指揮者のカレガリで、陶酔するように指揮していた姿には感動さえ覚えてしまいました。抑揚、テンポ等、わざとらしさまでいかない範囲で上手くコントロールしてドラマチックな演奏に仕上げてました。指揮に呼応したオケの音色は柔らかさがありながらも逞しく、イタリアの太陽と土の香りがする豊穣さでヘナチョコ系ではありません。
 同じく指揮に呼応するがごとく、熱く歌いあげていたのがアロニカ。オケをのぞき込めるサイドの席で鑑賞していたせいか、オケの逞しさとアロニカの熱さが爆演大声大会風に聞こえるときもありましたが、その逞しさと熱さこそが物語に脈を打たせていたように思えたのでした。
 アダルジーザ役は古楽も歌う人とあって、様式美という点でも声質もデヴィーアと合って二人の重唱も美しく、劇的信憑性という意味でも好演していたと思います。

 演出は予算のないイタリアの劇場のこと、衣装を着けたコンサート形式のようなものではありました。新国のほうがはるかに頑張って演出に力を入れていると言えるくらいくらいですが、資金的に厳しいのは明らかでやむをえません。どんな形でも公演を続けることが重要ですし、観光客も多い土地柄なので、フェニーチェで鑑賞すること自体が嬉しい人達は大勢いるはずです。


 デヴィーアは以前ベルガモ・ドニゼッティ劇場の来日公演で聴いたときには演奏と合わず、こんなものではないだろうという印象でしたが、今回は合わないといったことは一切なく、歌声を堪能できました。個人的にはデヴィーアはオーケストラの演奏で聴くよりシンプルなピアノ伴奏のほうが美しく聴けるような気がしました。オペラではやや冷たい印象が残り、物語の緊張感が希薄だったことは否めません。しかし、徹底した様式美こそが拘りであり、その美しい歌を愛聴する人達は大勢いるに違いありません。

 イタリアオペラ自体にそれほど興味はないので、イタリアでオペラに期待するものはほとんどないのですが、イタリアという国はやはり素晴らしいので、これからも時々来ることにはなりそうです。

メフィストフェレ・・・BAYERISCHE STAATSOPER・・・2016/7/24 [オペラ]

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 7月の旅行の目的はこの公演。
 歌劇場の装いは上旬にきたときと同じ源氏の白旗・・・・・と思いきや・・・・よく見ると屋根の上の旗だけが白い旗ではなく国旗に変わってました。しかも半旗だと分かって弔意を示す事態になっていることに気づき、ドイツ南部の悲惨な事件のことを知ったのでした。

Musikalische Leitung Omer Meir Wellber
Inszenierung Roland Schwab

Mefistofele René Pape
Faust Joseph Calleja
Margherita Kristine Opolais
Marta Heike Grötzinger
Wagner Andrea Borghini
Elena Karine Babajanyan
Pantalis Rachael Wilson
Nerèo Joshua Owen Mills
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 演出は冒頭から退廃的な印象で、メフィストフェレによって支配された未来という設定。スクリーンにNYの街と飛行している航空機が交互に映し出され、航空機が急旋回して下降するところで映像はストップするのですが、当然観客の脳裏に浮かぶのは9.11・・・・・・これも悪魔のせいかと思わされる演出ではありますが、実際にドイツ南部で悲惨な事件のあった直後に観るのは辛いものがあります。芸術と現実を重ね合わせるのは良いときもあれば、別のものとしてとらえるほうが良いときもあります。今回は別のものとして考えるよう努めました。
 演出手法についてはブレークダンスを取り入れたり、カメラを登場人物に持たせてその映像を映したりと最近ではよくある手法の組み合わせといった面があり、何もそこまでという部分もなきにしもあらずではありましたが、非常に見ごたえがあったのは3つに分かれる舞台を上下に別々に動かして波のようなダイナミックな動きを創りだしていたところ。下に舞台が動いても舞台上にいる人たちは皆演技をしているので、この演出は平土間で観るよりも少し上から観たほうがより楽しめそうです。ただ音楽を一部蓄音機で流すという手法はあまり好ましいものではない気がしました。

 イタリア語のオペラといっても音楽はドイツオペラという印象で、オーケストレーションは複雑で厚みがあり、コーラスの迫力も観客を魅了するものでした。いつものように予習など何もせずに聴いてきたわけですが、作曲したボーイトが既存のイタリアオペラを批判しワーグナーに信奉していた時期の作品ということは聴けば容易に想像できるものです。

 歌手についてはほとんど言うことなしではありますが、カレイヤがいつも棒立ちで歌うのが少々気にならないでもなく・・・・これから棒立ち歌いをカレイヤ派と呼ぼうかと・・・・ただし声の素朴さから棒立ちこそが自然体と見えなくもないのが得な人です。初演の時から歌っているはずですが、演出家も歌っている間は多くを求めなかったのか?
 オポライスを聴くのは初めてでしたが、想像していたより線が細く、声が痩せているように感じたのは役柄ゆえでしょうか?
 演技も歌もいろんな意味で最も自然体だったのはタイトルロールのパーペ。次のシーズンでは他の人が歌うことになったため、この公演だけを目的に来た甲斐はありました。

 マイア・ヴァルバー指揮する演奏はダイナミズムに溢れ、見事な鳴らしっぷり。最後はコーラスの迫力と演奏にメフィストフェレの声がかき消されるほどでしたが、それこそが結末に相応しく、悲惨な事件が続く中での鑑賞では救いに思えたのでした。



ポント王ミトリダーテ・・Rokokotheater Schwetzingen・・2016/7/23 [オペラ]

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Musikalische Leitung: Rubén Dubrovsky
Inszenierung: Nicolas Brieger

Mitridate: Mirko Roschkowski
Aspasia: Astrid Kessler
Sifare : Mary-Ellen Nesi
Farnace: Clint van der Linde
Arbate: Antonio Giovannini
Ismene: Vera-Lotte Böcker
Marzio: Daniel Jenz

Orchester des Nationaltheaters Mannheim

 2度目のシュヴェツィンゲンのロココ劇場。ここでは年3回フェストがあり、春はSWR,夏はマンハイム歌劇場、冬はハイデルベルク劇場の主催です。

 夏はモーツァルト・サマーと銘打っての公演ですが、オケはマンハイム歌劇場のオケで古楽オケではありません。
 ドロットニングホルムで聴いた公演は古楽オケで歌手の歌も様式美に溢れ、バロックを印象づけるものでしたが、今回は歌にアジリタなどの技術を残しながらも演劇性に重きを置いたもので、演技にも歌にも感情を激しく表現する場面が多々ありました。歌手の配役も異なり、ドロットニングホルムではアスパージア、シーファレ、イズメーレ、アルバーテがソプラノ、ファルナーチェがCT,ミトリダーテとマルツィオがテノールでしたが、今回はシーファレはメゾ、アルバーテはCTでした。オリジナルはシーファレもアルバーテもソプラノのようですから、メゾ、CTでも高音を出せる人でないと難しいのではないでしょうか。

 演劇性重視といった面があったためか、アスパージア役とイズメーレ役の人は時にヒステリックと感じるような高音を出す場面もあったのですが、シーファレ役のネシはもともと古楽系の人でメゾということもあって激しく歌う場面があっても過度になりすぎず、聴いていて心地よく耳に残りました。
タイトルロールのテノールの人が荒々しさがありながらも実に良い声の持ち主でしたが、後半になって高音が2,3か所決まらなくなってしまったのが惜しいところ。ただし、ハイCもある難役ということを考えれば十二分に存在感のあるタイトルロールでした。ファルナーチェ役の人が体調が万全でなかったのか、途中舞台で吐いてしまって大丈夫かと心配したのですが、その一瞬だけで、歌も演技も全力投球で立派に最後まで勤め上げてプロ根性を見せてました。


 この劇場は舞台の模型が展示されているのですが、模型ではかなり奥行があるのに、冬の公演でもこの夏の前半もそれほど奥行がなく、修復でもしているのかと思っていたところ、後半になってその奥行を活かした演出となり、奥で火を燃やしているかのような迫力は見ごたえがあるものでした。

 この劇場のサイズには古楽オケでバロックのほうが合うという気はしましたが、歌手陣の熱演が好印象として残った公演でした。

 今回は昼頃にはシュヴェツィンゲンに到着したので、冬に来たときに修復中だった城内の見学ができるかと思ったのですが、残念ながらまだ修復は終わってませんでした。

エレーヌ・グリモー/オーストラリアン・ユース・オーケストラ/マンフレート・ホーネック・・・Kurhaus Wiesbaden - Friedrich-von-Thiersch-Saal・・2016/7/22 [コンサート・リサイタル]

Hélène Grimaud, Klavier / Australian Youth Orchestra / Manfred Honeck, Leitung

Programm
Carl Vine Celebrare Celeberrime
Maurice Ravel Klavierkonzert G-Dur
Gustav Mahler Sinfonie Nr. 1 D-Dur „Der Titan“

 日本からの到着日に公演が何かあるかと探したところ見つけたのがラインガウ音楽祭のこの公演。
5月にヴィースバーデンのオペラハウスに行ったばかりですが、すぐ側にあるクアハウスの中にあるコンサートホールでの公演でした。
 ただし、この公演は人気が高く、気づいたときは売り切れ。4月下旬になって再度販売に出ていたので音楽祭のH/Pで申し込んだのですが、ちょうどゴールデンウィークの時期に代金を振り込むようにというメールがあり、日本の銀行は長い休日で期日までに送金は無理と返信。それに海外送金など手数料が高くて避けたいと思い、当日チケットを受け取るときに支払うということで了承してもらえて助かりました。

 オーストラリア・ユース・オーケストラは毎年オーストラリアの若手の中からメンバーを選抜し、海外ツアーを行っているそうで、今年は欧州とアジアを1か月ほどかけて巡るそうです。会場にはメンバーの家族の人たちも大勢いて、どうりでチケットが早々に売り切れとなるわけです。

 若さ溢れる活力に満ちた演奏になったのは言うまでもなし。指揮のホーネックもそれこそが狙いとばかりエネルギーに満ちた爆演で、これほどの鳴らしっぷりは楽友協会で聴いたフェドセーエフ&モスクワ放送響以来かななどと思い出しつつ、最初のVineが終わった段階で最後までこの調子だと虚弱体質の[猫]の耳はどうなってしまうかと心配したのですが、その後グリモーのピアノとの共演では鳴らしっぱなしというわけはないということで全く問題なく楽しめました。

 若い人たちが心を一つにして臨む音楽に力をもらった公演でした。


イル・トロヴァトーレ・・・STAATSOPER IM SCHILLER THEATER・・・2016/7/8 [オペラ]

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MUSIKALISCHE LEITUNG Daniel Barenboim
INSZENIERUNG Philipp Stölzl

GRAF LUNA Simone Piazzola
LEONORA Anna Netrebko
MANRICO Yusif Eyvazov
AZUCENA Dolora Zajick
FERRANDO Adrian Sâmpetrean
INEZ Anna Lapkovskaja
RUIZ Florian Hoffmann
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 このところネトレプコの追っかけと化しているかもしれない[猫]です。
 昨年の新制作であるシュトルツルの『イル・トロヴァトーレ』ですが、ヴィデオクリップを見るとこれがなんとも面白そうでどうしても観たくなってしまったのでした。

 開演時間になって係りの人が舞台に登場。開口一番、キャストチェンジではありませんのでご安心ください。これには観客から笑いがもれましたが、安堵もあって当然の反応。技術的な問題があるとのことでしたが、再演とはいえ3回公演の初日、以前『ファウスト』でもありましたが、再演の初日は要注意。仮の劇場で行う困難が露呈するようで、おそらくスタッフの人たちも早くリンデンに戻れることを心待ちにしているるに違いありません 。

 序曲冒頭・・・打楽器・・・上手すぎるゾクゾク感・・・・管楽器・・・・これまた上手すぎるワクワク感。この話、そこまで上手くなくてもよいの、肝心なのは大衆的ドンチャカ感。そう思いながら聴き始めたものの,肝心のドンチャカ感もアンビルコーラスでチンドン屋のような鳴り物を思い切り鳴らしてバッチリ。
 ただアリアの後の拍手の後に微妙な間合いがあることがあり、一瞬バレンボイム先生の具合でも悪いのかとも心配になったのですが、おそらくは冒頭でアナウンスがあった技術的な問題を確認しながら進行しなくてはいけない状況だったのではないかと?

 演出は人形劇風。夜な夜なおもちゃ箱の中ではこんな大変なことが起こっているのですヨ。といった趣向にも見えて、子供に聞かせる怖い話風仕立てです。これがネトレプコやザジックといった大見得を切れる人たちが歌うと人形にみるみる熱き血潮がみなぎり、情念が溢れるのが醍醐味。
 もともとネトレプコはコメディのほうがおおらかで伸び伸びとした魅力があって良いと思ってましたが、この演出では軽いコミカルな愛らしさから重い情念まで、ネトレプコの魅力を最大限に楽しめる、正にネトレプコのための演出といったところ。
 アズチェーナの髪が赤茶でボワボワ、マンリーコの服装が全身茶色ということで、この二人が並んでいると見た目はまるでタヌキの親子であるにもかかわらず、2幕の昔話の場面ではザジックのおぞましい凄みにゾクゾク。
 ザジックの歌い方が低音で声質が変わるのが少々気になったのですが、低音が出にくくなってしまったゆえか?わざと凄みをだすために声質を変えてるのか?いずれにしてもゾクゾクさせられたのはベテランの上手さと納得。
 タイトルロールのユセフはひたすら威勢の良さで勝負。聴かせどころの『見よ、恐ろしい炎を』は強烈な浜口方式。気合いだ!気合いだ!気合いだ!派手な恰好をしたコーラスと相まって、その威勢の良さには近くに座っていた人が思わずホッと溜息のような感嘆が漏れるほど。
 ルーナ伯爵役の人はイタリアでは既に幅広く活躍している人のようですが、見るからに若い感じの人で、慣れてないであろうドイツで、ネトレプコのようなスターとの共演は初めてではないかなといった様子。まして初演時にはドミンゴさまという大御所が歌ったのですから、その後を引き継ぐとあっては緊張しないわけはなかろうという状況であります。ネトレプコやザジックのような大見得を切れる人とつりあうようにゆっくりと歌う場面もありましたが、これからの人という印象でした。
 女性陣に比べてしまうと男性陣が物足りなさを感じてしまうのは致し方なしではあります。
 フェルランド役の人はザルツでも同役を歌っていた人ですが、脇役とはいえ歌はしっかり、舞台センスも良い感じで好演してました。

 ベルリンのトロヴァトーレは6月に観た軽量級のDOBの公演も面白かったですが、シラーの重量級のトロヴァトーレも面白くて満足でした。


トゥーランドット・・Bayerische Staatsoper・・2016/7/7 [オペラ]

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 9月8日のヨハン・ボータ氏の突然の訃報に喪失感と悲しみに襲われたのは言うまでもありません。
 聴いた役はラダメス、ローエングリン、ジークムント、影のない女の皇帝、そしてこのカラフ。何を歌っても素晴らしい人でした。この公演はフェストの2回公演の初日でしたが、オペラの出演はこの『トゥーランドット』が最後だったのかもしれません。実に立派な舞台でした。

 ご冥福をお祈りいたします。
 合掌

 以下の感想は8月頃書いたものです。

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Musikalische Leitung Asher Fisch
Inszenierung Carlus Padrissa - La Fura dels Baus

La principessa Turandot Nina Stemme
L'imperatore Altoum Ulrich Reß
Timur, Re tartaro spodestato Goran Jurić
Il principe ignoto (Calaf) Johan Botha
Liù Irina Lungu
Ping Andrea Borghini
Pang Kevin Conners
Pong Matthew Grills
Un mandarino Bálint Szabó
Il principe di Persia Thorsten Scharnke
Kinderchor  Kinderchor der Bayerischen Staatsoper
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 客席に入ろうとすると係りの人から紙の3Dメガネを渡され???ビデオで使用するときがあるとのこと。これが字幕部分にメガネの絵が表示されるので、どこで使用するかはわかりやすいのですが、そのたびにカサカサと音がしてしまうし、別にそんなことオペラに期待しないヨというのが正直なところ。
 最近主流の映像を駆使した演出ですが、とにかく何でも取り入れてみようという趣旨もあり、ローラースケート、太極拳&ブレークダンス、宙づりパフォーマンス等々舞台上はてんこ盛り状態。このような近くで観た場合は煩わしいと感じるであろう公演も、遠目で観ていると異次元空間の話のような、まるでSF映画を観ているような面白さがあって悪くないと思えました。新しいものを芸術としてとらえ、オペラという伝統的芸術と融合することは、現代と過去のアーティストのコラボであり、オペラが生き続ける芸術であるための一つの手段であることは間違いありません。それにその他大勢がさまざまなことをやっても、歌手の負担は少なそうなのが何よりといった演出でした。

 始まる前に座っていた席の後列から米語が聞かれ、序曲が始まってすぐにローラースケートを履いた集団が現れただけで案の定、ケラケラと笑声(vv。。。光GENJIを知らんのか!ちっともオモロナイワイ!と、心ひそかにムっとしてたのですが、その後は静かに鑑賞できたのですぐにムっは収まったのでした。それに光GENJIを知らなくてもやむをえないところです。

 前日の『ボエーム』では幕に反応する人がいて音楽に拍手が被ってしまいましたが、この日は幕がなく、拍手が全く被ることはありませんでした。アリアの後も拍手の間をとることなく続けて演奏してましたが、大きな劇場とあってか、さすがに「誰も寝てはならぬ」の後は演奏を止め、拍手の間を取ってました。

 歌手で注目していたのは長い間お休みしていたボータ。見た目が痩せたと思いましたが、歌声はほとんど変わらない気がしたので安心しました。イタリアもの、ドイツもの、オールマイティに活躍できる貴重な人で、オペラ界になくてはならない人です。




ラ・ボエーム・・・Bayerische Staatsoper・・・2016/7/6 [オペラ]

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 5日の『裁判官』から8日ベルリン『トロヴァトーレ』まで、どこで何を観ようか? エクスやマドリッドで興味のある公演はあってもさすがに遠すぎて面倒なので、結局ミュンヘンへ。

 源氏の白旗良い旗印[るんるん]よくみりゃ父ちゃんのふんどしだ[るんるん]という歌を思い出してしまった今年のバイエルンフェスのデコレーション。屋根の上の旗まで真っ白。そんな歌を思い出してしまったのも申し訳なく、白い布で統一したのには何か意味があるのかと思い、係りの人に尋ねたのですが、特に意味があるかどうかもわからないとのこと。でも少なくとも源氏の白旗やふんどしからイメージするわけはないのであります。

Musikalische Leitung Asher Fisch
Inszenierung Otto Schenk

Mimì Sonya Yoncheva
Musetta Julie Fuchs
Rodolfo Wookyung Kim
Marcello Levente Molnár
Schaunard Andrea Borghini
Colline Goran Jurić
Parpignol Petr Nekoranec
Benoît Christian Rieger
Alcindoro Peter Lobert
Ein Zöllner Igor Tsarkov
Sergeant der Zollwache Johannes Kammler
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 バイエルンというと斬新な演出のほうが強い印象ですが、カビが生えそうな演出もしっかり残っていて、このボエームもその一つ。ドイツ語圏は公演数の多さから、斬新な演出が一番多いのもドイツなら、カビが生えそうな演出が多いのもドイツ語圏で、結局選択肢が多いというところなのです。

 失礼ながら個人的にはオマケの公演なので大した興味もなく、唯一楽しみな点を挙げるとしたら初ヨンチェバ。
 演出の面白さなどあるわけないのですが、出演者のキャラがそれぞれ立っていて、なおかつチームワークよく、最後は結構泣ける良い公演でした。

 ヨンチェバはミミの役柄のイメージに声も容姿もピッタリ。プッチーニとあって結構鳴らす部分があったのですが、余裕の声量。
 パークは『冷たい手を』でハイCを出したのは立派。少々気になったのは演技面で、仲間達と歌うときは自然体でよいのに一人でアリアを歌うと歌に集中してしまうためか演技が不自然で不器用な感じになってしまっていたのですが、多くのテノールが避けて歌う高音を出していたのですから、それも納得の範囲ではあります。
 主役2人も良かったですが、マルチェロ&ミュゼッタ役がそれぞれ役柄に合って、個性を発揮したことも充実した公演となった大きな要因です。マルチェロ役のモルナールはこの劇場のアンサンブルのようですが、懐の大きさを感じる歌唱に人柄の好さがにじみ出ていて、ミュゼッタ役のフックスは茶目っ気ある愛らしさで好演でした。ただフックスはは爆演大声大会的な部分もあるプッチーニより古楽あるいはロッシーニなどの技術系のほうがより良さを発揮できるのかもしれません。もちろん声のコントロールも素晴らしいし、舞台センスもすごく良いので不満があるわけではないのですが、少々コンパクトな印象になってしまうので、劇場サイズもチューリッヒくらいで技術系の歌を歌っているほうがより素晴らしい気がしました。


裁判官・・Theater an der Wien・・2016/7/5 [オペラ]

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Musik von Christian Kolonovits
Libretto von Angelika Messner

MUSIKALISCHE LEITUNG David Giménez
INSZENIERUNG Emilio Sagi

FEDERICO RIBAS, RICHTER José Carreras
ALBERTO GARCÍA, LIEDERMACHER José Luis Sola
PAULA, JOURNALISTIN  Sabina Puértolas
MORALES, VIZEPRÄSIDENT DER SAUBEREN HÄNDE Carlo Colombara
ÄBTISSIN Ana Ibarra
MARIA | ZWEITE NONNE Maria José Suarez
ERSTE NONNE Itziar de Unda
PACO, KAMERAMANN Manel Esteve
ALTE FRAU Milagros Martin
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Thomas David Birch
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Julian Henao Gonzalez
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Ben Connor
VIER MÄNNER DER "SAUBEREN HÄNDE"  Stefan Cerny
ORCHESTER  ORF Radio-Symphonieorchester Wien
CHOR Arnold Schoenberg Chor (Ltg. Erwin Ortner)

 7月の旅行の最大の目的は6月に引き続きシラー劇場。その公演が8日で前後になにか観るべきものがあるかと調べたところ、TAWのシーズン発表時にはなかったこの公演が目に留まりました。現代作品も決して嫌いでなく、レアもの好き、それでカレーラスの名前が目に飛び込んできたのですから、聴いてみたくなったのも当然といえば当然です。カレーラスは現在リサイタルが活動の中心ですが、再度オペラの公演に出演するとなると見逃す手はありません。まして[猫]はリサイタルでさえ聴いたことがないので、お初でございます。

 作品はフランコ政権下のスペインで修道院が子供を誘拐、拉致して身寄りのない孤児として教育を行っていたという実話をもとに制作されたもので、コロノヴィッツはカレーラスに歌ってもらうために作曲したということです。スペイン語の作品であり、初演もビルバオですが、これはスペインの人たちにとっては忘れてはならない事件だったことは想像に難くなく、この作品は2度とこのような悲劇が起こらないようにとの願いを世界に発信するために制作され、カレーラスもその一翼を担うべく再度オペラに出演する決意をしたのかもしれません。

 ある男性が母親から死に際に誘拐された兄の存在を聞き、兄を探すというストーリー。アリアもありますが、厚くオケが鳴らすことも多く、のど自慢大会的なイタリアオペラではありません。ギターの音色が印象的に響く場面があったり、歌手の歌いまわしにもスペインの民謡を思い起こすような部分があったりとスペインの風土を感じる作品です。

 [猫]はこの作品で初めてこの悲惨な事件のことを知りましたが、カレーラスが出演しなければ鑑賞したかどうかは疑問です。現代作品も鑑賞しなくてはと再認識した公演でしたが、カレーラスの存在は大きな力であったことは間違いありません。品格のある美声は全盛期を彷彿とさせるものでした。


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